のび太が紐パンで受け取った架空の借用書が有効か無効か、多数決で断を下
すことになった。
有効……ドラえもん、ドラミ、セワシ、のび太
無効……タヌキ先生
四対一の圧倒的大差で、のび太の債務が確定した。
「なんでタヌキまでカウントされてんだよ! ただの置物だろ、コイツ?」
普段着に着替えたのび太のイチャモンに、ドラミが答えた。
「先生は常に弱者の味方なのよ。先生がご健在なら、こんな詐欺まがいの借用
書は認めんと仰るに決まってるわ。ね、先生?」
「センセイ?」
「なんとか言いなさいよクソダヌキ!」
あくまでシカトを決め込むタヌキ先生に、ドラミの怒りの金属バットが炸裂
した。粉々になった先生の破片になおもバットを振り下ろし、仕上げに火炎放
射器でこんがり焼いてゴミ箱に放り捨て、怒りの形相を今度はのび太にねじ向
けた。
「そういうアンタこそ何考えてんのよ! 思いっきり有効に一票入れてんじゃ
ない! 身に覚えのない借金増やして、アンタそんなに路頭に迷いたいの!?」
「多数決だろ? お前ら三人グルだろ? 俺がどっちに票入れたって結果は目
に見えてんだよ! ここまでの人生で民主主義が俺に味方してくれたことなん
て一度もないし、これからも絶対にない! 世の中スジの通らないことばっか
りだ! お前ら全員死ね!」
「よし! よく言った!」
セワシが雀卓をバンと叩いてのび太を見上げた。ドラミとドラえもんも、い
つの間にか卓に腰を下ろしている。空いた席にのび太が座り、スジ講座がスタ
ートした。
「目ぇかっぽじってよく見やがれ! これがスジだ!」
セワシの並べた九枚の牌を見ても、のび太にはさっぱり訳が分からない。
「何がどういう風にスジなんだよ! ていうかスジって何だよ! テメエの説
明は一から十までホワッツだらけなんだよ!」
「それを今から説明すんだよ! スジってのは、相手の捨て牌からアタリ牌を
推測するための手がかりの一つだ。左から、イースーチー、リャンウッパー、
サブローチュー。例えばだな」
「こんな風に、単騎でテンパイしていたところにをツモってきたとする。
のび太、お前だったらこんな時どうする? さっさと答えろボケ!」
「急かすんじゃねーよクサレチンコ! なんでそんなに怒ってんだよ!」
「のび太が怒ってるからに決まってんだろ!」
「じゃあ俺が機嫌を直したらテメーの怒りも収まるのかよ!」
「たりめーだろ!」
「よし、それじゃあ仲直りしよう。ゴメンナサイ」
「いやいや、こちらこそ申し訳ない」
二人の友情は復活した。気分も新たに、スジの説明を再開する。
「さてのび太くん、キミは上の手から何を捨てるかな?」
「もちろんを捨てるさ。そうすればでとのリャンメン
待ちになるからね」
「さっすがのび太くん! 特別な事情のない限り、通常はリャンメン待ちを選
択した方が効率がいいんだ。アガリ牌の数も多いし、手作りの幅も広がるから
ね。こいつを踏まえた上で聞いてくれ。リーチをかけた人間がを捨ててい
る場合、やをロンされる可能性は他の牌に比べて低いんだ。何故だか分
かるかな?」
「えーと、のリャンメンでテンパイしている時は、はフリテンだか
らロンできない。のリャンメンでテンパイしている時も、はフリテ
ンだからロンできない。そういうことかな?」
「その通り! つまり、相手が捨てた牌のスジにあたる牌は比較的ロンされに
くい、ということなんだ。のび太くんは理解が早いなぁ!」
「いやいや、セワシくんの懇切丁寧な説明を聞けば、プラナリアだって麻雀の
達人になっちゃうよ! いよっ、この微生物キラー!」
「いやいやいや。ただし、例えば相手の捨て牌にがあるからといって、安
易にを切ったらいけないよ。のリャンメンでテンパイしている場合
にはフリテンにはならないからね。だから、スジの真ん中の牌が捨ててあるか、
両端の二牌共が捨ててあるケース以外では、スジはあまり信用しない方がいい。
オーケー?」
「オーケーだとも! セワシくん!」
「のび太くん!」
熱い抱擁を交わすのび太とセワシに、紅蓮の炎が襲いかかった。火炎放射器
から立ち上った煙を息で吹き飛ばし、ドラミが黒焦げになった二人を睨み付け
た。
「なに肉の焼ける匂いを振りまいてんのよ。先生の受けた苦しみはこんなもん
じゃないわよ。次はウラスジいくわよ、ウラスジ」
「セワシさんの説明にもあったように、リャンメン待ちの方が効率がいいって
いうのは理解したわよね。それじゃあ、上の三枚が手の中にあったら、のび太
さんだったら何を切る?」
口から黒煙を吐き出しながら、のび太が答えた。
「そりゃだよ。のリャンメン待ちが残るからね」
「でしょでしょ。捨て牌にがあるってことは、その人の手の中には
のリャンメン待ちが残っているかもしれないってこと。こういった、捨て牌の
外側のスジ牌をウラスジっていうの。のウラスジは、のウラスジ
はかってことになるわね。スジは安全牌だけど、ウラスジは危険
牌。ごっちゃにならないように注意してね。理解したなら返事してちょうだい、
先生」
突然水を向けられた先生だが、相も変わらず返事はない。
「この無能!」
最大火力の白い炎がゴミ箱に向けられた。先生の破片がゴミ箱ともども蒸発
し、後には何も残らなかった。
「元が人骨だからって余裕ぶっこいてんじゃないわよ! アッタマきちゃうわ
ね!」
「まぁまぁ、その辺で許してあげなよ。次は僕がアンコスジを説明するよ」
今までのやり取りには一切介入せず、ひたすら拳でセワシの鼻をほじくり続
けていたドラえもんが口を開いた。
「のび太くんの手の中に、の暗刻があったとする。この時、他の誰
かがリーチをかけているならば、で待っている可能性が高い。のび太くん
が三枚持っているということは、残りは一枚しかない訳だから、のター
ツが最後まで完成せずにテンパイする、というケースが考えられるからね。こ
れをアンコスジという。のアンコスジは、のアンコスジは
ということになる」
「アンコスジは危険牌だが、こいつを逆手にとるとワンチャンスという安全牌
に早変わりするんだな」
鼻の穴のすっかりおっ広がったセワシが、口から黒煙と吐瀉物を吐き出しな
がらドラえもんの説明を引き継いだ。
「のび太がを三枚持っているということは、相手の手の中にはとい
うターツがない可能性が高い。つまり、でもロンできるはともかく
として、でしかリャンメン待ちのできないはロンされにくい、とい
うことになる。これをワンチャンスという」
「と、長々と説明をしてきたけど、スジやワンチャンスはあくまでも確率論で
しかない、ということは憶えておいてくれ。手作りによってはリャンメン待ち
にならないことだってあるし、意図的にリャンメン待ちを避けることだって考
えられる。スジやワンチャンスを信用しすぎると、リャンメン待ちに見せかけ
て当たり牌を引き出すヒッカケ待ちにコロッとやられて生き恥をさらすことに
なるから充分注意してくれ。結局100%信頼できるのは、相手が実際に捨てて
いる牌そのもの、つまり現物(ゲンブツ)だけってことさ」
ドラえもんのまとめで、スジのお勉強は終了した。いまだ興奮覚めやらぬド
ラミをよそに、のび太は大きく背伸びをした。
「さ、スジも一通り覚えたことだし、サウナでも行って息抜きすっか!」
「くつろぐのはまだ早いぞ。これからピンフとタンヤオ以外の役と点数計算を
一気に覚えてもらうからな」
ドラえもんの無慈悲な一言に、サウナ上がりにビールで乾杯というのび太の
夢は脆くも砕かれた。
「ちょっと待てよ! これだけ覚えるのものび太の威信をかけての大事業だっ
てのに、その上まだなんか詰め込むつもりかよ! せめて暗記パンぐらいは用
意してくれてもいいんと違いますか!?」
「暗器パンねぇ。道具に頼るのはのび太くんの為にならないと思って今までわ
ざと出さなかったんだけど、どうする? セワシくん」
「まぁ、ご褒美代わりに出してやってもいいんじゃない? 暗器パンの一枚や
二枚ぐらいはさ」
「さっすがセワシくんは話が分かるね! さあドラえもん、暗記パンを食わせ
やがれ! 暗記パン! 暗記パン!」
「はい、暗器パンー!」
ドラえもんの手から、漆黒の鎖分銅が飛び出した。いわゆる暗器だ。
「ぶひー!!」
分銅はドラミに命中した。真っ赤な鮮血をほとばしらせ、ドラミの黄色いド
ラム缶ボディが宙に舞った。
「先生、天国の先生! 仇はとりましたぞ!」
星降る夜空を見上げて、ドラえもんが万感の涙をこぼした。セワシの黒、ド
ラミの黄色と赤、ドラえもんの青に彩られた部屋の片隅で、真っ黒ののび太が
正真正銘の暗記パンをむさぼり食っている。
のび太の部屋に、ひとときの平和が訪れた。
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