二人の武士は大きく宙に躍り上がり、雀卓の席に座った。ドラミは味噌汁を
すするのをやめて、雀卓に座ってサイコロのボタンを押した。モニターに映っ
たサイコロはだった。ドラミが起家だ。
「さあ、第二ステージ開始よ!」
 東一局、ドラは。親のドラミの第一打、。武士Aは、武士Bは
を切った。嵐を予感させる第一打だ。そして北家のセワシが牌をツモった。

 ←ツモ

 セワシの第一打、。面白みのない打牌だが、まあ無難ではある。ツモ、
ツモ、ツモ。セワシの手牌は順調に伸びてゆく。そして七巡目。

 ←ツモ

「これは……」
 先ほどの何を切るとまったく同じ手だった。打で高目タンピン三色ドラ1。
リーチをかければハネマンだ。しかしセワシは考えた。
を切ったら×ということは……これか?」
 セワシが切ったのはではなくであった。この選択が果たして吉とでるか
凶と出るか。
「カンじゃ!」
 武士A、をアンカン。
「ワシもカンじゃ!」
 武士B、をアンカン。これでピンズのスジは完全に消えた。
切ってリーチにいっていたら、アガリ目を失うところであった。
「そういう事か……」
 セワシの八巡目、ツモ。

 ←ツモ

 セワシ、のトイツ落とし。次のドラミが切ったを武士Aが鳴いた。
「ポンじゃ!」
 武士A、ポン。打
「わしもポンじゃ!」
 武士B、ポン。打。二人の武士は重厚そうな顔立ちとは裏腹に、割と
気楽な感じでポンポン鳴いてくる。私生活でもこらえが利かないタイプなのだ
ろう。九巡目、セワシの指に力がこもった。ツモ

 ←ツモ

 を切れば再びテンパイだ。ピンズのトイトイ気配の武士ABには少々厳し
だが、ここで回したら今度こそこの手は死ぬ。この手が死んだらセワシ
も死ぬ。
「死にたくない、俺はまだまだ悪い遊びを覚えたい! ここは何が何でも押す!」
 セワシはを横に曲げた。武士ABに動きはなかった。
「通った!」
 セワシのリーチは通ったが、武士Aは臆せず真っ向から斬り込んできた。
「リーチなんぞ知るかボケ!」
 武士A、打
「ロン!」

 ←ロン

「メンタンピン一発ドラドラ。裏ドラがで、ドラ4。16,000点!」
「武士Aのバカー!」
 武士Bは刀を抜いて、武士Aの首を怒りに任せて切り落とした。武士Bは武士A
の手牌を開けた。

 ←カン ←ポン

 武士Bは穏やかな死微笑をたたえた武士Aの生首と手牌を交互に見比べ、次に
自分の手牌を開けた。ドラミとセワシも武士Bの手牌を見た。

 ←カン ←ポン

「ワシもバカー!」
 武士Bは刀を逆手に握りなおし、自らの腹を十文字にかっさばいて死んだ。
その後回復した二人の武士は、薩摩の地で妻をめとって平凡ながらも幸せな生
涯を送ったと後世に伝えられる。
「いやー、あぶなかった」
 誤答もあったが、首尾よく敵を退治した。セワシは備え付けの冷蔵庫から缶
ビールを取り出して栓を開けたが、安らぎの時は訪れなかった。
「セワシさん、ビールも結構だけど敵の大将のお出ましよ!」
 追手の群れから鬨の声があがり、ISAMIの鉢巻が近づいてきた。夕べ近所の
公園で黒人同士のケンカを見てちょっと興奮ぎみのISAMI隊長は、白刃をひら
めかして馬車を猛追した。
「貴様ら一体何者じゃ! ワシのカイザーロードを邪魔する輩は全員死ね!」
「のび太みてーな事を言ってんじゃねーよ! とりあえずお前はくたばれ!」
 セワシはビールを一息に飲み干して、サイコロのボタンを押した。

【何を切る?】

 ←ポン ←チー ←カン
←ポン

「待てコラ! 別にどっち切ったっていーじゃねーかこんなもん!」
 追ってくるのはISAMI一人なので、第二ステージの卓は囲めない。ここで正
解しなければ万事休すだが、二択の答えを導くには材料がなさすぎる。幕末に
吹き荒れる戦いの嵐は、愛する二牌を容赦なく引き裂くのであった。
「もう知らねー! あとは機械に聞いてくれ!」
 セワシは完全に開き直った。二つの牌を同時に押して、どちらを早く押した
か機械に判断してもらうという責任逃れの卑怯な作戦だった。
「一度でいいからのび太に役満をあがらせてやりたかったなあ。ウソじゃ!」
 セワシが二つの牌を押そうとしたその時、誰かがセワシの肩を叩いた。
「止めるなドラミ! ここで死んでも、俺たち二人の遺志はきっとのび太とド
ラえもんに受け継がれて、そんであいつら大したビジョンもなく人生を怠惰に
過ごしてジジイになって死んでいくだけに決まってんだから、安心して……」
「あたしの手じゃないわよー」
 ドラミはコールドスリープのカプセルの点検中だった。復元不可能レベルに
バラバラに分解しているが大丈夫なのか。それはそれとして、ドラミではない
とすると一体誰がセワシの肩を叩いたのか。
「ブヒヒン」
 それは馬だった。馬車を引いていたロボット馬の一頭がセワシの肩に前脚を
乗せ、悲しそうに首を横に振っていた。
「ブヒヒン、ブヒヒン、ブヒヒンヒン。バーカ」
 セワシは馬の言葉は分からないが、最後の「バーカ」で大体わかった。少し
は頭を使って考えろよバーカ、という意味だろう。
「とーう!」
 ISAMIが大空高く飛び上がった。馬車に着地したらゲームオーバーだ。
「クソ馬の相手なんかしてる場合じゃねー! バカでもなんでも答えるからな!」
 セワシは焦りと恐怖で平常心を失い、馬の制止を振り切って再度二つの牌を
押そうとした。
「ブヒヒーン!」
 人間語に訳すと「まあこのいけない子!」である。もう一頭の馬の蹄鉄がセ
ワシの左頬にめり込んで、セワシは弾丸みたいに吹っ飛んで向こうの質屋に飛
び込んだ。
「まいどー」
 質屋から小さな紙の包みが飛んできた。包みの中は一文銭が一枚だった。セ
ワシの値段は一文だった。
「ブヒン?」
 包みの紙の裏に、何かの文字が書いてあった。二頭の馬は紙をきれいに伸ば
して文字を読んだ。

【ヒント】
ISAMIときたら、次は誰かな?

「ブヒヒン!」
 謎は解けた。二頭の馬はを押した。
「ピンポーン」

「死にさらせー!」
 ISAMIが馬車に着地して刀を抜いたその時、空間が歪んで一人の武士が卓上
に出現した。ISAMIと同じ、浅葱色のだんだら羽織を纏っている。
「それがし、HAJIMEと申すでござる」
 HAJIMEは漢字でどう書くの?
の一でござる」
 ってどんな牌だっけ?
「こんな牌でござる」
 HAJIME、打
「ブヒヒヒン!」

 ←ポン ←チー ←カン
←ポン

 ロン。白のみ。四十符一翻は1,300点。
「HAJIMEどのー!」
「ISAMI隊長ー!」
 再会を果たしたISAMIとHAJIMEはひしと抱き合い、尻から火を噴いてお天道
様に向かって飛んでいった。空はいつの間にか晴れ渡っていた。


「セワシさーん。コールドスリープの不具合の原因がわかったわよー」
 目の前の騒ぎなど完全シカトでカプセルの点検に没入していたドラミが、セ
ワシを呼んだ。セワシは全裸で質屋から出てきた。
「そうかー。ドラミのスプーンもあったぞー」
「うっそマジで? それよりセワシさんはどうして全裸なのよ。のび太さんじゃ
あるまいし」
「衣服は質屋の質草になった。中身の俺の価値はゼロだから帰っていいって言
われた。いやあ人間のクズで本当によかった!」
「よかったわねふーん。それであたしのスプーンは?」
 セワシはドラミの前で得意そうにスプーンをクルクル回した。スプーンの柄
にはドラミの名前が燦然と輝いている。
「このスプーンも質草だったんだけど、全裸では恥ずかしいからこれで股間を
隠したいって言ったらタダでもらえちゃった。俺の交渉能力に感謝しろよ!」
「そのスプーンでチンコを隠したら殺すからね。コールドスリープの不具合の
原因だけど、これを見て」
 バラバラだったカプセルは、一応復元できたように見える。ドラミはカプセ
ルのカバーを外して単三電池を四本取り出した。
「電池の向きがプラスマイナス逆だったのよ。だから未来の東京に行くはずが、
逆に過去の京都に戻っちゃったのよ」
「なあんだそっか。それじゃあ電池の向きを直せば、二十一世紀の東京に戻れ
るんだな」
「その通りよセワシさん。さあ、面倒くさいからさっさと帰るわよ!」


 抜けるような青空の下、セワシとドラミは二頭の馬と固い握手を交わした。
馬はこの時代に残り、生き残った人間と共に京都の復興に生涯を捧げるらしい。
「それじゃ、縁があったらまた会おうな。さらば!」
 セワシとドラミがカプセルに入って長い眠りについた後も、二頭の馬はずっ
と手を振り続けていた。そして上空に走った二本の飛行機雲が、セワシとドラ
ミとの別れを惜しむかのように浅葱色に染まった。


 真っ暗闇の公園にほのかな明かりが灯り、公衆便所の薄汚れた扉が重々しく
開いた。扉の中から出てきた二つの影が、辺りを見回して顔をしかめた。
「なんだよここ。公園の公衆便所じゃねーか」
「大事な秘密道具を取り囲んで便所おっ建てるなんて失礼しちゃうわよね。自
治体に文句言ってやろうかしら」
「ま、ともかく外へ出ようぜ」
 セワシとドラミが便所の外へ出ると、大きな銅像が目に入った。二人の武士
と二頭の馬が笑顔で麻雀に興じている銅像だった。二人の武士の鉢巻きには、
ISAMIとHAJIMEと書いてあった。
「馬と武士、仲良くなったみたいだな」
「いいことじゃない。どうせ京都の復興なんてそっちのけで麻雀ばっかりやっ
てたんでしょうけど。さあ、あたしたちも雀荘に乗り込むわよ」


 公園から歩いてノースウエストに到着した。深夜一時を回っているが、入り
口のドアは鍵が開いている。そればかりか、四角い大きな穴まで開いているの
で中の様子が丸見えである。風営法なんて知りませーん、と言わんばかりの傲
慢経営である。
「待たせたな! お詫びにお前らのカレーを全部俺たちに分けてくれ!」
 セワシとドラミは店に入った。
「いらっしゃいませー!」
 江田島店長のウエルカムドロップキックが炸裂した。セワシとドラミは店か
ら出た。
「グビラー!」
 セワシとドラミは乗ってきたエレベーターまで吹っ飛んで、一階へと逆戻り
した。
「雀荘にきて初っ端の挨拶がカレーか! カレーが食いたければまず麻雀を打
たんか!」
 江田島は雀卓に戻り、を切って横に曲げた。
「リーチじゃボケー!」



 東二局、親は江田島。ノースウエストの頂上対決はまだ始まったばかりだ。


続く
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