日曜日の夜更けの街は、声を殺して泣いている気がする。駅にも通りにも人
影はなく、やけに明るいコンビニの照明がいっそう物悲しい。まもなく訪れる
月曜日の朝に備えて、人々は休日最後のわずかな時間を静かに過ごしていた。
「月曜日って日曜日のことでしょポーン!」
「ツーキンラッシュってプロレスの技ですかチー!」
 雀荘の客は全然クソ元気だった。彼らの辞書には勤労意欲の文字はない。ど
の雀荘のどの卓も、麻雀という名の魔物に魅入られた廃人どもで大賑わいだ。
雀士どもの夜は、まさにこれから始まろうとしていた。


 駅前雀荘ノースウエストで、男三人と女一人のメンツが麻雀を打っていた。
裸電球が弱々しく明滅を繰り返す店内には、ほかの客も店員もいない。
「リーチ」
 東二局、黒シャツ姿の男がリーチをかけた。同時に対面の大柄なゴリラ男が、
黒シャツ男の胸倉をつかんで怒声を上げた。
「オレ様相手に無断でリーチをかけるとはいい度胸だ! スネ夫としずかはリー
チの前にちゃんとオレ様に報告するぞ!」
「それオレたちがグルだって言ってるようなもんじゃねーか。お前ホントに脳
みそあんの?」
「そうよタケシさん。あなたホントに脳みそあるの? あるなら今ここでスラ
イスしてごま油で食べさせてちょうだい」
「ククク……」
 胸倉をつかまれている黒シャツは、ジャイアンたちと別の雀荘で知り合った
男だ。スネ夫としずかの突っ込みには特にのらず、静かな笑みを浮かべている。
 ジャイアンがバラした通り、この勝負は黒シャツ男をカモにするためジャイ
アン軍団が手を組んだ超ハンデ戦だった。ジャイアンたちの何気ない日常会話
も、言うまでもなく通しのサインだ。
「通し」とは、仲間内で持っている牌や必要牌を教えあう、イカサマの一種で
ある。小道具によるサインやゼスチャーなどさまざまな伝達方法があるが、ジ
ャイアンたちが使っているのは会話による通しである。
「ロン!」
 スネ夫の切ったはジャイアンの当たり牌だった。



「ピンフのみだコンニャロー!」
 親の黒シャツ男のリーチはあえなく流された。スネ夫がわざとジャイアンの
ノミ手に振り込んだのだ。しかし黒シャツ男はショックを受けた様子もなく、
淡々と手牌を崩して全自動卓の穴に落とした。
「どうだ悔しいか! オレ様の泣き叫ぶ顔が目に見えるようだ!」
「なんでジャイアンが泣くんだよ。キミには笑顔が一番似合うんだから何も考
えずにゲハゲハ笑ってりゃいいんだよ」
「そうよタケシさん。そして死ぬ直前だけ苦悶に顔をゆがませて地獄に堕ちれ
ばいいと思うの」
 普通に仲のいい会話なのに、それすら通しのサインであった。東四局、親は
ジャイアン。まずジャイアンが先制リーチをかけて、すぐに黒シャツ男も追っ
かけリーチをかけた。
「一発ツモじゃなかったらオレ様は死ぬぜー!」
 ジャイアンがツモったのは生牌(ションパイ)だった。場に一枚もさ
らされていない牌をションパイという。余裕ぶっこきだったジャイアンの顔に、
わずかに動揺が走った。
「スネ夫くん、実に気持ちのいい朝だね。絶好のオナニー日和だよね」
 ジャイアンはスネ夫に通しのサインを送った。翻訳すると下記の通りである。
なんかツモっちまったよ、どうしよどうしよ?)
「まだ夜だバカ。あとオナニーするなら勝手にしろよ、見ててやっから」
なら俺がアンコで持ってるよ。みっともないからそんなにオタオタすん
なよ)
「そうよタケシさん。あなたのオナニーは都会を潤す一面の銀世界なの」
(私がを四枚持ってるから国士無双もないわよ。さっさと切っちまいなさ
いよこのグズ)
 は安全牌であることが判明した。ジャイアンは喜びのあまり雀卓の角に
額をガンガン打ちつけながらを切った。
「当たれるもんなら当たってみやがれ!」
「ロン」
 黒シャツ男は抑揚のない声で言い放ち、静かに手牌を倒した。



「大三元。32,000点」
 ジャイアンの額から鮮血が噴き出した。ジャイアンは土佐犬に吠えるチワワ
のように、スネ夫としずかに怒鳴り散らした。
「てめーらも全部持ってるって言ったじゃねーか! ところで血に染
まったオレ様の顔って究極のダンディーだとは思わんかね!」
「かけらも思いません。ちなみに俺はお前の事が大嫌いだ。なぜならお前の店
で小麦粉を買ったら実は覚醒剤で、食って死にかけた事があるからだ。覚醒剤
を小麦粉なみの値段で売るお前ら家族のバカさ加減が大嫌いだ!」
 これは通しのサインではなかった。スネ夫は死にかけた後、残った覚醒剤を
転売して大儲けしたのだが、ジャイアンを好き嫌いとは全くの別問題である。
「タケシさん、脂肪線の割れ目が縁の切れ目なのよ。アメリカ人みたいに肉ば
っか食ってないで、たまには青物もとらないとね。はいコレあげる!」
 しずかは床に大量のスペアリブをぶちまけた。青物に見せかけてジャイアン
にさらなる脂肪分を摂取させる、悪魔のようなしずかの謀略であった。
「お前らー!」
 心の友であったスネ夫としずかの突然の裏切りに、ジャイアンの怒りは爆発
した。
「絶対に許さん! 半殺しにしてぶっ殺して線香あげて訴えてやる!」
 ジャイアンはスネ夫としずかに襲いかかった。さしものスネ夫としずかも暴
力勝負では分が悪いので、黒シャツ男の背中に隠れて叫んだ。
「あんなゴリラやっちゃって下さいよ、アカギさん!」


続く


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