さんざん迷走を繰り返しつつも、アカギたちはちゃんと麻雀を打っている。
しかしドラえもん軍団だって負けてはいない。アカギ卓の半荘開始とほぼ時を
同じくして、ドラえもんは声高らかに宣言した。
「ドラえもんの愛の麻雀教室、はっじまっるよー!」
「いえーい! まっあじゃん! まっあじゃん!」
 のび太は不恰好なガッツポーズを作って、発狂寸前のハイテンションでノリ
まくった。
「麻雀だ! 麻雀だ! 僕のママはセックス中にもザマスザマス叫ぶんだぜ!」
「麻雀よ! 麻雀よ! 今朝中央線にとびこんだ中年、あれあたしのパパー!」
 スネ夫としずかも、麻雀を打てる喜びに全身を打ち震わせている。
「のび太くん、麻雀を打てるのがそんなに嬉しいかい?」
「あったり前だろ! 麻雀がなかったら、僕なんか何の価値もないただのゴミ
クズなんだからさ!」
「それは頼もしいなあ。ところで君が手に持っているのは一体何かな?」
「はーい! 象をも倒す最強ピストル、44マグナムでーっす!」
 のび太の顔から笑みが消え、ガクリと首をうなだれた。
「麻雀を打つのに、どうして鉄砲なんかが必要なのかな?」
「だから言っただろ。のび太くんの危機回避能力を鍛えるための特訓だって。
弾が当たったところで頭がザクロになるだけで、死にはしないから大丈夫だよ」
「死ぬに決まってんじゃねーか! 小学生をバカにすんな!」
 しょげたと思ったら今度は怒り出した。思春期の少年の扱いは本当に難しい。
「のび太くんは、ザクロが嫌いなのかな?」
「あんな種だらけの酸っぱい果物はこの世から消えてなくなっちまえ! どう
して僕だけこんなタイトロープな麻雀を打たなきゃいけないんだよ!」
「それは心外だなあ。僕らだってちゃーんと武器を持ってるじゃないか」
 しずかは水鉄砲、スネ夫は指鉄砲、ドラえもんは麩菓子を持っていた。
「わーお! 最近のおもちゃやお菓子には殺傷能力があるんですか! お前ら
揃いも揃っていい加減にしろ! しずかちゃんはピューでスネ夫はペチン、ド
ラえもんはサクッで俺だけボガーンなんて納得できっこアリマセーン!」
 のび太の怒りは収まらない。のび太の分際でのび太の人権を主張するのび太
の言い分を黙って聞いていたドラえもんだが、ポケットから電気スタンドのよ
うなものを取り出して雀卓に置いた。
「しょうがないなあのび太くんは。みんなが平等に撃たれればいいんだよね?」
 スタンドの台座から伸びた柄の先には、電球と傘の代わりに手の平型のオブ
ジェがついている。ドラえもんはのび太から44マグナムを取り上げて、ハンマー
を起こしてオブジェに握らせた。
「このスタンドにはセンサーがついていて、麻雀で致命的なミスを犯した人間
を撃つ仕組みになっているんだ。これなら全員平等に危険にさらされることに
なるだろ?」
「それなら妥協してやろう」
「じゃあシリンダー全部に弾こめておくからね」
「ちょっと待て! それじゃロシアンルーレットでも何でもなくなるだろ!」
「そんなこと言ったらしずかちゃんの水鉄砲はどうなっちゃうのさ。引き鉄を
引いたら発砲率100%だぜ」
「そうよのび太さん、あたしはいつだって命を賭けて麻雀やってんだから。あ
んまりなめたこと言わないでちょうだいね」
 しずかはそう言って、のび太の顔に水鉄砲をピュッピュと引っ掛けた。なる
ほどトリガーを引いた分だけ確実に水を飛ばしてくれる。ロシアンルーレット
など及びもつかないくらいに危険度は高い。
「いいかのび太、強くなりたかったら、お前も一度くらいは地獄を見ておけ。
俺たちだってこうやって数え切れないくらい死地を潜り抜けてきたんだからな」
 スネ夫が指鉄砲をのび太のこめかみに当ててグリグリねじ回した。伸びた爪
が皮膚に食い込んで思った以上に痛い。ずっとやられていると、ひょっとした
ら本当に死ぬかもしれない。
「のび太くんは不公平だって言ったけど、みんなリスクを背負っているんだよ。
分かったらちゃんと反省するように」
 ドラえもんは麩菓子でのび太の後頭部をぶん殴った。これはちっとも痛くな
い。痛くはないが、後頭部にこびりついた糖分に軍隊アリが群がってくる可能
性もないことはない。アリの群れに食い尽くされて白骨と化した自分を想像し
て、のび太の体に戦慄が走った。
「そうか、危ないのは僕ばっかりじゃなかったんだね。ごめんなさい!」
 のび太は雀卓に額をこすりつけてドラえもんに詫びた。
「分かってくれればいいんだよ。さあ、僕たちの半荘のスタートだ!」
「うん! 僕が起家だね!」
 闘いは始まった。東一局、親ののび太の第一打、