「のび太くん、死ぬな!」



「んー。どっしよっかなー」
 のび太はおちょぼ口に指を当てて、壁を這うゴキブリを眺めている。自分の
おかれた状況を全く自覚していない。
「ボケっとしてんじゃねーぞテメー! 殺すぞ!」
 マイペースなのび太に業を煮やして、Kは両手を広げてのび太の前に立った。
身を挺してのび太を砲弾から守るつもりだ。
「んー。Kくん、死んじゃうのー?」
「そんな訳ねーだろ! これだ!」
 Kはすりこぎを振り上げた。モーフィアスとトリニティの放った砲弾に、あま
たの傑作映画を生み出した特殊メイクを施した。
「でやー!」

織田信長
Nobunaga Oda

 1534年、尾張生まれ。青年期より天下布武を志し、自身を主人公にした国盗
りゲームをパソコンにて発売するが大コケ。以後はエロゲーに路線変更する。
「ナイトライフ」「オランダ妻は電気ウナギの夢を見るか」「団地妻の誘惑」
は信長アダルトゲーム三部作として一世を風靡するも1582年、家臣の明智光秀
の謀反により本能寺で没。趣味は大化の改新。
 あとホモ。

 空中で織田信長に変身した砲弾はKとのび太の脇をかすめて、窓から外へ飛
び出した。信長公の出陣を見送って武運を祈って、Kはモーフィアスとトリニ
ティに詰め寄った。
「念のために聞いてやる。お前ら、ここまで全然撮影してないよな?」
「当たり前ねー。バズーカで映画撮るバカがいたら連れてきてほしいねー」
 開き直る二人に、Kは非情な通告を突きつけた。
「お前らクビ。国に帰れ」
「誰がやっちゅうねーん!」
 モーフィアスとトリニティはターバンをほどいて床に叩き付けた。すぐに拾
って元通りに巻き直して、偉そうなKに猛抗議した。
「キアヌ、ボスじゃないね! ワタシたちをクビにする権限ないね!」
「バズーカだってボスが用意したね! クビになるのはボスとキアヌね!」
「そうなのか、ボス?」
 Kはクロマティに分かりきった質問をした。予想通りの答えが返ってきた。
「ボク、なんにも知らないよー」
「人生五十年やっちゅうねーん!」
 モーフィアスとトリニティはターバンをむしり取ってビリビリに破いた。代
わりに古新聞を頭に巻いて鏡でしっかりチェックして、クロマティとKに中指
を立てた。
「お前たちとはもうやってられませーん! ここでおサヨナラねー!」
「あー帰れ帰れ。インドにでも足立区にでもとっとと帰れ」
「ワタシたち、インドでキアヌ・リーブスを名乗ってアングラ活動するねー!
いいかー?」
「マトリックスの続編もワタシたちで撮って世界上映するねー! いいかー?」
「バイバーイ」
 Kは二人の話など全然聞かず、そっぽを向いて手をシッシと振った。荷物を
まとめたモーフィアスとトリニティは窓のふちに手をかけて、もう一度Kを振
り返った。
「キアヌ! ボス! 次に会うのはアカデミー賞の授賞式ね!」
「インドのアカデミー賞は壮観ね! 客は牛とハエだけね!」
 捨てゼリフを残して縄ばしごに飛び移った。ヘリはアメリカに帰った後で、
そこに縄ばしごはなかった。

モーフィアス
Morpheus

映画俳優兼インド人。日本の雀荘で初代キアヌ・リーブスを襲名するも、ドー
ナツの食いすぎが原因で二年後に死去。遺体はインドとハリウッドの間をとっ
て、野比家の庭に埋葬された。

トリニティ
Trinity

ターバンとヒゲの人。モーフィアス亡き後もキアヌ・リーブスとして活動を続
ける。映画にかけるあくなき情熱は子孫の代に受け継がれ、マトリックスの最
新作を次々と製作。シリーズ完結となるパート70は、ガンジス川の川辺で牛が
二時間草を食い続けるだけの環境映画だった。

「さてボス。これからどうする?」
 邪魔者も消えたところで、Kは改めてクロマティに尋ねた。映画の撮影が不
可能ならば、アメリカに帰るしか選択肢はない。
「しょーがないねー。とっておきの最終兵器ねー」
 クロマティは大きな金属の箱を取り出した。テレビカメラといって、映画が
撮影できるとっても便利な機械である。
「うへー! ボス、本物のカメラも持ってたのー!」
「ボスなんだから持ってきてるに決まってるねー! ンモー!」
「そーなー。映画を撮るのにカメラを持ってこない訳がねーよなー」
 Kとクロマティは和やかに笑って、大きな声で叫んだ。
「そういう訳で、最初から全部撮り直すぞ! 覚悟はいいか!」



「へーい」


 2005年四月十六日、アメリカでキアヌ・リーブスの最新作が公開となった。
当初はキアヌ演じるプロ雀士の名前「コンスタンティン」がタイトルであった
が、ヘビースモーカーの悪魔祓い役のアカギがあまりに好評であったため、日
本公開時にタイトルが変更された。新しいタイトルはもちろん……。