赤木しげる。
およそ麻雀の世界に生きる人間で、その名を知らない者はいない。巷間曰く、
1,000点20円の雀荘で五億円勝って老人を破滅においやったとか、巨人の助っ
人として来日したが麻雀牌より重いものが持てないので解雇されたとか、髪が
真っ白なのはネズミに耳をかじられたからだとか、そんな噂が噂とは思えない
ほどの悪魔的な強さを誇る、伝説の雀鬼である。
伝説の雀鬼アカギは、ジャイアンのパンチで目から血を噴いて仰向けにぶっ
倒れた。
「さて対局を再開するぞ諸君」
ジャイアンはアカギの顔面をドタ足で踏みつけて自分の席に戻った。スネ夫
としずかも席に戻って、ピクリとも動かないアカギの脇腹を激しく蹴りつけた。
「いつまで寝てんすかアカギさん。とっとと席に座ってくださいよウスノロ」
「ククク……」
アカギは笑いながらよろよろと起き上がって席に座った。南一局、しずかの
親から対局再開した。奥の窓ガラスが割れて何かが転がり込んできたようだが
誰も気にとめない。
「スネ夫としずかなんぞいなくても、オレ様の実力なら余裕で勝てるぞ!」
孤立無援となったジャイアンだが闘志は衰えておらず、対面のアカギを激し
く睨み付けている。スネ夫としずかは、今や完全にアカギのしもべであった。
「オラとっとと切れよ天才。どうせ何にも考えてねーのにダラダラと時間ばっ
かりかけやがって。小学生相手に長考ぶっこいてんじゃねーよ」
スネ夫はアカギの後頭部を便所のスリッパで張り飛ばした。
「白髪なんか生やしたって騙されないわよ、アンタ童貞でしょ。違うんだった
ら今すぐパンツ下ろして得意の体位を見せてみなさいよ。どーなのよ雀鬼」
しずかはアカギの股間に焼きゴテを押し付けた。ジャイアンにボコられて醜
態をさらしたアカギに対する畏敬の念など、すでにかけらもないスネ夫としず
かであった。
「よし!」
全裸の少年が部屋をうろつき回る一方、ジャイアンが好牌をツモった。












←ツモ
を切ればテンパイだ。ドラの
ならばタンピン三色イーペーコードラ一
でハネマン確定だが、
でアガった場合はピンフイーペーコーで2,000点にし
かならない。トップのアカギとの差は30,000点以上。ここは何としてもハネマ
ンが欲しい。
「ここはこうだ!」
を切ったがリーチはかけない。このメンツがおいそれとドラを切るとは
思えないが、ダマテンに全てをかける算段だ。テンパイしてもリーチをかけな
い状態をダマテン、あるいはヤミテンという。手替わりを期待して、あえてリ
ーチを保留している状態は仮テン(カリテン)と呼ぶ。
「はいタケシさん、安い方の
」
ジャイアンはしずかの切った
を当然のように見送った。
「はいジャイアンくん、高い方の
。アガッてごらん」
「ククク……」
あくまでも
狙いのジャイアンをあざ笑うかのように、アカギとスネ夫は
続けざまに
を切り飛ばした。しずかの
を見逃しているので、同巡に切ら
れた
ではフリテンとなってアガることができない。
「てめくそコンニャロー!」
結局、スネ夫がチートイツをツモってさらりと場を流した。ジャイアンは怒
りで我を忘れ、全裸の少年が運んできたコーヒーに口もつけない。
「これはダメな配牌ですねー」
南二局。スネ夫としずかとアカギの配牌はイマイチなので不満だった。不満
を抱えたままでは体に悪い。体に悪いのはイヤなので、三人の配牌をいったん
混ぜていい手になるように組み直した。
「いくら何でもそれはやり過ぎなんじゃねーのかオイ!」
ジャイアンの主張はもっともだが、それに対するスネ夫としずかの答えはさ
らにもっともであった。
「寝言ほざいてんじゃねーよ。今まで散々いい目を見てきたんだから、ちょっ
とオチャメをされたぐらいでピーピーさえずってんじゃねーよ。犯すぞ」
「そんな事言うんだったら、タケシさんも誰かと組んで好き放題やったらいい
じゃない。ほら仲間を呼びなさいよ、来るはずもない仲間をね!」
アカギは薄ら笑いをしながら黙って腕を組んでいた。自分の意見が何もない
ヘコキムシなのであった。
「確かに仲間を呼んだって来るはずはねーな。だが貴様らのお守りなんぞオレ
様一人で充分だ!」
ジャイアンの心意気はあっぱれだが、百戦錬磨の三人が相手ではさすがのジャ
イアンも多勢に無勢である。破局は三巡目にやってきた。全裸の少年が構って
もらいたげに指をくわえて突っ立っている。
「リーチ」
「リーチ」
「リーチ」
アカギ、スネ夫、しずかが立て続けにリーチをかけた。対するジャイアンは
まだサンシャンテンだった。三人は両手を手牌にかけて、いつでもロンと言え
る体勢で邪悪な笑みを浮かべた。ジャイアンは後ろを振り返って泣き叫んだ。
「のび太くん、哀れなオレ様を助けてくれ!」
「気づいてんなら最初っから声かけろよクソデブ!」
のび太の怒りが一番もっともだった。
続く
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