のび太のママのその後について触れておかねばなるまい。
湾岸高速を千葉に向かってひた走っていたママは、パトカーの追跡を振り切
るべく走行ルートを大幅に変更、車道を外れて東京湾に出た。カモシカのよう
な脚力で水上を疾駆すること数時間、ついに力尽きて太平洋の藻屑となりかけ
たところを、通りがかりのイカダに救われた。
その後、ママの姿を見た者はない。乗員の青年と恋に落ちてアメリカに渡っ
たとも、毎週木曜日に近所のスーパーに買出しに来るとも言われているが、真
偽のほどは定かではない。
このイカダの青年が、後年アメリカ大陸発見という大偉業を成し遂げること
になるのだが、麻雀教室とは全然何にも死ぬほど関係ない話なので放っておく
ことにする。
居酒屋ライブビデオによって、またもや自分一人が蚊帳の外であったことを
知ったのび太は、孤独と快感のあまり股間のうずきを押さえることができなか
った。それでもピンフとタンヤオを修得して、麻雀のスキルはどうにか虫ケラ
レベル程度にまでアップした。悠久の時を経て再び集結した四人で、麻雀教室
総仕上げの卓を囲む。
東一局、のび太の起家。一皮むけたのび太の第一打は。捨て牌のあと、セ
ワシにこんなことを尋ねた。
「例えばさ、ピンフとタンヤオが一緒にできたとするじゃない。そんな時はピ
ンフとタンヤオ、どっちが優先されるわけ?」
セワシは燃える男である。こんな初心者まる出しの質問をかまされて、ハイ
そうですかと引き下がる訳にはいかない。第一それでは質問の答えになってい
ない。熱き血潮を内に秘め、しかし努めてクールを装うセワシである。
「いい質問だぞ、のび太。複数の役が同時に完成した場合は、基本的にその役
のすべてがアガリとして認められるんだ。だから、ピンフとタンヤオが出来た
のであれば、どちらもアガリ役として成立する。それだけ点数もアップするっ
て寸法だ」
「わお! そんなワガママが許されるなんて、今時の若い女とは大違いだね!」
三巡目、童貞の分際で利いた風な口を叩くのび太のが横に曲がった。一見
しごくまっとうなリーチなのだが、南家のセワシのボルテージは上がる一方で
ある。同じく三巡目、セワシが合わせ打ったに、のび太がするどく反応した。
「ロン!」
←ロン
「がピンフ、
がタンヤオ、
がリーチのみだから、合わせてリーチ一発ピンフタンヤオだ! どーだ参っ
たかこの野郎!」
「まいったー!」
セワシは耳から血を噴いてぶっ倒れた。のび太の捨て牌はこうである。
←リーチ
八枚ツモって一枚捨て、十枚ツモって五枚捨て、17枚ツモって三枚捨てての
のび太のリーチに、セワシの血液は沸騰しっぱなしであった。怒りではない。
憎しみでもない。哀れな愚者を光へと導く聖者としての使命感である。そんな
セワシの正義の心が、いま血の奔流となって耳から溢れ出したのだ!
「すげーぞのび太! 今までの俺たちの説明を、ここまで徹底的に聞いていな
かったとは予想もできなかった! マーベラス!」
「お世辞はいいから点棒よこせよ。おら」
漫画家を見下す編集者のような目をして、のび太が右手を突き出した。その
手をやんわりと払いのけ、セワシは首を横にふった。両耳の血はバナナで栓を
して止めた。
「残念だが点棒はやれないな。一つずつ整理していこうか。まず麻雀の絶対原
則は「一枚」ツモって「一枚」捨てること、というのは、これはキチンと説明
した筈だよな。なんで鷲掴みなんだよ」
「100年に一度のサービスタイムだったんだよ。文句あっか」
「そうか、100年に一度がたまたま今日だったのか。それは俺が悪かった。だ
がこれだけは覚えておいてくれ。役の複合というのは、牌の枚数を増やすこと
ではないんだ。この手を見てくれれば分かる」
「のどの牌でアガっても、ピンフとタンヤオが同時に完成するだろ?
13枚で手作りをしても、複数の役を作ることは可能なんだ。というか、13枚以
上の牌を使ったらチョンボなんだよ。チョンボには各種サービスは適用されな
いからな。あしからずご了承してくれよ」
「うるせーな。チョンボが怖くてチョンボマックが食えるかっつーの」
チョンボマックがどんな食べ物なのかは知らないが、とにかくのび太にとっ
て今さら一つや二つのチョンボは屁でもない、ということはセワシにも容易に
想像がついた。
「まあ、そう言わずに聞いてくれ。分かっていると思うが、チョンボというの
はルール違反やミスのこと。この手でのび太が犯したチョンボは二つ。一つ目
は多牌(ターパイ)。手牌の枚数が、本来あるべき枚数よりも多い状態のこと。
まだツモってないのにメンゼンで14枚あるとか、一回鳴いているのに残りの手
牌が11枚とか、うっかりしていると中級者でも多牌をしてしまうことがある。
のび太のこの手は、えーと、39枚か。これってうっかりの範囲内か?」
「いやぁ、うっかりしてた。のび太のあわてんぼ! えい!」
のび太はハイヒールで自分の尻を叩き出した。お仕置きのつもりなのだろう
が、その顔は極上の快楽に恍惚としているようにしか見えない。
「サービスタイムじゃなかったのかよ。もう一つのチョンボは、振聴(フリテ
ン)。こいつはちょっとややこしいから、よく聞いてろよ。のび太の手牌を使
って説明するぞ」
「なんだよ、あとの26牌はどこへいったんだよ。僕の手牌を使うって言った以
上は男らしく全牌使えよ」
「いいからおとなしくケツを叩いてろ。このテンパイの待ちは。下
家が切ったをうっかり見逃して、直後に対面がを切ったとする。ところ
が、このでアガることはできないんだ。当たり牌を見逃した場合、次に自
分がツモるまでは他のメンツからロンをすることはできなくなる。これをフリ
テンという。自分がツモった後ならば、またロンができるようになる。ここま
では分かったか?」
「このダメのび太! ゲロのび太! カスのび太!」
スパンキングに熱をあげるのび太のケツには、幾筋ものミミズ腫れが浮かび
上がっていた。とりあえず話は聞いているだろうと判断して、セワシは説明を
続けた。
「自分の待ち牌を自分で捨てている場合は、さらに厳しい。一巡待とうが二巡
待とうが、ロンは出来ないんだ。待ち牌を自分が捨てていない牌に変えるか、
ツモでアガるかの二択しかない。他のメンツからポンやチーをされた捨て牌も
捨て牌であることに変わりはないから、注意しろ」
二人のやり取りには参加せず、ここまでひたすら拳で鼻をほじっていたドラ
えもんとドラミが、思い出したようにセワシの説明にフォローを入れた。
「リーチをかけた後のフリテンにも注意しようね。自分の捨て牌に自分の待ち
牌がない状態で、他者の捨てた当たり牌を見逃した場合、ヤミテンであれば自
分のツモ番の後にはロンができるようになるけど、リーチをかけている場合は
ダメ。一度見逃しをしてしまったら、もうツモあがりしかできないんだ。ヤミ
テンというのは、テンパイはしているけどリーチをかけていない状態のことね」
「多牌とフリテン以外にもチョンボはあるのよ。アガれない牌でロンやツモを
したらチョンボ、メンツにならない牌で鳴きを入れてもチョンボ、テンパって
いない状態でリーチをかけてもノーテンリーチというチョンボになるの。まぁ
ノーテンリーチは流局になった時点ではじめてチョンボ扱いだから、それまで
は黙ってりゃいいわよ」
「オー! ディープスロートプリーズ!」
のび太は金髪のカツラをかぶっていた。いつの間にか紐パン一丁だ。ドラえも
んがその紐パンに借用書をはさんでやると、腰を激しく振って自分の尻をハイ
ヒールで叩いた。
「イエー! マイディックイズベリベリハッピー!」
「はいはい、よかったね。チョンボのペナルティは、その局の手作り放棄と罰
符(バップ)。アガることはもちろん、ポンやチーもしてはいけない。罰符の
額は、親ならば子に4,000点ずつ、子だったら親に4,000点、子に2,000点ずつ。
例によって、場所によっては鳴きは可能であったり、罰符の額も異なっていた
りするから、確認を忘れずにね」
「手牌の数が少ない状態を少牌(ショウパイ)といって、これはアガリ放棄で
はあるけど罰符を支払う必要はない、というルールが一般的みたいね。流局時
にテンパってないとノーテンといって、テンパイした人数に応じて罰符を支払
わないといけないの。テンパイ者が一人の時は、ノーテンの三人が一人に1,000
点ずつ。テンパイ者が二人の時はノーテンの二人が1,500点ずつ。一人ノーテ
ンの時は、その一人が三人に1,000点ずつ支払うんだからね。少牌もノーテン
もチョンボではないんだけど、ペナルティ発生のパターンとして、一応説明し
といたわよ」
一息に説明を終わらせると、ドラミものび太の紐パンにのび太名義の借用書
を挟んだ。もちろん、のび太の署名はドラミが書き込んだ。筆跡なんて細かい
ことは気にしない。
セワシとドラえもんも、借用書にのび太の名前を書き始めた。金額について
は欄内に収まる桁数でカンベンしてやった。
借用書が紐パンに食い込むたびに、のび太のケツ叩きは勢いを増していく。
一枚二枚から10枚20枚、そしてとうとう100枚の大台を突破した。のび太のス
パンキングは音速を超えて、すべてを放出するように絶叫した。
「ペニーチャーン!」
金髪のカツラを毟り取り、借用書付きの紐パンと一緒に床に叩きつけた。
「てめえらいいかげんにしろよ! 借用書じゃなくて金を挟めYO!」
ペニーちゃんって誰だYO。
続く
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