2012年9月23日(日) |
市総合防火訓練 |
昨年の 5町内による東部振興協議会の合同防災訓練に続き、今年は規模を拡大して中央地区を対象にした市総合防火訓練が 文化会館アルフォーレ駐車場で行われ、地域住民など2千人が参加した。
諏訪町町内会は2度目の防災訓練になるが、晴天で温かかった昨年と違って 今年は生憎の雨になった。
しかし、この雨で防災訓練の問題点が浮き出てきた。
それは、避難してきた怪我人や病人に対する雨や寒さ対策がされていなかったり、雨の音でスピーカーの声が消され、後方にいる人たちが避難場所や注意事項などの説明が聞き取れなくなったことである。
昨年の訓練に「雨」という条件が加わっただけで、このような問題点が見つかり、改めて防災訓練の大切さが身に沁みた。 |
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2012年9月9日(日) |
・だーすけさぁ《方言28》 |
来店された御客様から変形された眼鏡を預かった。
台帳を調べてみるとそれは20年近く使用されていたので
「長く愛用されていますね」
と言ったら、御客様はニコリとされて
「だーすけさぇ。ここんちの眼鏡はようもつは」
と仰った。
「だーすけさぇ。ここんちの眼鏡はようもつは」は
「だからさ、この店で(買った)眼鏡は長く使用できるんだよね」という言う意味である。
この「だーすけさぇ」は「だから」に「さ」がついたものであり、意味は接頭語的に使う「だから~」(ですから、 故に、 従って、 それ故、 それで)である。
しかし、その他に今回ような「そうなんだよ」などと「共感」(他人の意見や感情などにそのとおりだと感じること)する名詞的な意味で使用することもある。
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2012年9月5日(水) |
・FMピッカラで弊店を放送 |
先日、地元のFMラジオのピッカラが弊店を取材したが、1回目の8月29日に続いて2回目が今日放送された。
今回は、新聞に記載された眼病のチェックシートを使用して盲点を探してみたり、目の体操などを語ったのが放送された。
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2012年9月2日(日) |
すず虫のお宿 |
お客様から頂いたよく鳴いている鈴虫を見て、来店したすず虫博士の森さんが「新しい鈴虫のお宿が見つかった」と言って持参して頂いた。
それは土にかえるので、そのまま植えられるという植木鉢で 右の写真のように上部に切り込みを入れてひっくり返す事により、光を遮断する暗部ができるので、鈴虫にとっては快適なお宿になるようだ。
またこの鉢は保湿作用で適度な湿気が継続し、表面もザラザラしているので鈴虫のつかまり易いようで、飼育箱の中に設置すると直ぐに沢山の鈴虫が入ってきた。
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2012年8月29日(水) |
お角?違い(笑) |
ある人に「家はA店の前の交差点の角(かど)の家だよね?」と尋ねると、その人は「その角のもう一つ前の角」と答えた。
すると隣で聞いていたもう一人の「そういうのは『お角違い』っていうのだよ」と言った(笑)
「ウーン、『お門違い』でなく『お角違いか』か。上手い!」と思わず言った(笑)
ひょっとしたら『お門違い』は『お角違いか』の原形かも。
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2012年8月23日(木) |
FMピッカラの高橋さんが取材に来店 |
柏崎市コミュニティ放送局FMピッカラのパーソナリティである高橋裕美さんが弊店を取材に来店された。
取材は打ち合わせ時間も含め約2時間の面談であったが、不特定多数の聴衆者に映像もなく声だけで趣旨を伝えなければならない難題には悪戦苦闘し、不完全燃焼で終わった感がある。
これまで何気なく聞いていたラジオであったが、これからは話す側に立った話術について学ぶという気持ちで聞いていきたいとも思った。
FMピッカラは柏崎の中心街、ショッピ ングモール『フォンジェ』のストリート棟の一角にあり、FM76.3MHzで市内の90%をカバーし放送ししている。
またピッカラとは、柏崎の民謡、三階節の一節からとり、米山から雷が光る様子を表わし、その雷を電波のイメージと結び合わせ、愛称『FMピッカラ』が誕生したという。
5年前の中越沖地震では殆どの柏崎市民がこのFMピッカラを聞いて地震や救援物資などの情報収集してお世話になった。
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<三階節の一節>
米山さんから雲が出た いまに夕立が来るやら
ピッカラ シャンカラ ドンカラリンと 音がする |
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2012年8月18日(土) |
お盆過ぎのクラゲ |
お盆を過ぎると小学生の頃に電気クラゲに刺された事を思い出す。
私は両親から「海はお盆を過ぎるとクラゲがたくさん出るから泳がない方が良い」と言われていた。
そんな両親の忠告も聞かず、小学校高学年の頃、母の実家の荒浜の海でお盆を過ぎてから友人2、3人で泳いでいた。
岸から200mくらい沖で泳いでいた時、これまで見ていたミズクラゲとは違う大きな透明のクラゲを見た。
上部の椀状の大きさが30センチ位あり、傘の中央から垂直に柄が突き出すように放射管上に襞状の生殖腺が下に向かって長さ50位垂れ下がっていた。(海の中で見たので実際はもう少し小さかったかも)
不気味というか身の危険を感じ、急いでそのクラゲから離れるようにして岸に向かって数メートル泳いだ時だった。
左手上腕部の外側に30センチ位の何かの尻尾に触ったかと思った瞬間、激しい痛みを感じ「電気クラゲに刺された」と大声で叫んだ。その1,2秒後には左腕全体に電気が走り痺れて動かされなくなった。
早く岸に戻らないと溺れ死んでしまうと一時パニックに陥りがむしゃらに体を動かして泳いだが疲労が溜まるばかりで思うように前進できなかった。
そこで何とか気を落ち着かせ、動かされる右手と両足で静かに泳いだ方が早く前進する事を知った。
狼狽してはいけないと自分に言い聞かせながらゆっくりと泳ぎながらどうにか岸まで無事にたどり着いた。
海から上がり痛みと痺れがある左手を見ると、腕には長さ15センチ幅3センチ位の赤く晴れ上がった刺され痕があった。
小走りで家に帰ると家には叔母さんが居て、クラゲに刺されたことを伝えると傷口にアンモニア水を塗ってくれたが、痛みは一日中続き、この時の傷はその後3、4年経ても残っていた。
その後、この時刺された電気クラゲはなんだったのか調べてみた。
盆明けに日本の海に大量発生する刺胞毒が強いクラゲは『アンドンクラゲ』『アカクラゲ』『カツオノエボシ』の3種類だが、中でもアンドンクラゲによる“被害”が最も多いとのこと。
見たのは『アカクラゲ』で、刺されたのは刺され傷から見て『アンドンクラゲ』だったように思われる。
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2012年8月7日(火) |
まっか《方言27》 |
お客様から「まっか」を戴いた。
「まっか」は「なしまっか」とも言うが、これは果実、「マクワウリ(真桑瓜)、英名:Oriental Melon)」のことでメロンの一変種である。
「マクワウリ」が「まっくわうり」⇒「まっかうり」⇒「まっか」になったという説もある。
近年は甘いメロンに慣れてしまって「まっか」は美味しく感じなくなったという人もいるが、私は懐かしさもあるがあっさりした甘さは美味しく感じる。
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2012年8月5日(日) |
怪談No1 |
8年ほど前、80歳くらになる近所のおばあさんが来店された時に幽霊の話をしてくれた。
「この間、オレの住んでるアパートの部屋から幽霊が出てきたんだ。その幽霊は20~30歳位の女性で、タンスの後ろから次から次へと3人も連なって出てきた。
そこでオレは
『成仏もしないで、何でこんなところでウロウロしているんだ!さっさと成仏しろ!!!』
と幽霊を怒りつけたんだ。
すると、幽霊はおばあさんに叱られので、うな垂れてぞろぞろと出てきたタンスの後ろに向かって帰って行った。
翌日、おばあさんは大家のところに行き、幽霊が出た話をすると大家は
『やはり、また出ましたか。実はあの部屋には幽霊がよく出るんですよ』
と言ったので、おばあさんは
『やっぱりそうか、そんなに何回も出るのは幽霊が成仏しない理由があるはずだ。あの部屋で何があったんだね』
と、おばあさんが聞き返すと大家は
『昔、若い女性があの部屋で亡くなったんですよ』
と、しぶしぶ大家が答えたので
『あの部屋で亡くなったのは、その女性だけではないだろう。他にもいたんだろ』
と、おばあさん。
『よく分かりましたね。その他に20代、30歳代の2人、合計で3人の女性が自殺したり亡くなったりしました。幽霊が出るようになったのはそれからです』
と小声で話しした。
『やはりな。それで亡くなった人や場所をちゃんと供養してやったのか』
『そんなことはしませんでした』
と、さらに小さな声で言った。
『だから、幽霊が成仏できないでこの辺をウロウロしてるんだ。分かった。それじゃあオレが供養してやるからいいや』
と、おばあさんは語尾を強めて言った。
それから、部屋に戻ったおばあさんは幽霊が出たタンスに向かって塩を撒き、線香とロウソクを灯し、数珠を持って
『オレのところに出てきたのも何かの縁だろう。簡単で申し訳ないが供養してやるから安心して成仏するようにな』
と言ってお祈りをした。
このように一通りの供養してからは、おばあさんの部屋には二度と幽霊は出なくなった。
ただ暫くした深夜に、隣の部屋から
『ギヤァー、出たぁ~~~~!』
と隣の住人の悲鳴とバタバタと騒ぐ音が聞こえた。
『やれやれ、あの幽霊はオレの部屋からは出て行ったが、まだ成仏しないで近所にいるようだな』
と、おばあさんはつぶやいた」(笑)」
その後、柏崎では中越沖地震があり、そのアパート附近は地盤が悪いせいか近くにある家は全壊した家が多かった。
アパートは「古くて傷んできたので建て替える」と言われていたので、「全壊してしまったのではないか。おばあさんは無事だっただろうか?」と恐る恐る見に行ったが、アパートは補修工事をした様子もなく殆ど被害がなかったようだった。
それから地震後5年経過した今でも、そのアパートは改修もせずに人が住んでいる。
あのアパートはきっと幽霊が地震から守ったのかもしれない。
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怪談No2, 怪談No3, |
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2012年8月2日(木) |
しゃっこい《方言26》 |
来店された御客様に冷たい麦茶を出したら
「しゃっこくて、うんめぇのぉ」
と仰った。
これは「冷たくておいしいね」の意味で、「しゃっこくて」は「冷たくて」で、「冷たい」は「しゃっこい」またはで「ひゃっこい」ともいう。
この「しゃっこい」または「ひゃっこい」は、水などの物理的な低い温度を表すときに使用し、性格などを表す場合には用いない
使用例は、氷がしゃっこい、水をかけられ「しゃっこい」、ひゃっこいビールなど。
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2012年7月30日(月) |
日石のこうもり |
旧日本石油OBのお客様にコウモリのロゴマークについて聞いたら、「日本石油百年史」とロゴマークのついたバルブを持参して頂いた。
右上の写真は柏崎工場で製油で使用されていたバルブであるが、殆どバルブには写真のような旧日本石油のコウモリマークのロゴがついていたと聞いた。
右下の写真は昭和11年に配布した旧日本石油のカレンダーであるが、コウモリのロゴが書かれてある。 (柏崎とコウモリ)
また、「日本石油百年史」には明治34年の伯爵大隈重信歓迎会の写真があり、その中には新潟でも有数の豪農の一族である新発田の市島家の市島謙吉、宝田(ほうでん)石油関係者に牧口義矩の名があった。
これにより、牧口家が日本石油と市島家と関係があったことが証明でき、牧口義矩の先妻が新発田の巨大地主であった市島家からきた事が、より現実味を増してきた。
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旧日本石油の昭和11年のカレンダー |
ロゴがついたバルブ |
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2012年7月27日(金) |
土用の丑 |
昨日26日は観測点の70%余りの682か所が気温30度以上、東日本と西日本の111か所が35度以上の猛暑日となり、熱中症とみられる症状で4人が死亡した。
今日も暑くなりそうだが、そういえば今日は「土用の丑の日」。
猛暑の予感の今夏、うなぎでスタミナアップをはかりたいが、最近では全国的にウナギ価格が高騰し、気軽に買えないものになりつつある。 この「土用の丑の日」にウナギを食べる習慣は、江戸時代に夏場の売上げ不振に悩んだウナギ屋が平賀源内に相談し 「本日土用の丑の日」の張紙を出したところ、丑の日に「う」の付く物を食べると体に良いという民間伝承とウナギが合い、大繁盛したことがきっかけとされている。
民間伝承ではうなぎに限らず「う」の付く食べ物で良いのならば、夏バテ対策としてスタミナのある牛、牛など、また胃に優しい瓜、 うどん、梅干などにするのも一考かもしれない。
ついでにウサギ姿のバニーガールのいるお店でウイナーをつまみにウイスキーやウォッカなどもいいかむ(笑)
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2012年7月15日(日) |
腕時計と風呂 |
「腕時計をしたまま風呂に入れるのは、何気圧防水から可能か?」
とお客様から質問.があった。
銭湯や日帰り温泉などに行くと、腕時計をしたまま風呂に入っている人を見かけるので、このような質問をされたかと思うが、結論から言うと「時計をしたまま風呂に入れる腕時計はない」である。
その理由は
1、防水時計とは金属と金属(又はガラス)のすき間に水が入らぬようにパッキンというゴムを入れて防水したものである。
このパッキンはガラスパッキン、表パッキン、裏パッキン、菊パッキン、巻芯パッキンなどの大小様々なパッキンが時計の中に組み込まれているが、これは熱に弱く風呂に入ると熱で延びたり、傷んだりして防水効果が無くなったり、寿命が短くなったりする。
また、温泉などに入ると、温泉に含まれている硫黄などの成分でパッキンがより酷く傷んだりする。
2、クオーツや電波時計は中に電子回路が組み込まれいるが、この電子回路は熱に弱く、温泉などの高温の湯により回路に異常をきたすことがある。
3、クオーツや電波時計は電池(ソーラー電池を含む)で起動しているが、この電池は熱に弱く、高温により液漏れを起こし電子回路を破損させたり、電池寿命が短くなったりする。
などである。
また、10気圧以上の買ったばかりの腕時計は、風呂に入れてもパッキンが新しいので中に水が入らない事もあるが、もし水が入った場合は保証期間であっても「誤ったご使用や不注意による故障及び損傷」とみなされ有償修理となる場合もあるので、腕時計をしたままの風呂は避けてもらいたい。
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2012年7月5日(木) |
へいKB48 と 胸のときめき(笑) |
昨夜、中学校の同級会の幹事会があり男女9名が集まり10月に開催される同級会の打ち合わせを行った。
その後の雑談で一人の女性が
「私達は「AKB48」ではなく「へいKB」(閉経美女)なのよね」
と言い一同爆笑した。
続いて
「こういう事が言える年になってしまった」
とも言った。
また、ある友は
「先日、病院に行き、『先生、私、最近胸がときめくんです』と言ったら、『それは”ときめき”ではなく”動悸”ですね。循環器疾患による動悸でしょう』と言われた。
乙女の頃の胸のときめきを再び感じた と思ったら違っていた」
これもまた爆笑してしまった。 |
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2012年7月2日(月) |
柏崎市とコウモリ(2) |
柏崎市とコウモリ(1)より続く
1、新潟県の天然記念物、福浦猩々洞の3種類のコウモリ
柏崎市には佐渡弥彦米山国定公園があるが、中でも特に美しい八つの景観を「米山福浦八景」と言う。
その福浦八景随一の景観を誇る鴎が鼻(かもめがはな)の断崖真下に海蝕洞の福浦猩々洞(しょうじょうどう)が市街地より西へ約6㎞にある。
この洞穴は奥行80m、奥に幅30m、長さ20m、高さ10mの岩室があり、中にはヒナコウモリ科の「ユビナガコウモリ」と「モモジロコウモリ」、
キクガシラコウモリ科の「キクガシラコウモリ」と「コキクガシラコウモリ」の4種類いたが、現在は「キクガシラコウモリ」が姿を消し、3種類約2万頭が生息している。また、ヒナコウモリ科の北限を示す点でも注目されている。
このように多種のコウモリが混ざって生息する例は全国的にも珍しく。昭和33年3月5日に「福浦狸々洞のコウモリ生息地」として新潟県の天然記念物に指定された。またこれにより福浦猩々洞は自然保護区となり入洞はできなくなった。
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2、福浦猩々洞が天然記念物になる前に、入洞した体験
私が子供だった数十年前に、青海川の福浦猩々洞に入洞した体験談である。
夏の暑い日に両親と鯨波海水浴場に行き、福浦八景の一部を見る7,8人乗りの観光船に乗船した。
米山の山塊が日本海に落ち込む景観を眺望していたが、暫くすると船頭と我等家族3人を乗せた船は青海川の福浦猩々洞に入洞した。
洞窟の中はヒンヤリとして暗く、船は僅かな灯を頼りに奥に直進していくと、突き当たった岩礁の壁には鯨波の鬼穴に似た石像があったような記憶がある。
舟は少し迂回しながら更に奥へ進入し、気温が一段と下がって肌寒く感じる程になったたが、コウモリは暗くて見えずその気配も感じなかった。
それから暫く行った所で船は止まり、船頭が懐中電灯で天井を照らしたが、照明が暗いのと天井が高いのとで何も見えなかった。
すると今度は、船頭が櫂(かい)で舟を叩いくと「カーン」という音と同時に数多くのコウモリが「キィー」キィー」と鳴き声をあげながら「バタバタ」と羽根を広げて飛び始めた。コウモリは高いところで飛んでいたので我々にぶつかることもなかった。
その後、どのようにして帰ったのかは記憶がないし、これが何年だったかも記憶にないが、入洞禁止になる昭和33年以前だったことは間違いない。
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3、柏崎市のシンボルマークのコウモリ
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柏崎市のシンボルマークは赤い夕陽と青い日本海を表し、波しぶきがまちの活力を象徴しる。その中を楽しそうに飛ぶコウモリは、市民の自然を愛し、環境を大切にする思いを表している。
このコウモリは県天然記念物指定の「福浦狸々洞のコウモリ」を表している。 |
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4、旧日本石油のロゴはコウモリを図案化したもの
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明治21年(1888))1月、旧日本石油は内藤久寛(刈羽郡石時の素封家)や、山口権三郎(刈羽郡横沢村)、本間新作(中蒲原郡新関村)、岸宇吉(長岡)によって石地に創立された。
創立式は長岡市で開かれたが、この時に日本石油のロゴにコウモリが図案化された。 それは創立議決後のパーティに1匹のコウモリが舞い込んできた。厳寒の北国にコウモリがいること自体珍しく、漢字表記である「蝙蝠」の「蝠」が「福」に通じるということで、商標に使うことが決まった。 |
柏崎製油所・柏崎工場の跡地にある記念碑(柏崎駅前公園) |
その後、明治32年(1899)に日本石油は石地から柏崎に本店を移転し、我が国最大の製油所を確立した。
ひょっとしたらこのコウモリはコウモリだったかもしれない? |
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5、コウモリは福をもたらす幸運な動物
コウモリは西欧では吸血鬼に操られる動物だが、中国では昔からコウモリは幸福を招く縁起物として扱われてきた。
「蝙蝠(こうもり)の「蝠」という字は中国語の「良い運命」と同じ語音を持っている」、すなわち幸福の「福」と同じ音で呼ぶ。このためコウモリは、中国では福を呼ぶ動物とされてきた。また、百年以上生きたネズミがコウモリになるという伝説もあり、長寿のシンボルともされている。
中国の重要な文化財である清の恭親王(1833-1898)の茶室の中には多数のコウモリデザインがある。
日本でも、西洋の影響を受ける明治中期ごろまでは中国の影響で縁起の良い動物とされていた。そのため長崎のカステラ店などはコウモリを商標としている。
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6、コウモリは益獣で保護動物
コウモリは一日で約500匹の小型のガなどの飛翔昆虫類を飛翔しながら捕食する「益獣」であり、また保護動物でもある。
よって鳥獣保護法で、許可なく勝手にコウモリを捕獲したり殺したりすることは禁止されている。
(柏崎とコウモリ) |
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2012年7月1日(日) |
夕照(ユウテリ)の 街空覆う 梅雨雲や |
来店したお客様から「昨日の夕日はきれいだったので写真を撮った」と聞いた.
午後7時の閉店時、外に出て見たら商店街が夕照で赤く輝いていたので屋上に上がってみた。
街中は赤く染められて綺麗であったが、空は鉛色の重たい梅雨雲が漂っていた。
このミスマッチは面白い、と早速ファインダーを覗きシャッターを押してみたが、初心者にとって初めての夕日撮影は難題でなかなか思うように撮れない。 カメラの設定を変えたりしているうちに景色がどんどん変化し夕日は沈みそうになっていく。
焦る気持ちを抑え、三脚も固定せずにシャッターを押し続けてやっと撮れた一枚がこの写真である。 |
その他の米山の写真 |
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