「うわーい! 憧れのレジー・スミスが五十人まとめてボクに会いに来てくれ
たと思ったらお前はなんだコンニャロ!」
 一人、変なのが混じっていた。のび太は男の額めがけて必殺の頭突きをお見
舞いした。
「痛いなンモー! 何すんのー!」
 男はどんぐりまなこを一杯に広げてのび太に抗議した。抗議しながらこめか
みに指を当ててグリグリ回したりバンザイしたりと、行動に落ち着きと脈絡が
ない。のび太は男に反撃した。
「せっかくのレジー・スミス見本市が、お前ひとりのおかげで台無しだ! わ
かってんのかクロマティ!」

ウォーレン・クロマティ
Warren Cromartie

 1953年9月29日生まれ。1974年から十年間エクスポズでプレーして、1984年
に読売巨人軍入団。現役メジャーリーガーの肩書きに恥じぬ実力と陽気なキャ
ラクターで、チーム随一の人気選手となった。在籍七年間で二度のリーグ優勝
に大きく貢献し、779試合に出場して打率.321、171ホーマー、558打点、951安
打の成績を残した。1991年にMLB復帰、ロイヤルズで一年間プレーして現役生
活に終止符を打った。
 帰国後の著書「さらばサムライ野球」では異国ニッポンでの野球生活の苦悩
と不満を切々と綴って話題となった。一方でロックバンド「CLIMB」のドラマ
ーとして日本のバラエティ番組に出演したり、引退後は実業家に転身してバッ
ト型の歯ブラシを日本企業に売りつけたり、日本の変な焼きそばのCMに変な外
国人役で出演したりと、どうやらニッポンのお金は大好きだったようだ。

「台無しってのは言い過ぎよンモー! せっかく日本に来てやったんだからも
っと歓迎してよンモー!」
「ンモーンモーってお前は植田まさしか! お前なんかいなくっても巨人は毎
年優勝できるから、荷物をまとめて日本に帰れ! ここが日本だバカ!」
「のび太くん、のび太くん」
 たまらずKが制止したが、のび太の怒りは収まらなかった。
「いーやKくん言わせてくれ! だいたいコイツは」
「のび太くーん!」
 Kはドロップキックでのび太を吹き飛ばした。一言たりとも言わせなかった。
のび太は熱した油で満たした大釜の中に落下して、カラリと揚がっておいしそ
うなフライになってしまった。
「ボス、ワイヤーアクション!」
「オーケー!」
 Kにボスと呼ばれたクロマティはKに釣竿を渡した。Kは大釜の横の脚立によ
じ登って、油の底に糸を垂らした。すぐにのび太が引っかかって、Kは一気に
糸を引き上げた。
「うおりゃー!」
 たわんだ竿が逆向きに弾んで、のび太のフライが空中に舞った。
「ふっかーつ!」
 キツネ色の衣を脱ぎ捨てて、新生のび太が飛び出した。もちろん全裸だ。油
ぎった体をシャワーですっかり洗い清めて、クロマティの頭を平手で叩きなが
らKに言った。
「なに? こいつボス猿なの?」



 気持ちは分かるが猿ではない。クロマティはマトリックスのシリーズ通じて
の監督なのであった。
「だからな、あんまりボスをいじめるんじゃねーぞ。爆発しちゃうから」
「へーい」
 のび太はガウンを羽織って席についた。Kとアカギとドラえもんで麻雀勝負
を再開して、東二局の親のアカギがサイコロを回した。到着したばかりのクロ
マティには状況がよく分からない。
「キアヌよ。深夜の雀荘で四人で全自動卓を囲んで、アンタら一体何をしてい
るのかね?」
「麻雀に決まってんだろ」
「ファンタスティーック!」
 クロマティは何もない空間に向かってまた何度もバンザイをした。意味もな
く室内を走り回って、Kがワイヤーアクションに用いた脚立の上に座った。
「さっそく映画撮っちゃうよ! 全員さっさとスタンバイしろー! ンモー!」
 これ以上喋らせてもうるさいだけなので、みんなクロマティの言う事を聞い
た。Kが主役でのび太とドラえもんとアカギが敵役、雀荘の他のメンバーがエ
キストラということになって、四十九人のスミスは壁と入り口をぐるりと囲ん
で退路を断った。脱出不能の真剣勝負、地獄の麻雀映画デスマッチが始まった。
「そんなのあんまりよー!」
 床からモーフィアスとトリニティが生えてきた。悔しさのあまりターバンを
噛んで、臭さで意識を失いかけつつ泣いてクロマティに訴えた。
「ワタシたちを忘れるなんて、ボス薄情ね! Kの席にはもともとワタシたち
二人が座ってたね!」
「ボス、キアヌなんてクソ役者はハッとしてグーして、ワタシたちを主役にす
るね! その方がよっぽど面白い映画つくれるね!」
「お前たち、これねー」
 クロマティは二人の足元に大きな二台のカメラを放り投げた。クロマティ監
督が哀れなインド人に与えた役割はカメラマンだった。
「なんでよー!」
 それはあまりに甘酸っぱい体験だった。しかしボスの命令は絶対である。モ
ーフィアスとトリニティはぶつくさ不平を言いながらも、カメラを肩に担いで
所定の位置についた。改めてクロマティが叫んだ。
「シーン1、のび太ボーイが役満をアガってキアヌ大ピンチ! ヨーイ!」
 雀荘の空気がピンと張り詰めた。のび太たち四人はすでに配牌を取り終えて、
裏返しに伏せてある。
「スタート!」
 クロマティの合図と同時に、勢いよく配牌を開いた。
「どりゃ!」



「監督ー! ボク役満アガれませーん!」
 嬉しそうにギブアップを宣言するのび太だが、一発撮りが信条のクロマティ
はカメラを止めなかった。
「アカーギ! のび太ボーイのヘルプ、プリーズ!」
 クロマティが指令を出すまでもなく、アカギは仕事を完了していた。光より
はやい神業で、のび太の配牌をすべて入れ替えてしまった。下積みの経験なア
カギは、己の役割を実によく理解していた。



「監督ー! ボク役満アガっちゃいまーす! リーチ!」
 次巡、またもアカギが動いた。ノータイムでを切り飛ばしたその瞬間、
電光石火のワープ航法でアカギとのび太の席が入れ替わった。
「ロン」



「緑一色。32,000点」
「すごーい!」
 のび太、悲劇の役満振り込み! Kは無傷でのび太を倒した。
「はいオーケー!」
 クロマティは両手で大きな輪を作って、すぐにシーン2の撮影に入った。
「シーン2、傷心のキアヌの前に、モーフィアスとトリニティが現れる!」
「ワタシたちの出番よー!」
 モーフィアスとトリニティは小躍りして喜んで、すぐに自分たちがカメラを
回していることに気がついた。
「ボスー。カメラはどうするよー」
「そんなもん知らないよー! スタート!」
 二人はちょっと考えて、カメラを持ったままKの両脇に立った。そんなモー
フィアスとトリニティに、KはKらしからぬ温情を見せた。
「オレの代わりに麻雀打たせてやる。座れ」
「マジですかー! キアヌサイコー!」
 Kを椅子から蹴飛ばして、二人いっしょに椅子に座った。しかしカメラが邪
魔でうまくツモれない。Kが救いの手を差しのべた。
「オレがツモってやるから、お前らは存分に撮影を続けろ」
「ありがとねー」
 モーフィアス&トリニティ、ツモ。のカンチャンターツがメンツ
になった。やはりカメラが邪魔で牌を捨てられない。
「仕方ねーな。オレが代わりに捨ててやろう」
「キアヌ優しいねー。ホーリーシットねー」
 モーフィアス&トリニティ、メンツから中抜きで打
「ロン」



「チンイツピンフリャンペーコー。ドラの三索が二つで36,000点」
「キスマイアース!」
 アカギの魔手が牙をむいた。モーフィアスとトリニティは椅子ごと仰向けに
ぶっ倒れたが、それでもカメラは手放さなかった。Kはまたもや強敵を退けた。
「ンモー! オーケー!」
 台本もなければ役名もない。自然の流れに身を任せたウルトラアドリブムー
ビーは、シーン3に突入した。
「そこの青いボーイ、悪の親玉ね! 四十九人のスミスを引き連れて、キアヌ
の前に立ちはだかるね!」
「はいはい、もーなんでもやるから」
 ドラえもんは業界きっての慧眼の持ち主だった。こんなもの映画の撮影と呼
べる代物でも何でもないことをとっくの昔に見抜いていたが、なんかもう全て
が面倒くさくなっていたので素直に言う事に従った。
「スタート!」
 クロマティの映画にかける情熱が、ドラえもんには海より深くうっとおしか
った。それ以上に、ドラえもんを囲むように群がった四十九人のレジー・スミ
スの重厚なアフロヘアが暑苦しかった。あんまり暑苦しかったので、
「オラ」
 独裁スイッチでスミスを一気に消し去った。親玉のふとした出来心で、悪の
組織は壊滅した。あとクロマティは麻雀の映画を撮っているつもりらしいので、
「あいよ」
「ロン」

 ←ロン

 アカギにピンフのみ一本場の1,800点を差し込んでキレイに締めた。残すは
クライマックスのシーン4のみとなった。Kがクロマティに提案した。
「せっかくだから、大物ゲストも出演させようや」
「ンモー!」
 クロマティの許可が下りたので、Kは椅子から立ち上がった。
「のび太にアカギにドラえもん、そこに並びなさい」
 指名を受けた三人は言われた通りに一列に並んだ。Kは厨房に向かって大声
を張り上げた。
「セワシー! こーい!」
 セワシが厨房からやってきた。カレーはまだ出来上がっていない。本当に作
っているのかどうかも分からない。
「ドラミー!」
「なによ」
 ドラミがセワシのズボンの中から顔を出した。ターバンの次はセワシの毛む
くじゃらの股ぐらだった。
「二人とも、のび太たちと一緒に並びなさい!」
 Kは列の端っこに立って、バトンを頭上高く振り上げた。
「お前ら全員、特殊メイクで大物ゲストに変身だー!」
 ハリウッドの技術の粋を集めた魔法のバトンで、みんなのほっぺたを順番に
ぶん殴っていった。
「とう!」

ロッキー
Rocky

 シルベスター・スタローンの出世作となったボクシング映画の金字塔。1976
年に公開されたパート1は、同年の第49回アカデミー賞作品賞に輝いた。
 1990年のパート5から長いブランクを経て2003年、スタローンがパート6の脚
本に着手したというニュースが全世界を駆け巡った。事態を重く見たアメリカ
政府は激戦の末スタローンの捕獲に成功し、聖なる石で彼の魔力を封印した。
 2005年の満月の夜、聖なる石に亀裂が走った。ロッキー復活の日は近い。

「だりゃ!」

ランボー
First Blood

 1982年公開。ベトナム帰還兵ランボーの数奇な運命と哀愁を描いたドタバタ
ギャグアクション。小汚いカッコで街を徘徊してポリスに職質されて、キレて
山に立て篭って大暴れするのがパート1。仕事をもらって喜んでいたら赴任先
はイヤな思い出しかないベトナムで、さらに上官も超イヤな奴でキレて大暴れ
するのがパート2。これではイカンと仏寺でおとなしくしていたら昔の仲間が
ピンチだと聞いて、アフガニスタンに飛んで大暴れするのがパート3。パート3
だけキレていないようだが邦題のサブタイトルは「怒りのアフガン」。副題で
しっかりキレている。

「どっせい!」

コブラ
Cobra

 1986年公開。コブラの異名を持つ刑事マリオン・コブレッティが本物のコブ
ラとコブラの座を賭けて沖縄で闘うお話。アーノルド・シュワルツェネッガー
主演の「ゴリラ」もムツゴロウが監督を務めた「子猫物語」も1986年の作品で、
1986年は動物映画の当たり年であった。といっても本物の動物が出てくるのは
「コブラ」だけで、「ゴリラ」のゴリラはシュワルツェネッガーの見た目で、
「子猫物語」の子猫は骨格標本のみの登場だった。

 叩きすぎてバトンが壊れた。しかしバトンはただの小道具だったので、代用
品のすりこぎで何の支障もなくメイクを再開した。
「ビッチ!」

オスカー
Oscar

 1991年公開。筆者未見。スタローン初のコメディ映画。精一杯におどけた表
情のスタローンはコメディというより踏み絵を強制された隠れキリシタンのよ
うで、「キミはそんなことしなくていいんだよ」と抱きしめてやりたくなる。
 カタギの一般市民になるべく悪戦苦闘するマフィアを描いた本作は、1966年
のフランス映画「オスカー」のリメイクであるらしい。知らなかった。へーと
思ってリメイク元のストーリーを調べてみたら、アカデミー賞狙いの男優が墓
穴を掘って身を持ち崩す映画だった。全然別物やんけ。

「破ー!」

ドリヴン
Driven

 2001年公開。1994年に事故死したF1ドライバー、アイルトン・セナに捧げた
意欲作。レースシーンのほとんどが実際のレース場で撮影されており、本物の
ピットの隣に撮影用のにせピットを作ったり、現実のレースの表彰式のあとに
映画の出演者が表彰台に上がってシャンパンをかけ合ったりしていた。許可を
取っていたかどうかは不明。
 麻雀教室第二部11話に断末魔として登場。



 五人のシルベスター・スタローンが雀荘ノースウエストの乾いた大地に降り
立った。Kとクロマティは全てをやり遂げた充実の表情で、勇壮華麗なその武
者姿を見渡した。しかしまだ、撮影という最後の大仕事が残っている。
「カメラ、スタンバイね!」
 クロマティの号令で、ソファでくつろいでいたモーフィアスとトリニティは
ノロノロと立ち上がってカメラを構えた。そのカメラが何だか妙に細長いこと
が、Kはずっと気になっていた。
「今さらなんだが、それホントにカメラか?」
 Kがそう尋ねると、モーフィアスとトリニティは鼻で笑って心でも笑った。
「キアヌ、バカねー。レンズがあるからカメラに決まってるねー」
 レンズはなかった。黒光りするボディの中身は空洞で、筒の先には大きな穴
が空いていた。
「ファインダーだってついてるねー」
 ファインダーはある。だがそれはファインダーというよりは、射撃用の照準
に見えた。
「このレバーを引くとフィルムが飛び出すねー」
 モーフィアスとトリニティは手元のレバー、というかトリガーに指をかけた。
二人がカメラだと言い張るその物体が、Kにはだんだんバズーカ砲に見えてき
た。
「そのトリガーを引くと、ひょっとしてフィルムじゃなくて砲弾が飛び出すん
じゃないか?」
「そんな訳ないねー。実際に引いてやるから己の過ちに気づくねー」
 カメラをスタローンに向けてトリガーを引いたら砲弾が出た。流線型の鉛の
砲弾は唸りを上げて、のび太扮するスタローン目がけて一直線に飛んでいった。
「のび太くん、危ない!」



最後の難関だ! のび太のスタローンをクリックしてピンチを救え!