部屋の中央に、三つのカプセルが置かれていた。そのうち真ん中のカプセル
の蓋が開いて、すごい量の冷気が部屋に充満した。カプセルの中身は女だった。
「あーよく寝た。セワシさんも起きなさーい!」
コールドスリープから目覚めた女はドラミだった。ドラミは左のカプセルに
キャノン砲を撃って蓋を吹っ飛ばした。
「セワシさん起きろー! それとも死んだー?」
「あなたの攻撃で完全に目が覚めました。おはようございます!」
カプセルからセワシが出てきた。あたたかそうな羽毛ぶとんにくるまってい
るので、コールドスリープがあまり効かずに少し老けたように見える。
金斗雲で勇躍のび太の応援に向かったドラえもん、ドラミ、セワシであった
が、野比家と雀荘の中間地点あたりで突然ドラミがギャースカ騒ぎ出した。
「ない! あたしのスプーンがない!」
「なんだよドラミ、スプーンがどうしたって?」
ドラえもんは1キロ先まで聞こえるような舌打ちをして、ドラミに聞いた。
「あたしの愛用スプーンがどこにもないっつってんのよ! 何度も同じ事言わ
せんなボケ! あたしアレがないと外でご飯なんか食べらんない!」
「居酒屋でサイコロステーキもりもり食ってたじゃねーかよ」
「居酒屋はあたしの庭だからいーのよ! スプーンが見つからなかったらあた
し近隣のホームレス全員と重婚して、みんなでお兄ちゃんの押入れに住み着い
てやるわよ! それでもいいの!?」
ドラミは金斗雲が蒸発するぐらいに怒り狂った。奴隷ロボットのくせにトッ
プアイドルのようなワガママをぬかしている。
「今から飯を食いに行く訳じゃないんだし、のび太の麻雀が終わったらゆっく
り探そうぜ。俺も手伝ってやるからさ」
「雀荘に行って、カレーを食わずに一晩過ごせってこと? そんな酷い仕打ち、
あたし耐えられない! さてはあんた拷問マニアでしょ!」
ドラミの言い分ももっともだ。深夜の雀荘でカレーを食べないというのは、
雀荘ライフの醍醐味の八割をドブに捨てていると言っても過言ではない。
「きっと未来に置き忘れてきちゃったのよ。あたしいったん未来に帰る!」
「帰れ帰れ。お前のカレーなんか絶対残しといてやんねーから」
ドラえもんは吐き捨てるようにドラミに言った。ドラミはドラえもんの悪態
は無視して、セワシの手を引いて金斗雲から飛び降りた。
「待てよ! なんで俺まで巻き込むんだよ!」
「セワシさんも一緒に探すに決まってんでしょ! つべこべぬかしてっと押す
わよ!」
ドラミは起爆スイッチに指をかけた。セワシはハッとこめかみに手をやった。
「しょーがねーなー。ドラえもん、俺のカレーもきっちり残しておいてくれよ」
「行っちゃえ行っちゃえ。残ったカレーに青酸カリぶち込んどいてやる」
セワシはしぶしぶドラミの後を追って、もと来た道を引き返していった。そ
の後ドラえもんは迷子になって道端で泣いていた烈を回収して、ノースウエス
トの登場シーンにつながっていく。
野比家にとんぼ返りしたドラミとセワシだが、またしてもドラミのないない
病が噴き出していた。
「ない! あたしのタイムマシンがない!」
「そりゃないだろ、俺たちドラえもんのタイムマシンに乗ってこっちに来たん
だから。ドラえもんのタイムマシンはあるだろ?」
机の引き出しに頭を突っ込んでじたばたしているドラミの脇から、セワシも
引き出しの中を覗き込んだ。タイムマシンがあった筈の空間には、ネジや歯車
が漂っていた。
「あれ、何にもねーな。ドラえもんのタイムマシンはどこだ?」
「ある訳ないわよ。ここに来た時あたしがぶっ壊したんだから」
「ガッデム! それじゃもう未来に帰れねーじゃねーか! どこでもドアの件
といいタイムマシンといい、兄妹そろって高価な秘密道具を何だと思ってやが
んだ!」
「しょうがないじゃない! 秘密道具ってとってもデリケートでちょっとした
事で壊れちゃうんだから! ペコペコバッタなんか大半が冬を越せずに野垂れ
死んじゃうのよ!」
「てめータイムマシンは自分で壊したって言ったじゃねーか!」
「だから何なのよ、戦士は戦いの中でしか生きられないのよ! 文句があるな
ら今すぐあたしのスプーンを持ってきなさいよ!」
「うがー!」
「ぐぼー!」
などといがみあっていても何も始まらない。ドラミは明晰な頭脳をフル回転
させて、未来へ帰るための方策を講じた。
「こうなったら、もうアレしかないわね」
ドラミは階段を下りて庭に出た。そして地面に大きな穴を掘って地下室にし
て、大きなカプセルを三つ置いた。
「何だこれ?」
「見りゃ分かるでしょ、コールドスリープの装置よ」
その瞬間、セワシはすべてを理解した。二十二世紀まで眠って過ごそうとい
うのだ。セワシはたかがスプーン一本のためにここまで手間をかけるドラミの
行動力に感服し、アホさ加減をあざ笑い、そしてこんな面倒事に巻き込まれた
自分の運命を呪った。
「あのさ」
「なあに、セワシさん」
「雀荘のカレーだけど、普通のスプーンで食べてもおいしいぞ」
「ふーん。イヤ」
「聞いた俺がバカでしたー!」
セワシは羽毛の布団を抱いて、軽やかなステップでカプセルの中へとび込ん
だ。カプセルの蓋がゆっくりと閉まり、一筋の涙がセワシの頬を伝った。
「男のクセにピーピー泣いてんじゃないわよ。あたしの役に立てるんだから喜
んで死になさいよ!」
ドラミも真ん中のカプセルに入って蓋を閉めた。地下室の照明が消え、入り
口は自動でロックされた。外界から遮断された狭い部屋で、ドラミとセワシは
長い長い眠りについた。
「いやーよく寝た。なんだか夜眠って朝起きたぐらいの感覚しかないんだけど、
本当に二十二世紀になったのか?」
「二十二世紀に決まってるじゃない。おりゃ!」
ドラミは巨大ハンマーで右端のカプセルの蓋を叩き壊した。そしてカプセル
の中から壷を取り出した。
「いちいち蓋を壊して開けるんじゃねーよ黄デブ!」
「余計なお世話よヘニョチン! それよりコレを食べてちょうだい」
ドラミは壷の中から一本のキュウリを取り出した。セワシはキュウリを一口
かじってみた。
「すっげえ漬かってるなこのキュウリ。漬かりすぎて気持ち悪いんですけど」
「でしょでしょ。たっぷり百年は寝かせないとこの味にはならないわよ。だか
ら今は二十二世紀で間違いないの!」
「寝かせたって、冷凍状態でか」
「当たり前でしょ。コールドスリープを何だと思ってんのよ」
「よく分からんけど、漬け物って冷凍状態でもちゃんと漬かるのか?」
「そんな事は漬け物に聞きなさいよ!」
ドラミは壷を床に叩きつけた。まだ少し寝ぼけている。
「とにかく今はもう二十二世紀なの! とっととスプーンを探してとっとと雀
荘にしけこむわよ!」
地下室の入り口は天井だった。セワシが壁のハンドルを回すと入り口の扉が
開いて、扉に覆い被さっていた土が落ちてきた。扉の向こうに、どんよりと曇っ
た空が見えた。ドラミはカプセルをポケットにしまって、セワシの頭を踏み台
にして一気に地表に躍り出た。
「ビバ! 懐かしの二十二世紀!」
懐かしの二十二世紀の大地には、生臭い血風が吹いていた。
続く
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