鳴りっぱなしの携帯電話を、Kはのび太の机に飾られたドクロの頭の上に置
いた。バイブ設定の携帯電話の振動がドクロに伝わって、顎の骨をパクパクさ
せ始めた。顎の動きに合わせて、Kのアフレコが入った。
「博士、僕です! 助手のKです! 実験は大成功です!」
「いいからさっさと電話に出ろよ」
 のび太に諭されて、Kはしぶしぶ通話ボタンを押した。二言三言の短いやり
取りで電話を切り、のび太に向き直った。
「のび太くん、残念ながらタイムアップだよ。ピンフとタンヤオぐらいは教え
てあげたかったけど、それは他の人にお任せするよ」
 Kはそう言って帰り支度を始めた。愛する父親の訃報に接して、さすがのKも
笑いが止まらない様子である。
「そうか、親父がくたばったか。あーかわいそ。これ、少ないけど香典ね」
 のび太はKに二枚の紙切れを手渡した。ドラえもん達に書かされた借用書の
控えだった。
「一応もらっておくけど、借りたお金は自分でキチンと返そうね。今の電話だ
けど、親父の死亡コールじゃなかったよ」
「なんだ、違うのか」
「うん。親父が死んだら電話じゃなくて、町内の民家にランダムに仕掛けた爆
弾が一斉に爆発することになってるから」
「完全にテロリストじゃねーか」
「うへー! 親父にだってそんなこと言われたことないのに、ひどいなあ!」
「だから、その親父がテロリストの親分なんだろーがよ」
「あ、そうか。じゃあいいや」
 借用書の控えをポケットに押し込み、Kはのび太に右手を差し出した。
「のび太くん、これでお別れだ。ひょっとしたらもう二度と会えないかもしれ
ないけど、元気でね」
 Kの右手をなんとなく握り返して、のび太は曖昧に頷いた。
「う、うん。何だかよく分かんないけど、とりあえず他人様の家では靴を脱ぐ
ようにしような」
 結局、最後の最後まで土足を貫き通したKであった。Kのドタドタという靴音
が階段を降り切る前に、玄関のドアが開く音と「あれ、Kくんじゃないか」と
いう声が聞こえた。ドラえもんのご帰宅だ。
「お久しぶり」とか「Kくん、次のパーティーにも誘ってくれよ」とかいった
会話があって、もう一度玄関のドアが開く音がした。ほどなく、ふすまの横の
壁に大穴が開いて、ドラえもんの油ぎった肥満体がのび太の部屋にぶよんと転
がり込んだ。ドラミとセワシはふすまから部屋に入ってきた。
「のび太くん、今帰ったよ!」
「なんでドラえもんだけ通り抜けフープなんだよ。普通にふすまから入ってく
りゃいーじゃねーか」
「僕ってほら、一応ドラえもんじゃん? たまに秘密道具を使っておかないと
誰だか分からなくなっちゃうと思ってさ」
「要するに、デブが進行してふすまから出入りできなくなったんだな」
「そういうこと。ところで、麻雀の勉強はキチンとしてたのかな?」
 のび太はドラえもんに今までのあらましを説明した。記憶のあやふやな部分
はセワシが適当にでっちあげて補ったので、話の途中でのび太が女子校を退学
になるなどの若干の展開の飛躍が見られた。それでも、Kが麻雀を教えてくれ
たという事はなんとか伝わったようだ。
 話を聞き終えたドラえもんが、腕組みをして考え込んでいる。考えると言う
より、不思議に堪えないといった顔つきだ。
 長い間黙り込んでいたが、意を決したようにのび太に尋ねた。
「あのさ、Kくんっていうのは、クラスメートのKくん?」
「もちろんそのKだよ。他にKなんて知り合いはいないからね」
「顔が似ているだけで実は別人だった、なんてことはない? ちゃんとDNA鑑
定で本人識別した?」
「なんで友達相手にそこまでしなきゃいけないんだよ。実際にKと会って話を
した僕が、あいつはKだって言ってるんだから、それで充分だろ」
「それじゃあ、のび太くんの部屋にきて、のび太くんに麻雀を教えてさっき帰
ったという人間は、のび太くんのクラスメートのKくんに間違いないんだね?」
「しつけーな! だからさっきからKだって言ってるじゃねーか! 耳だけじ
ゃなくて脳までネズミに食われたのか!?」
「先月、学校の裏山が大噴火したのは覚えてる? 土石流に呑み込まれて家族
全員が亡くなったのって、確かKくんじゃなかったっけ。Kくん自身も遺体で発
見された筈だよ」
「あ………」
 今度はのび太が絶句する番だった。ドラえもんは窓から顔を出して夜空を見
上げた。霞のような無数の星の中に、ひときわ大きな星の輝きが流れて消えた。
ような気がした。
「Kくんの魂は天国にのぼったけど、神様にわがままを言って、一日だけの自
由をもらった。その最後の一日で、のび太くんに麻雀を教えたんだよ」
「いや待てよ。Kは死んでねーだろ。毎日バカみたいに学校来てるしさ」
 のび太の指摘もなんのその、惜別と感動のドラえもんワールドはさらなる広
がりを見せる。
「きっと、のび太くんのことが心残りだったんだよ。麻雀を覚えて立派な大人
になって欲しい。僕の分まで幸せになって欲しいってね」
「だいたい、噴火って何の話だよ。あんな枯れきったクソ山が噴火なんてする
訳ねーだろ」
「Kくんは、のび太くんのことが大好きだったんだよ。だから大人になっても、
たまには思い出してあげようね。君が子供の頃、君といつも一緒だったKくん
っていう親友のことをさ」
「そういえばドラえもん、次のパーティーがどうとかKにお願いしてたよな。
パーティーって何だよ。酒池肉林か? 中出し上等か? なんでいつも俺だけ
除け者なんだよ!」
「うっせーな! Kは死んだって事にした方が気分が出るだろバカ! テメー
なんざKの成れの果てと一生ピロートークしてろや!」
 怒れるドラえもんが、机の上のドクロをのび太にぶん投げた。
「これのどこがKのドクロなんだよ! ちゃんと近所の肉屋の裏口で拾ってき
た由緒正しい人骨なんだぞ!」
 のび太はドクロをドラえもんに投げ返した。ドラえもんも負けじと投げ返す。
「それがどーしたんだよ! Kの肉が肉屋に陳列されてっかもしんねーだろ!」
 仏様をオモチャにして弄ぶ二人の間に、ドラミが割って入ってきた。
「それじゃ復元してみましょ。そうすれば、このドクロがKさんかそうじゃな
いのか、ハッキリするでしょ」
 のび太の部屋を右往左往するドクロをインターセプトして、ドラミはヘラで
粘土を盛りつけ始めた。だんだんと、何かの形が浮かび上がってくる。
「ハイ、できあがり!」



「先生!」
 ドラえもんは大きく目を見開いて、覆い被さるようにして元ドクロ、現タヌ
キの置物に抱きついた。
「先生、こんな姿になっちまって! 一体、一体誰に殺られたんですか!」
「ドクロを復元したのに全身像になるんだ。ドラミちゃんってすごいね」
 本当にビックリした様子ののび太も目に入らないかのように、ドラミもまた
衝撃を受けているようだ。
「お兄ちゃん、先生が生前おっしゃってたわ。自分に万が一のことがあったら、
ドラえもんとあたしに党を率いて欲しいって。哀しんでる場合じゃないわよ!」
「先生、わかりもした! おいどん達が先生のお志を引き継いで、必ずや日本
に革命の嵐を吹かせてみせもす! 先生は、どうぞ天国からごゆるりと見守っ
てたもし!」
「先生!」
「センセイ!」
 悲憤慷慨のドラえもんとドラミを見ている内に、のび太も何だか泣きたくな
った。タヌキの頭にそっと手をのせ、そしてヒシと抱きしめた。
「せんせーい!」


 三人のせんせいコールが渦を巻く中、セワシが窓から身を乗り出して大きく
手を振った。Kが笑ってそれに応えて、黒塗りのリムジンに乗り込んだ。
 明日の今頃は、ハリウッドで新作のクランクインだ。日本の小学校に生徒と
して潜り込んだのも演技の勉強のためだったが、来週からはしばらく休学せね
ばなるまい。
 トルクの低い音を響かせて、リムジンは走り去った。セワシと庭の野良犬の
墓標だけが、去り行くKを見送った。
 土足とマスオを愛する男、K。またの名を、キアヌ・リーブス。


続く
戻る

TOPへ