「まさかさっきの業者!?」
 そんな素人集団と一緒にしてはいけない。入口のドアが破られて、完全武装
の特殊部隊が店内になだれ込んできた。どの隊員もヒマワリの種をクチャクチャ
噛んで、床に殻を吐き散らしている。
「お前が今日のクソ野郎かー!」
「ぐえっ」
 店員はどてっ腹にキックを喰らって地べたに這った。その口に隊員の一人が
レミントンM870を押し込んだ。
「もがー!」
 言葉にならない叫びをあげる店員を見て、特殊部隊は腹を抱えて大笑いした。
ほとんどがアメリカ人だが、チベットのラマ僧も一人まじっている。
「そんじゃ始めるわよー!」
 ドラミが三脚からカメラを外して、店員の惨めな姿をローアングルで録り始
めた。店員に馬乗りになったドラえもんが会心の笑顔で喋り始めた。
「やあのび太くん、元気? 死んでる? どっちでもいーや!」
 ドラえもんはカメラに向かって手を振った。そばにいた隊員がドラえもんと
一緒にファインダーに入って、舌を出して中指を突き立てた。
「そんなどうでもいいゴミクズののび太くんに、みんなでよってたかって平和
(ピンフ)を教えちゃうぞー!」

 ←ロン

「今回はなんと、のび太くんのために特別講師をお招きしたよ。おら、挨拶し
ろや」
 ドラえもんは店員の髪の毛を思い切り引っ張り上げた。銃をくわえたままの
店員の顔が上を向いたはずみで、トリガーにかかった隊員の指がかすかに動い
た。店員の顔中の汗が一気に引いた。
「むー!」
「むーじゃ分かんねーよ、むーじゃ。プリーズ」
 ドラえもんの合図で、隊員は店員の口から銃を引き抜いた。自由になった首
をエクソシストみたいにねじ曲げて、店員はドラえもんにどなり散らした。
「何なんすかコレ! 2,000点で自分のリーチが蹴られた復讐すか!」
「復讐? 何それ変なアニメの主人公がよく言うヤツ? この人たちならただ
の団体のお客さんじゃない? ボクなーんにも知らないよー」
 特殊部隊はうまそうにビールのジョッキを呷っている。早くもいい気分にな
った何人かが銃の試し打ちをおっ始めて、壁に無数の穴を開けていく。レジの
中身はすでに空っぽだった。セワシが次々とビールのおかわりを運んでくる。
「そんなしらじらしいウソ久しぶりに聞いたっすわー」
「えへへ、ぼくドラえもん。店員さんの名前はなんていうんだっけ?」
「自分の名前はケンシロウっす。世紀末救世主っぽくてイカス名前でしょ!」
「そうかもしれないしそうじゃないかもしれないねえ。はい特別講師でした!」
 ケンシロウの口に、再び銃が挿入された。特別講師の出番は終了である。ド
ラえもんは次にジャイアンを手招きで呼び、進行役をお願いした。
「ピンフの説明なんだけど、ジャイアンに任せちゃってもいいかな?」
 釈然としない顔で成り行きを見守っていたジャイアンが、こちらにやって来
た。ドラえもんの依頼に返答するより先に、まず聞きたいことがあった。
「なあドラえもん。のび太って死んだんだろ? さっきから一体誰に向かって
くっちゃべってんだ?」
「のび太くんに決まってるじゃないか。だいたい、誰が生きてるとか死んでる
とか、そんな小さな事にこだわってたらジャイアンの名がすたるってもんだよ」
「分かった。今日はジャイアンの名がすたった記念日なんでお祝いするぞ!」
「すたってないしお祝いしねーし。それよりさっさとピンフの説明しろよ」
「わたしアナタの事ジャイアンって呼ぶの超イヤなの。尿道になめくじを突っ
込んでヒーヒー言わすの」
 しずかは黒人隊員の尿道になめくじを突っ込んでヒーヒー言わせていた。ジャ
イアンはカメラに向かってピンフの説明を開始した。
「ピンフってのはアレだ。早い話、こんなんだ」

    

「四つの順子と一つのアタマで構成される。刻子が混ざっていたらピンフにな
らない。待ちはリャンメンに限る。シャボや単騎、カンチャンやペンチャン待
ちではいけない。アタマは役牌以外でつくること。役牌というのは東場の
南場の、東家の、南家の、西家の、北家の、それに
の三元牌。まあ、初めのうちは字牌をアタマにしなければ間違いはない。
鳴いてもダメだ。必ずメンゼンで仕上げること。で、だ。要するにだな……」

【ピンフになる例】



の変則リャンメン三面待ち

【ピンフにならない例】



待ちだが、 または の変則単騎待ち、
いわゆるノベ単騎なのでピンフにはならない





どちらもリャンメン待ちだが、上の手は暗刻、下の手は役牌のアタマが
あるのでピンフにはならない

【状況によってはピンフにならない例】



北家以外ならピンフになるが、北家であればアタマのが役牌になるので
ピンフにはならない。役牌が刻子ではないので、当然他の役もつかない

「とまあ、これがピンフの全貌だ。最も基本的な役の一つだから、次に俺たち
と打つ時までには最低ピンフは作れるようになっておけ。やいのび太、分かっ
たな?」
 しばしの沈黙が流れた。ジャイアンはのび太の返事を待っているのだ。カメ
ラに顔を近づけて、匂いを嗅いだりレンズに耳を当てたりするが、何の気配も
ない。
「おいドラえもん、のび太の返事がないぞ」
「ただのビデオカメラだからね。悟れば神の啓示とか聞こえるから待ってたら?」
「分かった。オレ、待つ」
 ジャイアンはうなづいて、ひたすらのび太の返事を待ち続けた。


 特殊部隊は引き揚げた。ケンシロウも解放された。床に散乱したヒマワリの
種を肴に、一人残ったラマ僧が水割りのグラスを傾ける。
 新しい半荘が始まり、ドラえもんとジャイアンが抜け番となった。電源を切
ったカメラの前に、それでもジャイアンは立っていた。聞いている筈のないの
び太に向かって、聞こえる筈のないのび太の名を呼び続けた。
「おーい。のび太ー」
 いつまでも、いつまでも呼び続けていた。


続く
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