アカギ卓、東四局ニ本場。息も絶え絶えの江田島とジャイアンは、もはや牌
をツモって捨てるだけで精一杯の有り様だ。たった今戦線復帰したばかりの烈
は筋肉モリモリの元気いっぱいだが、えいやっとツモってきた手には何も持っ
ていない。そいやっとその手を叩きつけた雀卓には何も捨てられていない。ツ
モる真似と捨てる真似、このアクションを烈は延々と繰り返している。
 白林寺の拳法修行も、始めは型の練習から始まった。型を極めたら海王にな
れた。麻雀だって同じ筈だ。地道な努力を続けて、俺は麻雀界の頂点に立つ!
 ぎこちなかった烈の腕の振りが、だんだんとスムーズになってきた。フォー
ム固めに黙々と打ち込む烈の真摯な姿は、汚れた地上に降り立った女神さなが
らに美しい。
 でも勝負には全然参加していない。やっぱり実質三人の対局なんである。
「リーチ」
 七巡目、アカギにリーチがかかった。一発を警戒する江田島とジャイアンは
現物でベタオリ、烈は何も切らないので振込みようがない。アカギも一発ツモ
はならず、再び江田島にツモ番が回ってきた。
「もうワシ、田舎に帰って学校の先生でもやろうかな……」
 江田島は今にも泣き出しそうな顔でポツリとつぶやいた。鍛錬の行き届いた
逞しい胸に、巨大な水戸納豆の藁包みをしっかと抱いて、アカギが怖くてブル
ブル震えている。
「ケンカしか能のないクソガキをいっぱい集めて、ゼロ戦の着ぐるみを被って
ブオーンって戦争ごっこやったり、富士山の頂上で殺し合いとかやらせてお巡
りさんに怒られたり……。なんかワシ、雀荘の店長よりそういう仕事の方が向
いてるような気がするのう…」
 勝負を忘れて妄想の世界を駆け巡る江田島が、ツモったをロクに確認も
せずに、そのまま力なくツモ切った。
「ロン」



「リーチのみ。2,000点のニ本場は2,600点」
 静かに開かれたアカギの手牌を、江田島はしげしげと見つめている。どんよ
りと濁ったその目が、強い輝きを放ち出した。
「ふは」
 熱いギョウザを食っているのではない。江田島の口から白い歯がこぼれて、
胸元の藁包みを強烈に締め付けた。
「ふはははは! 飛びのピンチを二度までも逃れて、辿り着いた境地がその程
度か! リーチのみなど痛くもなんともないんじゃー!」
 江田島の腕力に耐え切れず、藁包みが盛大に爆ぜた。大粒の納豆をまともに
浴びてベトベトになった羽織と襦袢をガバチョと脱ぎ捨て、江田島の筋骨隆々
の上半身がむき出しになった。
「アカギなんぞにビクつきおって、この江田島の臆病者! えい! えい!」
 ピンクの乳首を指先で弾いて、江田島は自らに戒めを与えた。活力を取り戻
した江田島の全身を強者のオーラが包み込み、周りの景色を妖しくけぶらせた。
江田島店長、待ってましたの大復活!

江田島 32,100点
31,000点
ジャイアン 27,300点
アカギ 9,600点


 ドラえもん卓、南一局。親ののび太が下家のしずかのスカートをやにわに捲
り上げた。
「ややや! しずかちゃん、今日のおパンツは愛川欽也のワンポイント付きで
ございますか!」
「いやーん! のび太さんのエッチー!」
 しずかは恥じらいながらも艶かしい微笑を浮かべて、のび太の右耳をジャッ
クナイフで削ぎ落とした。ほとばしる鮮血には委細構わず、のび太は床に落ち
た右耳を拾い上げてドラえもんの前でヒラヒラさせた。
「おー痛てー。ドラえもん、タイムふろしきで治してくれ」
「知らねーよバカ。麻雀以外でのトラブルで俺に面倒かけるなよ」
 ドラえもんはにべもない。突き放されたのび太も別段ショックを受けた風で
もなく、耳をゴミ箱に捨てて第一打を河に切り飛ばした。
「んだよ、ドラえもんのケチ。まあいいや、次はしずかちゃんのツモ番だろ。
さっさとツモれよこのメスブタ! がー!」
「いやーん! のび太さんのいじわるー!」
 しずかのジャックナイフがきらめいて、のび太の左耳も地の泥をなめた。両
耳を失ったのび太だが、恐怖や動揺はかけらも見られない。勇気と度胸と鉄石
の心でカイザーロードを突き進むのみである。生ゴミ同然の左耳をゴミ箱送り
にして、何事もなかったかのようにツモを重ねていく。
「リーチ!」
 五巡目、のび太がリーチを宣言した。捨て牌を横に曲げてリーチ棒を卓上に
放り投げたところで、スネ夫がのび太に衝撃の事実を打ち明けた。
「おいのび太、これ麻雀牌じゃなくてカントリーマアムじゃないか?」
「うん! 甘くてしっとりしてて、僕の大好物なのさ!」
「んで、こっちのはリーチ棒じゃなくてセロリの野菜スティックだな?」
「その通りだよ! 現代人はビタミンが不足しがちなんだから、青物もキチン
ととらないとね!」
 パーン! ババーン!
 44マグナムの二連発が、のび太の鼻の穴に収まった。
「あーれー!」
 巨大な鼻くそと化した鉛の弾はのび太のドタマを貫通し、後頭部に開いた二
つの穴から真っ赤な鼻水を噴き出して、のび太は死んだ。麻雀でのミスなので、
ドラえもんはタイムふろしきをかけてやった。のび太は生き返った。耳も元通
りになった。
「いえー! 復活!」
 のび太、奇跡の大蘇生!


「リーチじゃクソが!」
 アカギ卓、東四局三本場。豪腕を取り戻した江田島が、先制のリーチをかけ
た。ジャイアンとアカギが現物を切り、続く烈は華麗なフォームで今度はキチ
ンと牌をツモった。恰好だけは一人前になったようだ。流れるような手さばき
で切ったを、ジャイアンが鳴いた。
「ポン……。オレ様のジャイアンノートが……」

 ←チー ←ポン

 ジャイアンにとって、ジャイアンノートを失った哀しみは計り知れない。誰
の助けも借りずに麻雀を打つという未曾有の体験に狼狽を隠しきれず、とにか
く鳴ける牌は何でもかんでも鳴きまくるジャイアンであった。
 アカギ、打
「ポン……。ジャイアンノートは……ペペロンチーノで……」

 ←チー ←ポン ←ポン

 ジャイアン、をポン。烈、打
「ポン……。戦争……飢餓……バイアグラ……」

 ←チー ←ポン ←ポン
←ポン

ジャイアン、をポン。これで役はなくなった。リーチ以後、江田島はただ
の一度もツモることができない。
「いい加減にせんかー! 貴様はそれでどうやってアガるつもりじゃー!」
 抜け殻のジャイアンの襟首をつかまえて激しく揺さぶるが、所詮は抜け殻な
のでいくら振っても何も出てこない。次巡、ようやく江田島にツモ番が回って
きた。しこたま食い荒らされた後のツモは、見るも無惨なクソツモだった。
「こんなもんでアガれるかー!」
 江田島、ノドチンコを震わせて打
「ロン」



「チートイツのみ。2,400点の三本場は3,300点」
「ぐぐっ!」
 またもアカギに振り込んで、江田島の眉毛が怒りでピンと逆立った。江田島
は乱暴に手牌を崩して、ブルドーザーのように穴に放り込んだ。次は四本場だ。

31,000点
江田島 28,800点
ジャイアン 27,300点
アカギ 12,900点


 ドラえもん卓、南二局。しずかの親など何ぼのもんじゃいとばかりに、のび
太は初っ端から飛ばしに飛ばした。
「ポン!」

 ←ポン

 のび太、上家のスネ夫が切ったをポン。
「チー!」

 ←ポン ←チー

 のび太、下家のしずかが切ったをチー。
「カン!」

 ←ポン ←チー
←カン

 のび太、対面のドラえもんが切ったをカン。
「わはははは! どーだ僕の速攻は! 恐れ入ったか!」
「恐れ入ったつーかさー」
 面白げに成り行きを見守っていたドラえもんがのび太に話しかけた。
「ポンは同色じゃないと出来ないし、チーは上家からしか鳴けないし、カンに
至っては訳が分かんないよ。のび太くん、その辺はどーなのよ」
「ドラえもんはすーぐムキになるんだから。これぐらいのイタズラ、笑って見
逃せないと大物にはなれないぞ!」
「ふーん。ということは、全部分かってやってたんだ」
「もっちろん!」
 ドピュン! ドピュン! ドピュン!
 一発ずつ撃つのも面倒くさいとばかりに、44マグナムは三発のお仕置き弾を
お見舞いした。
「わほー!」
 正三角形にくり抜かれたのび太の胸板の向こうに、ノースウエストのヤニで
汚れた壁が見える。のび太は逝った。タイムふろしきをかけるとのび太は戻っ
てきた。
「さあ、次行ってみよう!」
 のび太、怒涛の再降臨!


 アカギ卓、東四局四本場。振り込みを続ける江田島の配牌はしかし、いささ
かも衰えを見せることはない。



「まだまだー!」
 ツモ、ツモ、ツモ。わずか六巡で高目ハネマンテンパイに漕ぎつ
けた。この江田島の快進撃に待ったをかけたのは、やはりアカギだった。
「リーチ」
「ふん!」
 アカギ様のリーチを、江田島は鼻で笑い飛ばした。ツモ番が回ってくるや否
や、岩のような拳を山に伸ばしてツモ牌を勢いよく引っ張り込んだ。
 江田島、ツモ。またしてもだ。しかし今回はちと事情が違う。江田島
は上家の烈の手牌にチラと目をやった。

 ←ポン

 烈がをポンしている。場にはが四枚、が四枚切れている。シャボ
待ちもタンキ待ちもリャンメン待ちもない、国士もない。が当たり牌であ
る可能性はゼロだ。こんななど、考えるまでもなく即切りだ。
「当たれるもんなら当たってみい! チェストー!」
「ロン」



「リーチ一発三色。12,000点の四本場は13,200点」
「チェストー!」
 江田島は卓の縁に両手を引っ掛けてひっくり返した。そして素早く手牌を持
ち上げて難を逃れたアカギの額に額を押し付けた。
「この拳法バカがをポンしておるだろーが! どうして貴様の手の中に
があるんじゃい! ふざけた真似をしとると、ハゲ侮辱罪で訴えるぞ!」
 法の力を盾にしてわめき散らす江田島の肩を、烈がつんつんと突っついた。
「何じゃい! 今は貴様なんぞに構っている……」
 烈の手の平に、三枚のが乗っかっていた。烈がポンした牌だった。烈は
そのうちの一枚に爪をかけてのマークをペロリとはがし、江田島のピンク
の乳首の片方に貼り付けた。マークをはがした後のは、表面ツルツルの
だった。江田島は落ち着き払った調子で烈に言った。
「烈くん。君の持っていたはニップレスだったのかね」
 烈はを床に置いてコクリと頷いた。
「そうか。ところでワシの片乳首は未だ健在なんであるが、こっちはどうする
つもりなのかね」
 烈は肩をすくめて首を横に振った。そんなもんテメーで何とかしろっつーの!
死ねよハゲ!
「チェストー!」
「ぶひー!」
 江田島の剛拳を顔面に受けて、烈は極楽浄土へ旅立った。
「うがー!」
 江田島はニップレスを邪険にはがして、13,200点をアカギにぶん投げた。雀
卓を起こして牌をかき集めて、長い東四局はまだまだ続く。

31,000点
ジャイアン 27,300点
アカギ 26,100点
江田島 15,600点


 ドラえもん卓、南三局。親はドラえもん。
「ロン!」
 アガリを告げるのび太の鋭い一声が、日曜日の夜のしじまを引き裂いた。

 ←ロン

「どーだ! これだけを揃えればさすがに役満決定だろう! 参ったか!」
 ズラリと並んだ十四枚のを見せられて、ドラえもん達はしばし声もない。
ややあって、振り込んだドラえもんがのび太に訊いた。
「のび太くんは、そんなにが好きなのかな」
「うん! 三度のスカトロよりもが大好きさ!」
 のび太は一点の曇りもない澄んだ瞳でドラえもんをまっすぐに見つめて、元
気よく返事をした。
「そうだね。シンプルかつ大胆なデザインだからね。僕もが大好きだよ。
ところで、それだけのを集めるのは大変だったでしょ。一体どこで拾って
きたのかな?」
「テメーなんかにゃ教えてやんねーよ! バーカ!」
 のび太は両手をバッテンに組んで、鼻の穴を大きく膨らませてアカンベーを
した。
「それは残念だなあ。のび太くん、いつものいくよー」
 ドプシ! ドプシ! ドプシ! ドプシ! ドプシ! ドプシ! ドプシ!
 ドプシ! ドプシ! ドプシ! ドプシ! ドプシ! ドプシ! ドプシ!
 自動装填のシリンダーが物凄い勢いで回転して、44マグナムの十四発の弾丸
がのび太の全身を蜂の巣にした。
「うおっしゃー!」
 恐怖と苦痛の悲鳴は、いつしか力強い雄叫びへと変わっていた。ボロ切れの
ようになったのび太の死体を、ドラえもんはタイムふろしきで力いっぱいひっ
ぱたいた。のび太のケガは完璧に癒えた。腐れ切ったこの世の中に、僕らのの
び太が帰ってきた。
「次はいよいよオーラスだね! みんな俺についてこい!」
 のび太、不死鳥のように社会復帰!


 アカギ卓、東四局五本場。江田島はツモを握った右手を、顔の前でゆっくり
と開いた。
 江田島、ツモ。リーチのかかったアカギの捨て牌を、江田島は血走った
眼で睨んでいる。




 江田島はわななく右手を静かに下ろして、自分の手牌を見た。

 ←ツモ

「ワシは……」
 下ろした右手に捨て牌をつかんで、江田島は再びその手を虚空に掲げた。裂
帛の気合いが全身に漲り、熱い吐息が嵐となって室内に吹き荒れた。
「ワシは雀荘ノースウエスト店長、江田島平八であーる!」
 江田島、打。ベタ降りだ!


 ドラえもん卓、南四局。親はそこいらの誰か。
「リーチ!」
 第一打のを、のび太は颯爽と横に曲げた。ダブルリーチだ。
「のび太くん、絶好調だねえ」
「当ったり前さ! ボクの勢いは、もはや誰にも止める事はできないのさ!」
 皮肉とも本音ともつかぬドラえもんの言葉を、のび太は真っ正直に受け止め
た。信じる気持ちが人を何倍も強くする。のび太はもう迷わない。どんな困難
が待ち受けていようとも、のび太はきっと歩き続けるだろう。前へ、ひたすら
前へ!


「ロン」
 アカギの言葉が、意味を持たぬノイズとして江田島の耳にかすかに届いた。



「リーチ一発トイトイ三暗刻。ドラが、裏ドラが。36,000点の五本場
は37,500点」
「ノースウエスト、バンザーイ!」
 口から泡を吹き出して、江田島は椅子ごと卒倒した。江田島の飛びで、半荘
は東場で終焉を迎えた。アカギ、見事な逆転勝利であった。

アカギ 63,600点
31,000点
ジャイアン 27,300点
江田島 -21,900点


「ロン!」
 スネ夫の指が捨て牌から離れるのももどかしく、のび太は手牌を倒した。

 ←ロン

「ノーテンダブルリーチのみ! 子のチョンボは-2,000点と-4,000点!」
 ドデーン!
 44マグナムは、巨大なバズーカに取り替えられていた。江田島の後頭部には
思わぬ不覚をとったバズーカだが、のび太の五体は完膚なきまでに砕け散った。
しかしタイムふろしきで復活した。
「半荘終了! お疲れ様でした!」
「お疲れ様でしたー」
 のび太は元気よく締めの挨拶をした。激動の半荘は終わった。


 こちらも対局を終えたアカギが、のび太の元にやって来た。アカギを迎えて
のび太は椅子から立ち上がった。アカギはポーカーフェイスにわずかな笑みを
たたえて言った。
「待たせたな」
「アカギさんはやっぱり強いね。だけど僕だって負けないぞ。さあ、僕らの勝
負の決着を、今こそつけようじゃないか!」
 のび太の熱き魂とアカギのクールな闘志が対峙する。アカギの隣には、極楽
浄土から自力で戻ってきた烈が立っている。三者の視線がぶつかり合って、薄
暗がりの雀荘に激しい火花を燃え上がらせた。
 のび太の最後の闘いが、今始まる。ノースウエストに打ち付ける大一番の波
飛沫は、日本中に散らばるのび太の仲間たちの下にも届いていた。


続く
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