のび太にシカトされて半ベソ状態のジャイアンを、何とかなだめすかして席
に座らせた。スネ夫、しずか、ドラミ、ケンシロウのメンツで新しい半荘がス
タートした。
「店の食材が底をついたっす! 開店以来はじめての快挙っす! ただしお金
は一切もらってないから店の損害は計り知れないっすー!」
 ケンシロウは嬉しそうに言った。はだけた胸元にはたまたま七粒のトウモロ
コシが貼り付いている。店長は氷付けのままだ。
「なんで嬉しそうなんだよ」
「セワシさん、お客さんの満足そうな顔を見るっす! 店長はお金お金言うけ
ど、お客さんの心はお金じゃ買えないんすよ。あたたた!」
 ケンシロウはそう言って、セワシの額を人差し指の先で何度も小突いた。本
名を明かしてから、ずっとこの調子で大はしゃぎのケンシロウである。強いイ
ラ立ちを覚えたセワシだが、もっともらしい御託をぬかすケンシロウにあえて
反論はせず、ドラえもんの隣に腰を下ろしてジョッキに口をつけた。
「さあ、またまたリーチっすよ! お前らはすでに死んでいるっす!」
 名乗ってから急に北斗の拳になった意味がまったく不明だが、とにかくケン
シロウは牌を曲げた。三巡後、ドラミが無防備に切り出したに、
「ロン!」
と、アホ面をゆがませて手牌を倒した。



「九連宝燈、32,000点。高くてどーもスンマセン!」
「ほあたあ!」
 ケンシロウのお株を奪う気合い一発、ドラミが上家のスネ夫の襟首を掴んで
厨房に投げ飛ばした。
「おっと危ない!」
 スネ夫は体を捻って見事に着地して、冷蔵庫の温度調節つまみを回した。『強』
から『中』へ、『中』から『弱』へ、そして『弱』から『ゾンビ』へ。
「よっこいしょ」
 セワシも動いた。退かぬ媚びぬ顧みぬ状態のケンシロウの顔に山盛りの七味
とうがらしを投げつけて目をつぶし、空のジョッキを後頭部に叩きつけた。そ
して卒倒したケンシロウに馬乗りになった。
「お前な、改名しろ」
「なんでっすか!?」
「北斗の拳ネタはな、みんなやりすぎてお腹いっぱいなんだよ。だからたった
今からお前の名前は便所サンダルシロウだ! 分かったな便所サンダルシロウ!」
「それ名前でも何でもないじゃないすか! 店長助けてー!」
 ケンシロウ改め便所サンダルシロウの悲痛な叫びが届いたか、冷蔵庫の扉が
軋みを上げてゆっくりと開いた。異様な臭気と粘っこい煙が店内に充満し、扉
の奥でいくつもの目が鈍く光った。つまみをゾンビにしたせいで、店長たちは
ゾンビになっていた。
「ゲシャシャー!」
 ゾンビと化した店長達が、野獣のような咆哮をあげて便所サンダルシロウ目
がけて襲い掛かった。
「わー!」
 恐怖におののく便所サンダルシロウの向こうで、ドラえもんがビデオカメラ
を回している。ゾンビの群れにもみくちゃにされた便所サンダルシロウの前で、
セワシがしゃべり始めた。
「ピンフとくれば、次はタンヤオだ。後ろの便所サンダルくんがうってつけの
手をアガってくれたんで、それを教材にして説明するぞ」
「自分はタンヤオじゃなくて九連宝燈をアガッたんすけど?」
 ゾンビに頭をかじられながらも、便所サンダルシロウが雀卓に這い寄って手
牌を確認すると……。

 ←ロン

「マジすかー! いくら何でもすり替え過ぎっすー!」
「うっさいわね」
 ドラミが便所サンダルシロウの後頭部にドタ足を乗せた。すり替えた萬子を
片手でジャラジャラいわせている。
「便所サンダルの分際であたしからアガろうなんて100年早いのよ。避妊も満
足に出来ないくせにイキがってんじゃないわよ!」
「撤収ー!」
 スネ夫の吹いたホイッスルの音を合図に、ゾンビの群れがくるりと反転し、
泣き叫ぶ便所サンダルシロウを引きずったまま冷蔵庫の中へと帰っていった。
スネ夫は床に爪を立てて踏みとどまる便所サンダルシロウを無理やり押し込み、
冷蔵庫の扉を閉めた。そして温度調節つまみを『マグマ』に合わせてこちらに
戻ってきた。何事もなかったかのように、セワシがタンヤオの説明を続けた。
「タンヤオというのは、萬子、筒子、索子の2から8までの牌で作る役だ。この
2から8までの数字牌を、総称して中張牌(チュンチャンパイ)という。使った
らいけない牌はの13牌。この13
牌はヤオチュウハイという。刻子があってもOK、鳴いてもOK、待ちの形も何で
もOKというとてもお手軽な役なんだが、注意すべき点が一つある」



「例えばこの手。ならばタンヤオが成立するが、ではタンヤオにならな
い。こういった場合は、リーチかメンゼンツモでないとでアガることはで
きない。鳴いている場合はリーチもメンゼンツモも不可能なので、でアガ
ることはできない。充分注意してくれ。鳴きの入ったタンヤオをクイタンとい
うんだが、このクイタンを認めないというルールもあるので、例によってゲー
ム前に確認しておくこと。タンヤオの説明は、これでおしまいだ」
 店の時計は22時を回っていた。腹も満ちたしのび太へのビデオレターも撮っ
たし、思い残すことは何もない。大仕事を終えたドラえもん一行は、威風堂々
荒れ果てた居酒屋を後にした。
 外に出てすぐ、ジャイアン達と別れた。居酒屋へ来る前にフリー雀荘で知り
合った男と、これからまた麻雀で一戦交えるという。はす向かいの喫茶店の窓
を叩いて、中の男を呼び出した。ドラえもんの知らない顔だ。
 四人連れ立って乗り込んだそのビルのエレベーターの昇降ランプが、5Fで止
まった。『雀荘ノースウエスト』と書いてあった。
 そこまで見届けると、ドラえもん達も家路についた。


 残っていた客もすべて帰った。閑散とした居酒屋の冷蔵庫の中で、便所サン
ダルシロウと店長たちはどんな夢を見ているのだろうか。
 ラマ僧がカウンター席から腰を上げて、出入り口へ向かった。空っぽのレジ
に2,000円を放り込んで、自動ドアの穴をくぐって街の雑踏に溶け込んでいっ
た。何だったんだよお前。
 駅前居酒屋本日の売り上げ、2,000円なり。


続く
戻る

TOPへ