暗黒淵(やみわだ)の街に忽然と現れ、町内最強といわれたジャイアン軍団
を苦もなくひねり潰して軍団解散に追いやった赤木しげるとは、一体どんな男
なのか。
 その正体は全てが謎に包まれているが、アカギと接触した過去を持つ二人の
人物に思い出を語っていただいた。そちらをご紹介しよう。断片的ではあるが
アカギの秘密を解き明かすよすがとなれば幸いである。

【証言1 ケンシロウ】
居酒屋の店員。客からお代は一切いただかない。通称は便所サンダルシロウ。

「アカギとは中学時代の同級生だったっす。二年の時にアカギが転校してきた
んすけど、転校初日の昼飯がフグ刺しとビールだったっす。フグ刺しは1枚食
べただけで窓から捨てて、からかいにきたヤンキーの弁当とヤンキー本人も窓
から捨てたっす。アカギは一日で有名人になったっす。
 翌日、先生全員と麻雀勝負をやってアカギが圧勝したっす。アカギはその日
限りで学校をやめて、しばらくしたら校庭のど真ん中にアカギの銅像が建てら
てたっす。ど真ん中なんで邪魔くさくてしょうがなかったっすね。
 なんでそんな勝負になったか? 知らねっす。
 アカギのその後? 知らねっす。
 自分とアカギの関係? 同級生ってだけで別にそんなっす。お疲れっす」

【証言2 K】
マス夫をこよなく愛するハリウッドスター。

「アカギ? ああ、もちろん知ってるよ。彼とは映画で何度も共演しているか
らね。もっとも主役は常にボクだけど。ハハハ。ところでアカギがのび太くん
と麻雀打ってる? のび太くんがサンドバック? うへー! バイバーイ」

【証言2 その2 再びK】

「しつこいねーお前ら。じゃあ仕方ないからオレのファンにだけアカギのとっ
ておき話を聞かせてやるよ。ただしセックスとセットね。はいオレのファンは
手を挙げて。
 ……もう1回だけ言うが、そことそことそこの姉ちゃんは特に手を挙げろ。
男は挙げたら殺すぞ」

 こんなに凄いアカギを相手にしているのだから、全裸だろうが残り200点だ
ろうが、やはりのび太は健闘していると言わねばなるまい。だがオーラスの親
が残っているとはいえ、残り三局で逆転トップは相当に苦しい。それはのび太
本人が一番よく分かっている。漫然と打っても奇跡は起きない。流れを変える
大物手がどうしても欲しい。
燕返しだな」
 のび太は誰にも聞こえないような小声で言った。ここまでの物語中、燕返し
という単語はすでに一度登場している。ドラミがのび太からアガった128,000点
は、燕返しによるものだ。自分のツモ山の下側に仕込んだ13牌と自分の手牌を
瞬時にすり替える燕返しは、誰もが認めるイカサマ技のチャンピオンである。
素人が簡単に手を出していい代物ではないのだが、ドラミという最高の師匠に
巡り合ったのび太は、たゆまぬ努力で自家薬籠中の物としていた。
 のび太の全身に緊張が走った。殆どボケ老人のスネ夫としずかはともかくと
して、アカギにだけは悟られてはならない。チャンスはほんの一瞬だ。
 南二局五本場。アカギが卓中央のボタンを押して、四本の牌の山がせりあがっ
てきた。サイコロの目は。各自が配牌を取り終えて、アカギが自分の
手を確認するためにのび太の山から一瞬目線を切った。今だ。
「必殺、燕返し!!」
 気合一閃、のび太の腕が一陣の風となった。のび太の山にも手牌にも、何の
変化もないように見える。アカギも気づいた様子はなく、そのままのび太の目
の前の山に手を伸ばしてドラをめくった。燕返し、大成功!
「よっしゃ!」
 のび太は心で叫んで、卓の下で拳を握りしめた。そして手牌を開いた。



「バラバラでーす!」
 全自動卓のツモ山は全自動卓が自動に積んでくれるのだから、都合よく揃っ
ている訳がない。だから燕返しで牌を取っ替える意味が全くない。しかしのび
太は悪くない。世の中が不景気だからのび太のバカも治らないのだ。
「そこどけ」
 のび太は虚脱状態のしずかを蹴倒して、しずかの山で燕返しをやった。
「よいしょっと」



「はいダメー」
 次は心ここにあらずのスネ夫を椅子ごと吹っ飛ばして、スネ夫の山で燕返し
をやった。山が二牌しか残っていないので、二牌のプチ燕返しである。
「あらぴょっと」



「まあ二牌しか変わってないんだからこんなもんだよな。次はアカギの山だか
らな」
 のび太はアカギを睨みつけた。年齢は上だが、ぽっと出のアカギはメンツの
中では後輩である。アカギは先輩の顔をたてて、黙ってのび太に席を譲った。
「よく分かってるじゃねーかアカギちゃんよー」
 のび太はアカギの山にアカギが取った13牌を戻して、最後の燕返しをやった。
「あーめんどくせ。よっと」



「オーイエー」
 できる男は山も違う。国士無双イーシャンテンの配牌になったので、のび太
はようやく満足した。のび太の豪腕恐るべしだがこの直後、のび太の眼前で信
じられない大事件が勃発した。
「カン」

 ←カン

 アカギ、非情のアンカン! この瞬間、のび太の国士無双は露と消え、
後に残された配牌は見るも無惨なクズ牌の山と成り果てた。バカめ!
「あまりな仕打ちでございまーす!」
 のび太の中で何かが弾けた。のび太は無敵の燕返しが通用しなかったショッ
クで、卓に顔を埋めて泣きじゃくった。
「麻雀がいくら強くたって、出世の役には全然立たねーからな! お前なんか
履歴書の賞罰欄に裏プロ最強とか書いて企業のブラックリストに載っちまえ!
何やってんだドラえもんマジで早くこいやー!」
 のび太、今度こそ死亡か!?
「人を呼んでおいてその言い方はなんだコラー!」
 幻聴ではない。内側から固く閉ざされた金属製のドアの右下に青白い炎がほ
とばしり、ドアを四角にくり抜いた。そして二人の男が入ってきた。
「のび太くん、僕が来たからにはたぶん安心だ! 絶対じゃないぞ!」
 まずはおなじみドラえもん。手にはガスバーナーを握りしめている。そして
その後ろに颯爽と立つ、三つ編みの男。
「…………」
 のび太の盟友、烈海王である!


続く
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