「ロン!」

 ←ロン

「アナル大爆発! 役満!」
「すごいわセワシさん! 幻の最終役満と言われたアナル大爆発をいとも簡単
にアガっちゃうなんて、もうドラミ信じられない!」
「パパさん、いつまでも黄昏れてないで、さっさとセワシくんに32,000点払っ
てあげなよ」
「参ったなぁ。パパ、また点棒がなくなっちゃったよ」
 のび太の部屋では、パパのための麻雀教室が行われている。100枚から先は
数えていないが、壁にも天井にもパパ名義の借用書がビッシリ貼り巡らされて
いる。時折混じっている闇金の契約書やSMクラブのダイレクトメールが、殺風
景な部屋にほどよいアクセントを加えている。
「ところでセワシくん。この手ってがアヌスで、を「爆発」って
読ませるんだよね? じゃあ、「中爆発」にしかならないと思うん
だけど……」
「何言ってんだよパパさん。その他にも色々な牌がグジャグジャーってあるだ
ろ? それ全部ひっくるめたら「大」になるんだよ。そんなことも分からない
のかよ。ホント初心者ってタチが悪いよな」
「そうだよパパさん。思いつきのデタラメで僕らを困らせようったって、そう
はいかないよ。負ける時は負ける、払うものは払う。人間あきらめが肝心なん
だよ」
「ここだけの話だけど、麻雀ってゲームは、実はあたし達が考えたの。いわば
あたし達は麻雀の教祖様ってヤツ。分かる? だからあたし達の言うことは何
だって正しいんだから。おとなしく黙ってウンウン聞いてりゃ、欠陥人間のパ
パさんだってあっという間に麻雀の達人よ!」
「へー、そうなのかい? 君たちってスゴいんだねえ。よし、パパ頑張っちゃ
うぞ!」
 典型的な詐欺師の講釈にも、一片の疑惑すら挟もうとはしない。のび太の親
とは思えない、底抜けの人の良さである。だから万年平社員なんだぞ。
「次はパパさんの親だよ。さ、サイコロを持って。くどいようだけど、さっき
教えた手順通りに振らないと罰符だからね」
 パパはドラえもんからサイコロを受け取って、パジャマの裾を捲り上げた。
「ハチョー!」
 そのまま両腕を掲げて、頭の上で裾を結び合わせた。そして完全に視界を塞
がれた状態で部屋中をドタドタ駆け回り、柱に激突して卒倒した。
「サイコロの目は?」
 パパの手から転がったサイコロはだった。自5である。
「はいよく出来ました! 自5だから、パパの山から配牌を取っていくんだよ。
ハリアップ!」
 パパはほおずきになったパジャマを解いて、こめかみのあたりを指でさすり
ながら配牌を取った。
「あいたたたた。麻雀ってハードなゲームなんだねえ。ところでいつになった
らルールを教えてくれるんだい? サイコロの振り方とか雀荘で使える英会話
とか、さっきからルール以外の部分の説明ばっかりじゃないか。型ばっかりで
本質のルールは教えないって、これじゃあ仏作って魂入れずじゃないのかね?」
「喝ー!」
 ドラミは特大の万点棒でパパの肩を思い切り打ち据えた。
「すっげー痛てー!」
「バッカじゃないの!? 仏像なんて、取り合えず形が出来てりゃ中身がオガ
クズであろうとポップコーンであろうと、みんなアホみたいに有難がってくれ
るんだから! 麻雀だって、まずは形からなのよ。形が出来れば勝ったも同然、
上っ面を制する者が麻雀を制するのよ!」
「そーかー。パパ、素人の癖にまた生意気言っちゃったかな。ごめんよ」
「分かりゃいいのよ、分かりゃ。何でもいいからさっさと切ってちょうだい」
 10巡後。
「ツ、ツモ!」
 ツモって捨てるという基本動作ですらあっぷあっぷだったパパが、最強に裏
返った声で叫んだ。そして血走った目で何度も役を確認し、雀卓に額を打ち付
けんばかりの勢いで前のめりになって手牌を倒した。

 ←ツモ

「セワシくん、これ役満なんだよね? アナル大爆発! 母さん今すぐカメラ
を持ってきなさいカメラを! それとタキシードと糸こんにゃくだ! おーい!」
 セワシとドラえもんとドラミは、人生初の役満に酔い痴れるパパを無表情で
見ていた。パパは剃られる直前の陰毛と瓜二つの顔だった。
「パパさん、こりゃチョンボだよ」
「え?」
「だってこの手は誰がどう見たってバラバラじゃん。いくらパパさんでもこれ
が役満だなんてワガママは許されないと思うな」
「え? え?」
「大体アナルだの大爆発だの、そんな下品な役がある訳ないじゃない。SMクラ
ブじゃあるまいし」
 そう吐き捨てたドラミの視線の先には、会員制SMクラブのダイレクトメール
が貼り付けられていた。人生待ったなしのダメ男がアナル大爆発ならば全然許
されるが、妻も子供もある団塊世代は1回ぐらい待ったできるはずなので、み
だりにアナルが大爆発してはいけない。ところでこのダイレクトメールにでか
でかと写っている中年男性は、体中ロウまみれになって恍惚の表情を浮かべて
いる。バタフライマスクをしているので顔はハッキリとは分からないが、これ
ひょっとしてのび太のパパなんじゃ……。
「そんな筈ないだろう!」
 両手で雀卓を激しく叩きながら、パパが真っ向から噛みついてきた。SMクラ
ブではなく麻雀の話だ。
「この手をよく見てくれよ。さっきセワシくんがアガったのと全く同じ手じゃ
ないか。セワシくんのが役満でパパのがチョンボだなんて、ちょっと納得がい
かないぞ!」
 珍しく憤懣やるかたないパパの剣幕にもセワシは動じない。セワシは落ち着
いた口調で麻雀の理を語り出した。
「さっきの俺の役満は、手牌がどうだとかはまったく関係ないんだよ」
「それじゃあ一体、何が関係あると言うのかね!?」
「腰だよ、コ・シ!」
 脇腹の下あたりをポンポン叩くセワシを見て、パパの表情に狼狽が走った。
「こ、腰?」
「そうだよ。俺がアガった時、こうやって腰を動かしただろ? この腰つきが
役満だったんだよ。見てなかったのか?」
 セワシは立ち上がって、腰を二回ほど艶めかしくくねらせた。
「セワシくんの言う通りだよ。麻雀は腰でアガるといっても過言じゃない位、
下半身の使い方が重要なんだからね。こうだよ、こう!」
 ドラえもんとドラミも、セワシと同様に腰をぐいんぐいんぶん回し始めた。
ドラム缶体型のロボットに腰などある筈もないのだが、そんな瑣末な突っ込み
を入れる心のゆとりは、今のパパにはない。
「そうか、腰かあ……」
 ガクリと首をうなだれて、パパは三人に謝罪した。本当に申し訳なさそうに
涙すら流して謝った。
「正直、目の前の牌ばかりに気を取られて、セワシくんの腰には全く目が行か
なかったよ。自分のうかつさを棚に上げて、さっきから君たちを疑ってばっか
りだな。本当にすまなかった。こんなダメなパパだけど、引き続き麻雀を教え
てくれ。改めてお願いするよ。この通り!」
「パパさんは土下座の達人だな。まあ顔を上げなよ。誰にだって間違いはある
んだからさ」
「そうよパパさん。パパさんみたいな極上の獲物を、私たちがみすみす手放す
訳ないじゃない。たとえパパさんがもうカンベンと言ったって、こっちから引
き留めたいぐらいだわ」
「壁にも天井にもまだまだ余裕があるし、床に至ってはほとんど手つかずとい
った体たらくじゃないか。部屋中を借用書で埋め尽くすまで、パパさんガンバ!」
「みんなありがとー!」
 感極まってドラえもんに抱きついたパパの背中を、セワシとドラミが優しく
なでさすった。固い絆で結ばれた四人であったが、本気で感動しているのはパ
パだけである。
「さあ麻雀すっぞ麻雀! パパさん、サイコロ振って」
 セワシがパパを引っぺがして、不発に終わったアナル大爆発を乱暴に崩して
次局の準備に取りかかった、その時。
 ミヨーン。ミヨーン。ミヨーン。
 ディストーションの効いた電子音と共に、勉強机の上のサイレンが回り始め
た。雀荘ノースウエストに遠征中ののび太が窮地に陥るとサイレンが鳴って、
モニターに実況映像が映し出される仕組みだった。期待に反してここまで沈黙
を守ってきたのだが、とうとう宴の幕が上がった。ミンクのコートを羽織って
鼻の穴にサイコロを詰めたパパを放ったらかして、三人はモニターに映ったの
び太を見た。


続く
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