ジャイアンは軟骨の唐揚げをビールで流し込んで、大きなため息をついた。
のび太の部屋で盗聴騒ぎが勃発したのとちょうど同じ時刻、場所は居酒屋の雀
卓であった。
「そうか、のび太は死んだか……」
深い哀しみにくれるジャイアンに、抜け番のドラミがこくりと頷いた。
「家に帰ってきたのび太さんが突然、俺は指揮者になるんだって言って、指揮
棒代わりの日本刀を振り回し始めたの。その刀で誤って喉をグサリと……。今
日は、タケシさん達と麻雀を打ってたんですってね。のび太さんの様子はどう
だった?」
同じく抜け番のしずかが、愁いに満ちた口調で答えた。
「いつもと変わらない、アホののび太さんだったわよ。豚の角煮をしげしげ眺
めて、麻雀っておいしそう、麻雀ってジューシーで柔らかいって。こんなこと
なら、一発ぐらいやらせてあげればよかった」
沈みがちな場の空気にカツを入れるべく、ドラえもんがドラのを切り飛
ばして横に曲げた。まだ三巡目の稲妻リーチである。
「まあ、過ぎたことをクヨクヨ言ってもしょうがないさ。僕らだって愛するの
び太くんを失ったショックは計り知れないけれど、ぐっと涙をこらえて居酒屋
に来たんだから。みんなで明るく、元気出していこう!」
「そうっすよ! なんだか知らないけど、酒呑んで麻雀打てばたいがいの問題
はどうでもよくなっちゃうもんすよ!」
横の店員がドラえもんに続いてリーチをかけ、売り物のビールをうまそうに
飲み干した。ちなみに現在の麻雀のメンツは、ジャイアン、スネ夫、ドラえも
ん、店員である。お通しカットがどうとかいうのは全部どこかにいった。
「いいこと言うじゃねえか店員、今日からお前のことをのび太と呼ぶぞ。おい
のび太、さっそくだが死んでくれ!」
「そういうギャグで本当に死ぬヤツもいるんだから、マジでやめろよお前」
「そうよタケシさん。わたしも麻雀打ちたいんだから、無駄口を叩く暇があっ
たらとっとと役満ふって昇天しちゃいなさいよ」
ジャイアンとスネ夫としずかが仲良く乳繰り合っていると、セワシが山ほど
の鉄板をワゴンに載せて戻ってきた。
「サイコロステーキ100皿お待ち! おら食えブタ共!」
店中の客がワゴンに群がって、サイコロステーキはあっという間になくなっ
た。セワシはいったん厨房の奥に戻って、次は軟骨の唐揚げ100人前を持って
きた。店員とドラえもんたちで検討した結果、すべてのメニューを無料にした
のであった。
「タダ酒タダ飯サイコー! 居酒屋の店員マジサイコー!」
「お前は店員なんだから喜んだらダメだろ」
店長をはじめ、すべてのスタッフを縛り上げて冷蔵庫に放り込んだので、も
はや店員の青春謳歌を止める者は誰もいなかった。
「それロンっすー!」
スネ夫の切ったは店員のロン牌だった。店員はあつあつのステーキを頬
張りながら手牌を開いた。
「リーチピンフ、ドラはなし。2,000点。安くてどーもすんませんっす!」
その瞬間、居酒屋の時が止まった。ドラミとしずかが無言で席を立ち、三脚
とビデオカメラをセットした。
「ん?」
ジャイアンが手羽先の骨で歯をほじくりながら、店員の右斜め後方にゆっく
りと移動した。ちょうど店員の退路を絶つ位置である。
「ん? なんすか?」
事態を把握できない店員をよそに、上家のドラえもんが卓の下に手を伸ばし
た。カチッというボタンを押したような音がして、すべての窓に鉄のシャッター
が下り、店中の照明が一斉に落ちた。真っ暗闇と化した店内で赤色灯が回転し、
サイレンの音がけたたましく鳴り響いた。
「こちら準備完了。突入せよー」
スネ夫の手にはいつの間にか無線機が握られており、交信が終わったと同時
に天井から爆音が降ってきた。店員はこれと全く同じ音を、先週見た戦争映画
の中で聞いた覚えがあった。あれはヘリのホバリング音だったか……。
「なんすか? なんすかなんすか?」
誰も店員に声をかけない。ドラえもんもドラミもジャイアンもスネ夫もしず
かも、そしてキムチチャーハン100人前のワゴンを押してきたセワシも、こと
ごとくチャーハンが冷めるほどの無表情である。
屋上から下へ、一階から上へ。非常階段を無数の靴音が響き渡り、その靴の
一つが入り口の自動ドアを蹴り破った。
続く
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