【ドラえもんの麻雀劇場 第三話】

「ドラえもーん! アラブの大統領になりたいよー!」
「はい、アラブの大統領ー!」
 ドラえもんはアラブの大統領本人を出してやった。
「この人がアラブの現大統領だから、直接頼んでごらん。意外と簡単にオーケ
ーしてくれるかもしんないよ」
「ども、私がアラブの大統領です」
「おいオッサン、僕をアラブの大統領にしろ!」
「わかりました。今日からあなたがアラブの大統領です」
 のび太はアラブの大統領になった。翌日、のび太は授業中に居眠りをして先
生に怒られた。
「野比! 廊下に立ってなさい!」
 日本の小学校の廊下に、アラブの大統領、立つ!

【完】


 東三局、親はドラえもん。深夜の雀荘で小学生が麻雀に興じるという悪夢の
ような空間に、ドラミがやって来た。江田島への怒りで、頭の上のリボンには
ミミズまがいの太い血管が何本ものたくっている。ドラミはドタ足を鳴らして
ドラえもんに歩み寄り、ドラえもんの真っ赤なお鼻をペンチでつまんだ。
「お兄ちゃんお兄ちゃん」
「ほが?」
「あのハゲぶっ殺しちゃってよ」
 ドラミの両眼は、アカギ卓の江田島をピタリと睨み据えている。
「烈のオッサンをけしかけて色々やってみたんだけど、全然役に立ちゃしない
のよあのオサゲ。お兄ちゃん、この辺一帯立ち入り禁止区域になっても構わな
いから、ハゲのドタマに一発臭いのをお見舞いしてちょうだい」
 ドラミのプリティフェイスが怨みで醜く歪み、ペンチを握る手に一層の力が
こもった。
「鼻が痛いよドラミ。そんなに頭にくるんだったら、自分で何とかすればいい
じゃないか。臭い秘密道具だったら一杯もってるだろ?」
「レディがそんなはしたないもん持ってる訳ないでしょ! かわいい妹の頼み
も聞けないなんて、あんたそれでも男? このロクデナシ! マダムキラー!」
 こんなにヒドイことを言われても、ドラえもんは平気な顔をしている。鼻を
つままれた状態で五巡目のを切った。
「うーん。でもなー」
「あたしはね、汚い仕事は全部他人に任せる女なのよ! 大体お兄ちゃんだっ
て、あのハゲにはずいぶんとひどい目にあわされてるじゃない!」
 ドラえもんの脳裏に、江田島に受けた数々の仕打ちが甦った。ドラえもんの
顔にみるみる怒りの影が射し、頭に木の根っこのような極太の血管が幾筋も浮
かび上がった。
「そうだよな。俺たちだって基本的にはハゲだけど、あのハゲを許すわけには
いかないよな。ドラミの言う通りだ」
 江田島への怒りを思い出したついでに、兄貴の鼻をペンチで締め上げるドラ
ミに無性に腹が立ってきた。ドラえもんは八巡目のを切りながら、ポケッ
トから糸のこぎりを取り出してドラミの鼻の付け根をシャコシャコ削り始めた。
「でしょでしょ。ハゲをぶっ殺して、二人で幸せになりましょうよ。でもあた
しはハゲじゃないからね。リボンがついてるでしょ」
「うん。たった二人の兄妹なんだから仲良くしようね。ところでリボンはあく
までもリボンだろ。これのどこが髪の毛なんだよ」
「お兄ちゃん、頼りにしてるわよ。どっからどう見ても髪の毛でしょ。ちゃん
と血管も通ってるし、切れば血だって出るんだから」
 二人の笑顔が引きつっていく。ペンチの圧力とのこぎりの往復速度は、すで
に超人の域に達していた。
「髪の毛から血なんて出る訳ねーだろ。そういうアホな勘違いが、ハゲの何よ
りの証拠なんだよ!」
「勘違いのタネすら存在しないパーフェクトなハゲに言われたくないわよ。悔
しかったらタンポポの綿毛でもいいから頭に生やしてみなさいよ!」
「むがー!」
「ぬおー!」
 カランと乾いた音を立てて、ドラえもんとドラミの鼻が同時に床に転がった。
二人ですぐに拾い上げて、五寸釘で顔に打ち付けて完璧に治して、二人はがっ

しりと握手を交わした。
「さて仲直りをしたところで、江田島に正義の鉄槌を下しちゃおうぜ。このバ
ズーカ砲を使えば最凶死刑囚だってイチコロさ」
「サイキョウ死刑囚ってなによ。のび太さんも同じ事言ってたわね。まあいい
か、あたしが自分で撃つから貸してちょうだい」
 自分の手は汚さない筈のドラミが、ドラえもんからバズーカを引ったくって
肩に乗せ、クルリと振り返って銃口を江田島の背中に向けた。振り返った拍子
にバズーカの砲尾がのび太の後頭部を直撃した。
「ぐげっ」
 のび太はカエルが潰れたような声を出して前につんのめった。つんのめった
弾みで、44マグナムを口ですっぽりとくわえ込んだ。
「標的、前方のハゲジジイ! 照準よーし! 右よーし! 左よーし!」
 ドラミの指がバズーカのトリガーにかかった。江田島店長、万事休す!
「ファイア!」
 炎と白煙のコントラストを切り裂いて、漆黒の砲弾が唸りを上げて江田島の
後頭部に襲い掛かった。
 カコーン!
 江田島のスキンヘッドは最凶死刑囚よりも硬かった。厚さ30センチの鉄板を
もぶち抜く未来の砲弾は、江田島の後頭部にものの見事に弾き返され、ドラミ
の頭上の天井を突き破って夜空の彼方に飛んでいった。ドラミはあまりの事態
に口の端をひくつかせた。
「んな、ムチャクチャな……」
 ギシッという音がして、江田島の椅子がゆっくりと回った。江田島の耳から
はわずかに煙が立ち昇っている。江田島はのそりと立ち上がってドラミを見て、
なぜかニタリと笑いかけ、次の瞬間、
「なーにをするんじゃー!」
 耳の煙が爆発的に噴き上がった。怒りの蒸気をたなびかせて、江田島の巨体
がドラミ目がけて突進した。
「よっこらせっと」
 同じ相手に二度もやられるドラミではない。素早く体勢を立て直し、江田島
のハイパータックルを間一髪で回避した。代わりにのび太がタックルの直撃を
受けて、衝撃でのび太のツモ山が崩れた。のび太は44マグナムを咥えたままだ。
「あ。のび太くん、ツモ山を崩した」
「もが?」
 ダムーン!
 ドラえもんの声が届いたかどうか。のび太は44マグナムの凶弾を口で受け止
めて、顔の上半分が跡形もなく吹き飛んだ。飛び散った脳漿を頭から浴びた江
田島だが、おしぼりでひとぬぐいしただけでキレイさっぱりふき取れた。こう
いう時にハゲは便利だ。
「フン! みみっちい脳みそじゃのう! 犬のクソかと思ったわい!」
 ドラミに攻撃をかわされたことなど意にも介さず、江田島は満足そうに自分
の席に戻っていった。
 椅子にもたれかかったままののび太の死体を、ドラミが物珍しそうに右手で
ツンツン突っついている。
「のび太さん死んじゃったのねー、ああ可哀想に。そろそろハゲいじりも飽き
たから、今度はセワシさんのカレー作りの邪魔でもしよっと。バイバーイ」
 ドラミはどす黒い液体の入った薬瓶をぶら下げて、奥の厨房へ姿を消した。


 のび太の頭がザクロになったのと全く同時にドラえもんが切った十二巡目の
は、しずかの当たり牌だった。ピンフのみ、1,000点ポッキリ。懲罰対象が
同時に発生した場合はよりのび太チックな方を優先して残りは不問に付すとい
う嬉し恥ずかしの裏ルールのおかげで、ドラえもんに銃口が向けられることは
なかった。
「のび太くん、東四局が始まるよ。いつまで死んでるつもりだい?」
 ドラえもんは背もたれにかけてあったタイムふろしきを、一人で生き返るこ
ともできない無能なのび太におっ被せた。のび太は蘇った。のび太は鼻歌まじ
りにふろしきを剥ぎ取って、キレイに折りたたんでドラえもんに返した。
「あーよく死んだ。これで三回目だっけ? ピストルの弾にも慣れちゃったよ。
撃つんですかそうですか、急所を外さないように頑張って下さいねって感じ。
僕なんだか、少しだけ大人になれたような気がするよ」
「そうか、それはよかったねえ。次いってみようか」
 東四局、親はスネ夫。のび太の配牌に勝負手が入った。



「うひょー! 俺の時代がやってきたー!」
 二巡目にツモ、四巡目にツモ。大三元に向けて邁進するのび太である
が、足元に烈海王がやって来た。烈は麻雀牌を床に並べていたが途中で牌が足
りなくなったので、のび太の手牌から少し借りた。そしてめでたく全部並べ終
えて、意気揚々と自分の卓に戻っていった。


 六巡目、のび太のツモ。何だか手牌が短くなったような気がする。
「あれ? のび太くん、何だか手牌が短くなったんじゃない?」
「え? どれどれ」
 ドラえもんに言われて、のび太は手牌を改めて確認した。

 ←ツモ

「わーお! 全然牌が足りませーん!」
「のび太くん、少牌だね。ということは……」
「ということは! すっかりお馴染みの44マグナムが!」
 ドギャーン!
 すっかりお馴染みの44マグナムが、のび太の股間に牙を剥いた。
「ひえー!」
 のび太は死んだ。血の小便が飛沫をあげて、息絶えたのび太の体を朱に染め
上げた。そしてドラえもんがタイムふろしきをかけたら生き返った。ふろしき
を高々と放り上げて真正面を見据えたのび太の眼には、これまでにない自信と
力強さがみなぎっていた。
「ドラえもん、僕わかっちゃった! 人間って基本的には何をしても死なない
ようにできてるんだね! もう44マグナムだってジャイアンだって最凶死刑囚
だって、怖くもなんともなくなっちゃったよ!」
「偉い! 僕がのび太くんに教えたかったのは、そのクソ度胸だったんだよ!」
 危機回避能力なんか、なくても全然構わない。ミスを恐れぬ勇気を身につけ
たのび太に、もはや怖れるものは何一つない。
 スネ夫の親もいつの間にか流れて、いよいよ南場に突入した。本当の勝負は
これからだ!


続く
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