「リーチじゃボケー!」



 東二局、ドラは。みんな大好き江田島店長が先制のリーチをかけた。萬
子のズラリと並んだ捨て牌に、百戦錬磨のジャイアンはドラがらみの
ジの臭いを逆に嗅ぎ取った。
「ハゲで中年で客を迫害する雀荘の店長は、迷彩好きに決まってんだよ!」
 ジャイアン、打。江田島は案の定ピクリとも反応しない。続くアカギも
ノータイムで打。そして烈もを切った。
 烈の顔面はボコボコだった。三つ編みがなければ誰なのかも分からない程に
変形した烈の顔だが、整形に失敗したのでも性病をうつされたのでもない。こ
れには深い訳がある。


 東一局、打倒アカギに燃える起家の烈に、早くも大きな壁が立ちはだかった。
麻雀のルールがイマイチよく分からないのだ。ツモって捨ててを繰り返してメ
ンツが揃ったらあがりというのはかろうじて理解しているが、ツモとリーチ以
外に役を知らないしポンやチーは鳴いた後どうすればいいのか分からないし、
スジに至っては覚える気がない。とりあえず分かる事をやるしかないので、烈
は牌をツモってそのまま捨てた。烈の第一打、
「ポンじゃー!」
 下家の江田島がをパンチして雀卓に穴を開けた。烈は穴をじっと見て、
を壁につけた。
「だからポンだと言っとるじゃろうがー!」
 江田島はをパンチして壁を吹き飛ばした。江田島は鳴きたい牌をパンチで
叩く男だった。別に習性とかではなく、今だけそういう気分だった。
「!!」
 烈の脳中で、勝利のパズルの最後の一片がはまった。次順、烈は牌をツモる
ふりをして江田島のギョロ目に指を突っ込んだ。
「ぐお!?」
 両手で顔を覆って悶絶する江田島の横から、江田島の手牌を盗み見た。

 ←ポン

 ドラのをアンコで揃えている辺りはさすがに江田島だが、烈にとっては
そんなの全然関係ない。が二枚ずつ。それだけ分かれば充分だった。
烈は今度こそ牌をツモった。

 ←ツモ

 烈の手牌にはがある。ツモによってのメンツができたが、
烈にとってはメンツなど何の意味もない。もっと言ってしまえば、麻雀なんて
かったるくて真面目に打つのも馬鹿らしかった。
「吻破!!」
 烈はを切ってアカギの頭の上に乗せた。江田島ポン、パンチ、アカギに
当たる、アカギ死す。これが烈の筋書きだった。麻雀中の暴力は言語道断だが、
江田島がアカギを殺す分には自分は何の関係もない。そして海王の名も汚れな
い。嗚呼なんという悪魔のような謀略でしょう!
「鳴かん」
 江田島、をスルー。あっけにとられる烈を尻目に江田島、ツモ切り。
ジャイアン、打。続くアカギ、打で烈の頭の上に置いた。
「やっぱりポンじゃー!」
 江田島はを上からパンチした。烈の首が体にめり込んで空間から消失した。
「普通に河に切ったらイカンの? じゃあこうか?」
 ジャイアンはを切って烈の腹に貼り付けた。
「そいつもポンじゃー!」
 江田島はをパンチした。パンチの圧力で烈の首が体外に出た。
「ククク……」
 アカギも勢いに乗ってを切り、烈の鼻にくっつけた。
「ロンであーる!」

 ←ポン ←ポン ←ポン

 江田島のパンチが烈の顔面に炸裂した。トイトイドラ三。屈辱のハネマ
ン放銃を喫したアカギだが、取り乱す様子もなく点棒を烈の口に入れた。
「12,000点いただきまーす!」
 江田島の右ストレートは初恋の味がした。烈は点棒と一緒に前歯も根こそぎ
持っていかれた。
「あとさっきの目潰しのお返しじゃー!」
 江田島は二本の指を烈の鼻の穴に差し込んだ。烈の頭のてっぺんから江田島
の指が突き出た。
 嵐の東一局はこうして終わった。配給原点の25,000点を堅持した烈に対して、
アカギの持ち点はわずかに13,000点となった。烈海王vsアカギの第一ラウンド
は誰がどう見ても烈の圧勝だった。おめでとう、烈海王!


 さて、東二局の攻防である。江田島のリーチを待ちと読んだアカギと
ジャイアンであるが、江田島は次巡でツモあがった。
「ツモじゃー!」

 ←ツモ

「リーチ一発ツモチートイツドラドラ! 親のハネ満は6,000点オールじゃボ
ケ!」
 東二局にして55,000点。早くも独走態勢を固めつつある江田島である。
「よっしゃ! ここはオレ様に任せておけ!」
 ジャイアンは最強装備のジャイアンノートを開いた。スネ夫としずかと共に
連勝街道をバク進してきた無敵のジャイアンが、万一の事態に備えてまとめ上
げた麻雀必勝マニュアルである。
 東二局二本場、ジャイアンの第一ツモ、

 ←ツモ

 初巡とはいえ、切り間違いは許されない。早速ジャイアンノートを見た。

同色四枚あったら迷わず染めろ。

「よし、オレ様はチンイツをやるぞ!」
 打。ここからジャイアンの快進撃が始まった。ツモ、ツモ、
ツモ、ツモ、ツモ、ツモ、ツモ。ピンズピンズピンズピンズピン
ズピンズピンズ。サイコ女の電波日記も顔負けのピンズ狂い咲きであった。
「リーチじゃクソが!」
 江田島がを切ってリーチをかけた。ここでジャイアンは考えた。



 をポンして字牌タンキ待ちという選択肢もあるにはある。しかし勢いの
ある親のリーチにタンキ待ちで対抗するのはいかがなものか。ツモの流れも最
高だしもションパイだ。困ったジャイアンはジャイアンノートを見た。

カンをしない奴は人間のクズ。

「カンだぜー!」
 ジャイアン、をカン。リンシャン牌をツモってを捨てたが、江田島か
らロンの声はあがらなかった。次巡、打。これも通った。連続でションパイ
を通された屈辱とツモあがれない苛立ちで、江田島の膀胱は破裂寸前であった。
「ガキがつけあがるのもいい加減にせんかー!」
 江田島、ツモ。またもあがれず、体中の血液が沸騰せんばかりの怒りの
形相でをツモ切った。
「ロン!」

 ←カン

「チンイツのみだコンニャロ! 8,000点の一本場は8,300点!」
「なんじゃコラー!」
 驕れる江田島は久しからず。ハゲと腕力にものを言わせて客から小銭をむし
り取ってきた江田島の暴君麻雀を、ジャイアンの会心のチンイツが打ち砕いた。
「がはははは、ジャイアンノートの力を見たかお前ら!」
 普通の人間がジャイアンノートの通りに麻雀を打ったら確実に地獄を見る。
しかし、スネ夫としずかがいなければ何にもできない依存体質のジャイアンに
とっては、ノートの存在そのものが心の支えとなっているのだ。要は気持ちの
問題なのであった。


 江田島の親は流れた。東三局、親はジャイアン。ジャイアンは頭で麻雀を考
えるのをやめて、全面的にジャイアンノートの言いなりになると決めた。
「さてオレ様は何を切ったらいいのかな!」
 ジャイアンノートを開いたが、何も書いていなかった。
「ん? どうしたジャイアンノート、養分不足か?」
 ジャイアンは白紙のページを汚いベロでなめ回したが、特に文字は浮かんで
こない。実はニセモノのジャイアンノートで、本物は烈が持っていた。
 前局、ジャイアンがチンイツという謎の手で江田島に勝ったのを見て、烈は
ジャイアンノートが死ぬほど欲しくなった。ジャイアンノートがあればアカギ
に勝てる。女にもモテる。バイト先で誰もシフトを代わってくれないとかもな
くなる。ああジャイアンノートが欲しいなあ、欲しいなあと思っていたらすで
にジャイアンノートを盗んでいた。烈に限らず、海王とはそういう手癖の人間
の集まりであった。
「破破破ー!」
 烈は大喜びでジャイアンノートを開いた。江田島に殴られたケガはおしぼり
で拭いたら治った。

ツモッたら左端の牌を捨てろ。

 烈、ツモ。打。次のページをめくった。

 ←ツモ

ツモッたら左端の牌を捨てろ。

 烈、ツモ。打。次のページをめくった。

 ←ツモ

ツモッたら左端の牌を捨てろ。

 烈、ツモ。打。同じ事しか書いてないなと思いながらページをめくった。

 ←ツモ

違う事したら負けるんだよ下手くそ。ツモッたら左端の牌を捨てろ。

 烈、ツモ。打。ジャイアンノートに対してほのかな殺意が湧いた。

 ←ツモ

ツモッたら左端の牌を捨てろ。そして後ろを見ろ。

 烈、ツモ。打。そして後ろを見ると44マグナムの弾が飛んできて烈の
額に当たった。

 ←ツモ

殺意とか湧いちゃダメだから。ツモッたら左端の牌を捨てろ。

 烈、ツモ。打。烈は額の弾を抜いて、ジャイアンノートで血を拭いた。

 ←ツモ

汚いから血とか拭くんじゃねーよ。ウンコもやめろよ。

 烈、ツモ。打。烈は脱ぎ掛けたパンツをはきなおした。

 ←ツモ

なに勝手に左端の牌を捨ててんだよバカ。牌を倒せ。

 烈は牌を倒した。江田島がを切ったところだった。
「ぐっ……!」
 江田島は歯ぎしりをしているが、烈にはよく分からないので理牌してみた。



 理牌しても烈には分からないがチャンタ、そしてがドラなのでドラ
三でハネマンだった。
「くれてやるわー!」
 江田島は12,000点の点棒を烈に投げつけた。こんな訳の分からない棒など烈
はいらなかったが、返す理由もないので一応もらった。ジャイアンノートは飽
きたので破って捨てた。


 ここまでの点数状況は以下の通り。

江田島 34,700点
31,000点
ジャイアン 27,300点
アカギ 7,000点

「ククク……」
 東四局、親はアカギ。笑ってる場合じゃねーぞ。


続く
戻る

TOPへ