ボガーン!
 44マグナムが轟然と火を噴いた。弾丸は寸分過たずのび太の眉間を貫いて、
のび太は断末魔を残すこともなく血の弧を描いて椅子ごとひっくり返った。即
死であった。そこへセワシが戻ってきた。
「わー! のび太ー!」
 セワシはのび太の死体と対面して、驚愕の叫びをあげた。のび太が死んだら
自分も生まれてこない。よって今ここにいる自分もこの世から消えてしまう。
混乱の極に達したセワシに、ドラえもんは一枚の紙切れを投げてよこした。
「セワシくん、落ち着いて! そこに書いてあるものを全部買ってきて!」
 セワシは紙切れに目を通した。ジャガイモ二十個、タマネギ五個、ニンジン
五本、豚バラ肉2,500グラム、カレールー五箱と書いてある。
「これ全部買ってきたら、のび太は生き返るのか? 俺は消えずにすむのか?」
「何でもいいから買ってこい! 急げ!」
 考えている場合ではない。セワシは首の骨が折れるほど大きく頷いて、今入
ってきたばかりの雀荘を飛び出して倒けつ転びつどこかへ走って行った。
「この雀荘、カレーの材料とか絶対用意してないもんね」
「これで夜食の問題も解決だな。ドラえもん、早いとこ麻雀を再開しようぜ」
「あいよー」
 ドラえもんはポケットからタイムふろしきを取り出して、死後硬直の始まっ
たのび太の死体に覆い被せた。のび太は生き返ったが、蒼白の顔面には恐怖の
相がこびりついている。
「あービックリした! 死ぬかと思ったじゃねーか!」
「実際死んだんだってば」
「余計なお世話だバカヤロ! 冷静な突っ込みなんかいらねーから、どうして
撃たれたのか説明しやがれ! まさか、最初から字牌を捨てたらいけませーん
とかクソみたいな屁理屈をぬかすんじゃねーだろーな!」
「違う違う。のび太くんは一言の挨拶もなしに牌を切っただろ? あれがマズ
かったんだよ。対局前にはお願いします、対局後にはお疲れ様でした。これが
マナーってもんじゃないのかい?」
「う……」
 思わず納得しかけたのび太であったが、ドラえもんたちだって挨拶してなかっ
た気がする。ひょっとしたら他の三人も撃たれたけど、見事な体さばきで弾を
よけちゃったとか……。
「それじゃあもう一回最初からやり直すよ。お願いしまーす!」
「お願いしまーす」
 仕切り直しの東一局。のび太はおそるおそるを切ったが弾丸は飛んでこ
なかった。
「いえーい! セーフ!」
 その後は何事もなく場が進み、八巡目。のび太の上家のスネ夫がを切っ
てリーチをかけた。




 ここで振り込んだら44マグナムの餌食になる。先ほどの死の感触を思い出し
てある種のエクスタシーを感じつつ、のび太は運命の牌をツモった。

 ←ツモ

 は現物だが、三色が確定していない今の状態ではどれも切りたく
ない。と言うより、のび太の目には四枚そろったしか見えていない。
「カン!」
 のび太、迷わずをアンカン。新ドラ表示牌はが新ドラになった。
「うひょー、ドラ四! おめでとう僕!」
 ズバーン!
 44マグナムがのび太目がけて祝砲を撃った。のび太の腹に大穴が開き、赤く
て大きな血の花が雀卓いっぱいに咲きほこった。
「ほげっ」
 のび太は椅子から崩れ落ちた。わずかに持ち上げた手が小刻みに痙攣し、パ
タリと床に落ちてそれっきり動かなくなった。そこにセワシが帰ってきた。
「わー! まだ死んでるー!」
 のび太の死体を見て金切り声をあげ、近所の24時間スーパーの袋を両手から
落としてドラえもんに詰め寄った。
「カレーの材料を買ってきたらのび太は生き返るんじゃなかったのかよ!」
「諦めるのはまだ早いよ。セワシくんが心をこめてカレーを作れば、きっとの
び太くんは甦る筈さ。さあ、ぼけーとしてないで奥の厨房へダッシュだ!」
「うおー! 作るぞー!」
 セワシはスーパーの袋を両手に抱えて厨房に駆け込んだ。すぐにマシンガン
のような勢いで野菜を切り刻む音が聞こえてきた。
「セワシさん、あれはカレーの材料だってちゃんと分かってたわね。自分がパ
シリに使われただけってことには気づいてないのかしら」
「セワシってのび太の子孫なんだよな。ってことはただのバカなんだろ」
「その通り。料理の腕は確かだから、バカには一生カレーを作っててもらうこ
とにしようね」
 ドラえもんはのび太にタイムふろしきをかけた。のび太は生き返った。一度
目の復活に比べて、若干の余裕が感じられる。
「あービックリした。生き返るって分かってても、やっぱり死ぬのはあんまり
いい気分じゃないね」
「のび太くん、今のはどうして撃たれたか分かる?」
「さっぱりわがんね。カンの前にカンしますデヘヘって言わなかったから?」
「全然違うよ。他者のリーチ後のカンというのは、実はあんまり褒められた行
為ではないんだ。危険牌回避のためのアンカンとか、自分もテンパイ間近での
カンだったらまだしも、これ字牌だろ? しかものび太くん、現物を持ってる
上にリャンシャンテンだろ? 素直に現物を切るか、を落とすのが普通な
んだよ」
「ふーん」
「カンすることで、新ドラと新裏ドラで都合二種類もドラが増えちゃう訳だか
ら、リーチ者が一番得をすることになる。ツモられでもしたら、他の三人がカ
ンの巻き添えを食らっちまうことになるかもしれないんだから。分かった?」
「どーでもいいよそんなこと。次はしずかちゃんの番だろ? さっさとツモれ」
 のび太はドラえもんの講釈を華麗に聞き流した。しずかのツモから東一局の
再開である。
 結局、三巡後にスネ夫がアガリ牌をツモってのび太の親は流れた。リーチツ
モピンフ、子は700点、親は1,300点の支払い。ドラは乗らなかった。
「結局ドラなんて一つも乗ってねーじゃねーか。ドラえもんの大ふらふき! 
マダムキラー!」
 結果論を都合よく解釈して果てしなく増長するのび太であるが、誰一人とし
て相手をしてやる者はいない。
 東二局四巡目、ドラえもんがリーチをかけた。
「はい、リーチと」

←リーチ

「あーもー、考えるのも面倒くせー」
 直後のスネ夫が投げやりに放ったが、ドラえもんの当たり牌だった。



「ロン。リーチ一発だけ、2,600点」
 スネ夫がドラえもんに2,600点払って、東二局終了。次は東三局だ。
「待てコラ! 一発で振り込んだスネ夫が撃たれないのはおかしいだろ!」
 のび太は判定に不服を唱えて、ガタガタと因縁をつけ始めた。ドラえもんは
あわてず騒がず、愚かなのび太に事情を説明してやった。
「のび太くんはバカだなあ。今の振込みがスネ夫くんの不注意だとでも思って
いるのかな? しずかちゃん、手を開いてみて」



「げ」
「国士無双十三面待ち。いくらのび太くんでも、この手の恐ろしさは理解でき
るよね。しかも、しずかちゃんの次のツモがほら」
 ドラえもんは山からしずかのツモを取って表にした。だった。
「スネ夫くんが僕のリーチに差し込まなかったら、今頃しずかちゃんの国士無
双が炸裂していたんだよ。十三面待ちはダブル役満のルールで打っているから、
親のしずかちゃんに僕ら三人が32,000点ずつ払わなくちゃいけないところだっ
たのさ。危険を事前に察知した、スネ夫くんの大ファインプレーを褒めなくちゃ
いけない場面なのに、それをのび太くんときたら……」
「考えるのも面倒くせーとか言ってなかったか?」
「違う違う全然違う! はやくスネ夫くんにあやまんなさい!」
「ごめんねスネ夫、早く鉛の弾を食らって死んでくれ」
 のび太はしぶしぶスネ夫に謝った。
「わかりゃいいんだよわかりゃ。まったくのび太の馬鹿にも困ったもんだよな」
「あたしが国士無双をアガれなかったのも、多分のび太さんの馬鹿のせいよね。
96,000点は貸しにしておくからここにサインしてちょうだい」
 しずかの差し出した借用書にサインをして、これで全ては丸く収まった。心
機一転、東三局を始めよう。


続く
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