怒涛の三人リーチによる飛びのピンチを回避して、その上三バカ包囲網の一
角であるしずかの心をへし折って再起不能に追いやった。しずかは放心状態で、
麻雀牌を箸でつまんでザルに移す作業に没頭している。
「オーラスの親は僕だし、もし役満をアガったら奇跡の逆転トップだし、万一
負けても僕はジャイアンの代理なんだから、お金は当然ジャイアン持ち。僕だ
けこんなに幸せでいーのかしら!?」
のび太の胸は喜びに躍ったが、世の中はそんなにうまい話ばかりではない。
「国家レベルで考えたら、僕って所詮は社会のゴミ虫だよね。麻雀の勝ち分で
一生暮らせる訳はないし、お金がなくなったら底辺で野垂れ死ぬだけだし」
ところで、なぜのび太だけ全裸なのか。これは一種の差別ではないのか。
「何かだんだん腹が立ってきたぞ。誰のせいだ? 俺の怒りは誰のせいだ?」
「貴様のせいだなスネ夫!」
のび太は怒りにわなないて、スネ夫をビッと指さした。
「何で突然怒り出してんだよ。いいからさっさとツモれよチンカス」
いちいちまともに付き合っていたらキリがない。長い付き合いでのび太の妄
想癖を知り尽くしているスネ夫は、のび太のご指名には一切取り合わなかった。
南二局一本場は、すでに始まっている。
「どいつもこいつも俺のことを馬鹿にしやがって! 俺が総理大臣になったら
お前ら全員オナニー大臣に任命してやる!」
ますます妄想に磨きのかかるのび太だが、それはともかく次の標的はスネ夫
に決まった。憎悪のたぎりを指先に込め、山から取ってきた13牌を理牌した。













悪くはない。
がポンできれば、役が成立してリャンシャンテンになる。
テンパイ時の待ちが若干苦しくなりそうな牌姿ではあるが、早い巡目であれば
どうとでもなるだろう。のび太の第一ツモ、
。打
。
「おっすし、おっすしー」
下家のしずかは、牌を炭火であぶって醤油につけて口に運んだが、食べる寸
前で下に落ちた。
だった。この女のやっていることが麻雀かどうかは意見の
分かれるところであるが、とりあえず
は捨て牌として成立させた。
「ポン!」
すかさずのび太が鳴きを入れた。三枚の
を場にさらし、打
。これで一
翻確定だ。
「とう!」
次巡、
をツモって打
。のび太のクセして早くもテンパイである。











←ポン
テンパイはしたものの、
単騎ではあがりの目は薄い。ロンもツモもまま
ならずに悶え苦しむのび太の前に、大きな壁が立ちふさがった。
「リーチ」
八巡目、アカギが
を横に曲げた。のび太に対する嘲りとも慈しみともと
れる笑みを浮かべているが、何も考えていないともとれる。
「まだまだ!」
二巡後、のび太の手も動いた。
ツモ。
を切れば、
と
のノベタ
ンとなる。
「上等だコンニャロ! アカギだかパラダイス銀河だか知らねーが、当たれる
もんなら当たってみやがれ!」
「待った!」
いつの間にか起きていたジャイアンが、
を握りしめたのび太の右腕を強い
力でつかんだ。両目に目ヤニをびっしりつけて、ナイトキャップまでかぶって
いる。こんな寝ぼすけクンに説教をかまされる筋合いなど全くないのだが、心
優しきのび太はとりあえず話を聞いてやることにした。
「なんだよ発情期かゴリラ。それともジャングルが恋しくなったのか?」
「その
、切るのか?」
「そりゃ切るに決まってんだろ。切ったらいけない理由でもあるのかよ」
「ちょっとこっちに来てくれ。まだ
は切るんじゃねえぞ」
ジャイアンは別の卓に座って牌を並べた。強気だったのび太もただならぬ雰
囲気を感じて、ジャイアンの隣の席に座った。
は切りたかったので切った。














「
か
のどちらかを切ればテンパイというケースだ。のび太だったらどっ
ちを切る?」
「ロン」
「そりゃ
だよ。
でアガれば、ピンフの上にタンヤオもつくからね」
「だろ。目いっぱいに手を広げたくて、この

を最後まで持っている
打ち手が結構いるんだ。この場合、
と
が当たり牌ということになる。
に対する
とか、
に対する
と
とか捨て牌を挟んだ両
側のスジをマタギスジと言って、終盤に切られた牌のマタギスジはすっげえ危
険なんだよ。分かったな。分かったら
は切るな。絶対に切るなよ!」













「リーチピンフドラ一。5,800点の一本場は6,100点」
「はい、6,100点」
のび太はアカギに点棒を払って、そしてジャイアンに言った。
「分かったよジャイアン、終盤のマタギスジは危険なんだね。次に覚えてたら
考える素振りくらいはしてやるから、安心して夢の続きを見てくれたまえ!」
「分かってくれたかのび太くん!」
ジャイアンはのび太をひしと抱きしめて、再びベッドに潜り込んだ。そして
あっという間に嵐のような大いびきをかき始めた。南二局二本場。
「講釈もうるさかったけどいびきはもっとうるさいなあ。しかも僕が
を強打
してアカギにロンされたの、コイツ絶対気づいてないよね。役に立たないから
マジで一生寝ててほしいんですけど」
「今の発言はぜんぶ録音してるからな。ジャイアンが起きたら聞かせるからな」
「いーよ別に。その前にジャイアンの鼓膜を破るから」
「いいなら鼓膜を破る必要はねーだろ。お前ジャイアンに対して失礼すぎるぞ」
のび太のジャイアンへの無礼を、ジャイアンを裏切ったスネ夫が叱るという
居直り強盗のようなやり取りだったが、スネ夫はもう少しアカギに注意を払う
べきだった。スネ夫が手なりで切り飛ばした
を、アカギの悪魔の双眸が鋭く
射抜いた。
「ロン」













「タンピン三色。11,600点の二本場は12,200点」
「わーお!」
スネ夫は隙だらけの背中を袈裟懸けに斬られて、椅子から転げ落ちた。
「このオッサンはスネ夫の仲間なんだよね? なんでさっきからしずかちゃん
の邪魔とかスネ夫からロンしたりとか、二人を地獄に叩き落とすような真似ばっ
かりしてんの?」
のび太から言われて、スネ夫は激昂してまくし立てた。
「こっちが聞きてーよ! ここに来る前の雀荘で、ジャイアンがトイレに行っ
てる隙に俺としずかでアカギに話を持ちかけたんだよ。一緒に麻雀を打ちませ
んか、僕ら二人と手を組んで、今ションベン垂れてる偉そうなデブに世の中の
厳しさを教えてやりませんかって。おいアカギ、その時お前、ウンって頷いた
よな? え、そこんとこどーなんだよ! 敵がデブからメガネに変わった程度
で同盟を破棄するのか? さては貴様、職歴なしのスーパーニートだろ!」
「ククク……」
どんなにスネ夫が喚こうとも、一旦暴走を始めたアカギはもう止まらない。
南二局三本場。
「ロン」












←ロン
「ホンイツイッツー
。ククク……」
「ほげー」
しずか、残り600点。南二局四本場。
「ククク……」












←ロン
「ククク……」
「ほげー」
スネ夫、残り800点。いちいち役と点数を申告するのが面倒臭くなったのか、
アカギはもうクククしか言わなくなった。廃人同様のしずかと、しずかに続い
て魂を抜かれたスネ夫の二人も、ほげー以外の言葉を忘れてしまったようだ。
「ククク……」
アカギはのび太の前に手を出した。のび太は思わず千点棒をその手に乗せた。
「ちょっと待て。なんで俺がお前に1,000点あげる必要がある?」
「ククク……」
「さては1,000点くれたら儲けものぐらいの感覚だったろ! 返せバカ!」
もう遅い。一度もらったものを返せと言われて、はいそうですかと素直に返
すアカギではない。ファミコン時代を彷彿とさせる裏技で虎の子の1,000点を
失い、のび太の点数は残り200点になった。
「ククク……」
完全にアカギの独壇場となった。南二局四本場終了時点で、四人の点数はご
覧の有様である。
アカギ |
98,400点 |
スネ夫 |
800点 |
しずか |
600点 |
のび太 |
200点 |
ジャイアン |
時価 |
熟睡中のジャイアンを除いたスネ夫、しずか、のび太は、いずれも死を待つ
のみの虫の息状態である。華麗なるアカギマジックに魅入られた三人に、起死
回生のチャンスは万に一つも残されていない。
「助けてー!」
絶望の淵に立たされたのび太が、最後の希望を託して叫んだ。アカギという
名の怪物に闘いを挑んだ無謀な少年の、悲痛な魂の叫びである。
「ドラえもーん! 助けてー!」
続く
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