「おー、やっと始まったか。ずいぶんと善戦してたみたいだな、のび太の奴」
「ホント白けちゃうわよね。のび太さんにファンレターとか書いちゃおうかな。
あなたの無様な負け戦が大好きです、もっと醜態を晒して下さい。チュ。って」
「こいつら一体どんなレートで打ってるんだろうね? 大橋巨泉じゃあるまい
し、まさかノーレートってことはないよね。いいとこテンピン(1,000点100円
換算)が関の山だろうけど、だとするとのび太くん、何回トップとったら僕ら
への負け分を清算できるんだろう?」
「そんなの適当でいいじゃない。100万回で決定ね」
「そーかー100万回かー。先は長いぞのび太くん」
 ドラえもんたちは台所の床下収納に偶然落ちていた純米大吟醸をあおりなが
ら、冷蔵庫の中にゴミ同然に捨てられていた鯛の刺身をモリモリ食べていた。
のび太の公開処刑を見ながら、三人のボルテージは最高潮に達していた。
「あのー」
 この間パパは、鼻にサイコロを詰めたマヌケ面を三人に向けて、麻雀教室の
再開をボケーと待ち続けている。
「のび太の勝負はひとまずおいといて、こっちの麻雀に集中しませんか?」
 あのーのはずみに、鼻からサイコロが飛び出した。で、またして
も自5である。
「この薄情者!」
 ドラえもんは漆黒の暗器パンをパパの顔面にぶち込んだ。
「ぶひー!」
「愛する息子の大ピンチだというのに、のんきに麻雀なんか打ってていいんで
すか? 明日は仕事だというのに、こんな時間に牌を握ってて社会人と言える
んですか!?」
「そうだぞパパさん。嘘でも偽善でもいいから、哀れなのび太に嗚呼とかオー
イエーぐらいの言葉はかけてやっても、罰は当たらないんじゃないか?」
「それよりパパさん、また自5を出してんのよね。ひょっとして、サイコロに
何か細工でもしてるんじゃないの?」
 ドラえもんとセワシは単純にパパを叱っただけだが、ドラミはパパに罪をか
ぶせて金銭的な搾取を目論んでいた。さすがという他はない。
「そ、そんな汚い真似、パパがする訳が……」
「シャラップ! セワシさん!」
 ドラミは二つのサイコロを拾ってセワシに投げた。セワシは受け取ったサイ
コロを奥歯で噛み砕いて手の上に吐き出した。サイコロには神をも恐れぬ魔の
カラクリが埋め込まれていた。



「ほーらこんな人形が出てきたじゃない! こいつが動かぬ証拠よ!」
 ドラミはセワシの手からサイコロの欠片をつまみ上げ、してやったりの表情
でパパに詰め寄った。そして怒濤の出足で一気に土俵際まで追い詰めた。
「知らん! パパは知らんぞ!」
「うっさいボケ! やるに事欠いてドナルドマジックを悪用しようだなんて、
子供の夢をぶち壊した罪は重いわよ! 喰らえ!」



 小四喜字一色四暗刻単騎。128,000点。
「わははははー!」
 何故か笑いながら卒倒したパパの股間に、一枚の紙切れが舞い落ちた。無記
名の借用書である。秋色漂う九月の夜空に、のび太のパパ、堕つ。
「さてと」
 三人は再びモニター前に腰を下ろした。邪魔者も消えたことだし、これで心
ゆくまで映像に集中できる。ドラえもんはリモコンのズームのボタンを押して、
雀卓の点数表示を見た。
「なんだこりゃ?」
 セワシが素っ頓狂な声を張り上げた。アカギ90,000点の大トップに、残りの
三人が1,000点未満という惨状を目の当たりにしては、驚くのも無理はない。
「ボロボロじゃねーか。こんなザマでよく今までサイレンが鳴らなかったな」
「のび太くんのレベルに合わせて設定したから、これでも一応健闘してたって
判断じゃないかな? スネ夫もしずかちゃんも飛び寸前だし、のび太くんの対
面の黒シャツ白髪が圧倒的に強いって事なんだろうね」
「黒だの白だの、マイケル・ジャクソンばりに迷走してる癖して生意気よね」
 ドラミは当たり障りのない意見を言った。そして意見を続けた。
「それにしてもこの雀荘、客がいないわねー。客どころか店員も一人もいない
し、実はどっかの廃寺とかなんじゃないの? 土地だってタダじゃないんだし、
とっとと建物ごと潰して資材置き場にでもすればいいのに」
「聞こえたぞ」


 モニターで映像を見ていると言っても、別に雀荘側がライブ中継をしている
訳ではない。のび太のケツっぺたにドラえもんがくっつけた超小型CCDが雀荘
の天井の隅に移動して、店に無断で映像を配信しているのだ。
「聞こえたぞ」
 それまでののび太の悶絶ぶりから一転、突如として上下逆さまのハゲ頭がモ
ニターの画面一杯に映った。
「わ!」
 思わずのけぞった三人が見えているのか、ハゲ頭はニヤリと笑って大口を開
けた。太いノドチンコがどアップになった直後、画面が大きくぶれ、激しいノ
イズと共に映像が途絶えた。それっきり、モニターはウンともスンともいわな
くなった。
 予期せぬアクシデントに面食らった三人だが、この程度の精神的ショックに
いつまでも胸をときめかせている程ロマンティックではない。あっという間に
態勢を立て直した。
「あーびっくりした。なんだあのハゲは」
「僕に聞かれたって分かんないよ。ドラミの声が聞こえたようなことをほざい
てたけど、あのCCDには双方向の通信機能なんてついてないんだから聞こえる
訳はないんだよ。CCDはぶっ壊してくれちゃうし、ハゲの言動ってほんと不確
定要素だらけだよね」
「もういいわよ。これ以上ハゲハゲ言ってたら、あたしのセンスまでハゲにな
っちゃうわよ。はいハゲの話題はこれでおしまい」
 ドラミの鶴の一声で、ハゲの放置が決定した。それはそれとして、当面の問
題はCCD中継の打ち切りだ。今年下半期No.1の楽しみを奪われて大不満顔のセ
ワシが、空っぽの盃を箸でチンチン叩きながらドラえもんに言った。
「パパさんをいじるのもいい加減飽きちまったし、のび太の泣き面でも拝みに
行こうぜ。どこでもドア出せ」
「どこでもドアは武富士のティッシュと交換しちゃいましたー」
「交換すんなよ! じゃあドラミのどこでもドアでいいや」
「あたしのどこでもドア、お兄ちゃんに貸しっぱなしだったわよね。さっさと
返しなさいよ」
「ドラミのどこでもドアは、おととい東尋坊で酔っ払って海に落っことしちゃ
いましたー」
「シット! 自殺の名所で酒なんか呑んでんじゃないわよ!」
「お兄様に向かってその口のききかたは何だコラ! 犯すぞ!」
「おい、何だあれ?」
 醜い仲間割れからいちはやく我に返ったセワシが、窓の方向を見ながらドラ
えもんとドラミを呼んだ。外に何かがいるようだ。二人は一時休戦して窓に駆
け寄った。
「お兄ちゃん、これってひょっとして……」
 三人の目の高さに金色の雲が浮かんでいた。いや、雲よりずっと密度の濃い
ホイップクリームみたいな奇妙な物体だ。二、三人は乗れそうな大きさのその
物体が、つかず離れずといった感じで所在なげに窓辺に漂っていた。
「金斗雲だな。烈海王が呼んだヤツだろうな。今ごろノコノコご出勤とはずい
ぶんといいご身分じゃねーか」
「烈海王って、のび太の友達のアイツか?」
「ああそうか。セワシくんがちょうど不運な事故に巻き込まれてくたばってた
時の出来事だからね。要するにバカが雲を呼んだんだよ」
「なるほど、そしてそのバカは消息不明か! ちょうどいい、この雲に乗って
雀荘まで行こうぜ!」
 ドラえもんのスーパー大ざっぱな説明にもかかわらず、セワシはすべてを理
解した。主の烈海王に成り代わり、三人仲良く金斗雲に乗り込んだ。
「待ってくれよー。みんなで麻雀やろうよー」
 いつの間にか蘇生していたパパが、未練がましくにじり寄ってきた。ドラミ
は面倒くさそうにポケットに手を突っ込んだ。
「麻雀の命は腰だって言ったわよね。まずはこれを使って腰を鍛えてね」



「雀神ハイパードールー!」
 人間の女性と同じサイズの人形を、パパ目がけてぶん投げた。しょぼくれが
ちだったパパの目がみるみる輝き出した。
「22世紀にはこんな便利な道具があるのかい! 人形と二人三脚で、パパ絶対
に麻雀の奥義を極めるよ!」
「パパさん、ダッチワイフって知ってる?」
「なんだいそりゃ? 光栄のエロゲー?」
「ふーん。じゃあこの写真を見てどう思う?」



「いかーん!」
 パパは大事な人形を邪険に払いのけて、怒りの形相でドラミを説教した。
「いくらロボットとはいえ、年端もゆかぬ少女のドラミくんにはロウソクはま
だ早い! 修練を積んだパパでさえもヤケドの跡が絶えないってのに、しかも
九本とは何事だ! せめて一本から始めたまえ!」
「アロマキャンドルにはそんな風に反応するんだ。マニアっておもしろーい。
それじゃいってきまーす」
 なおも自虐プレイの危険性を訴え続けるパパに手を振って、ドラミは金斗雲
の尻を軽く叩いた。金斗雲はすさまじい加速で窓を離れ、あっという間に見え
なくなった。
 何もない空間に向かってしばらくギャースカ騒いでいたパパだが、さすがに
疲れてその場にへたり込んだ。傍らの人形にちらと目をやり、両腕でギュッと
抱きしめた。塩化ビニールのボディの冷たさが、パジャマ越しの肌に心地よい。
「腰使いか……」
 パパは人形を抱いて立ち上がり、グッと腰を突き出した。その反動で右足を
踏み出して廊下に出た。
「いよっ」
 廊下から階段へ。
「ほいさっ」
 階段から玄関へ。
「チェストッ」
 そして玄関のドアを開けて外に出た。
「これが究極の腰振りか、パパはとうとう極めたぞ! 母さん今すぐカメラを
持ってきなさいカメラを! それと豚の臓物だ! おーい!」
 ママの返事を待たずに、パパは再び歩き出した。そして人形の脇に手を添え
て、軽快なステップで地平線の彼方に消えていった。
 パパよ、お前はどこへ行く。


 闇を切り裂き大気を震わせ、金斗雲が空を翔る。目ざすは駅前雀荘ノースウ
エスト。一直線の光の矢となった金斗雲の背中にはドラえもん、セワシ、ドラ
ミの三勇士。
 アカギに対抗する術はあるのか? それともヨイショで取り入っておこぼれ
にあずかるのか? シカトを決め込んだ謎のハゲの正体は?
 急げ、ドラえもん!
 吼えろ、セワシ!
 ぶっとばせ、ドラミ!
 のび太の点棒は風前の灯火。のび太の最期を看取るのだ!!
「のび太くん、待ってろよ!」


続く
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