一億円を逃したのび太のショックは計り知れない。回転の止まったルーレッ
トをボンヤリと見て、もう一度百本のダーツを投げつけてすべてのマスに命中
した。もう忍者は出てこなかったがマスのシールがはがれて、はがれた下には
すべてタワシと書いてあった。
「ほら、役牌以外は全部ハズレだったんだよ。いやー、のび太くんラッキー!
ラッキーで嬉しい? 嬉しいよね? 僕も嬉しいから役牌の説明してあげるよ」
「どこに当たれば百万円もらえたんだよ」
陰気な声でKに尋ねたのび太の前に、Kは手鏡を突き付けた。のび太の額には
「金百萬円」と書いてあった。
「え! こんな所に!」
のび太は額に手をやったが、指の先にわずかに引っかかるような感触がある。
爪を立てて引っかかりをつまむと金百萬円の文字がはがれて、はがれた下には
「ロバート・イングランド」と書いてあった。
「だから百万円くれって言ってんだろ! エルム街の悪夢なんかもらったって
怖いだけじゃねーか!」
「うへー! のび太くん、ロバート・イングランド知ってるんだ。彼ね、僕の
友達なんだぜ」
「嘘つくなバカ。てめーは何様のつもりだ」
「そりゃ天下のハリウッドスター様さ。役牌っていうのは、刻子にするだけで
役になる牌のこと。翻牌(ファンパイ)という呼び方もある」
のび太との三文芝居を早々に切り上げ、Kは説明を開始した。
「役牌になるのは、の三元牌(サンゲンパイ)と、の
風牌(カゼハイ)。三元牌は常に役牌だけど、風牌を役牌として使うためには
条件がある。今から教えるからよく聞いててね。ってのび太くん、さっきから
何やってんの?」
のび太の首から上は、熊だった。先ほどの木彫りの熊がすっかり成長して、
のび太の頭にかぶりついていた。Kはポケットからチェーンソーを取り出した。
漫画みたいなポケットである。
熊を一寸刻みに解体して、のび太を救出した。のび太の首は健在であった。
「あー、死ぬかと思った。Kくん助けてくれてありがとう! なんて口が裂け
ても言えるかボケ! そもそもテメエが持ってきた熊じゃねーか!」
「まあいいじゃん。どうせ何食ったってクソになるんだし」
「俺が食われる所だったんだよ!」
「そうやって話を逸らしても無駄だよ。風牌を役牌として使うためには、その
風牌が場風または自風でなければならない。場風というのは、東場のと南
場ののこと。自風というのは、東家の、南家の、西家の、北家の
のこと。これ以外の牌は客風(オタカゼ)といって、刻子を揃えても役牌
にはならない。図に書いてまとめよう」
「例えば、東場の南家ではとが役牌となり、南場の西家ではと
が役牌となる。のび太くん、ここで東場の東家と南場の南家に注目してほしい」
「注目したらいくらくれるんだよ」
「はい、これあげる」
のび太の膝元に一円玉を転がした。
「わーい」
「東場の東家、つまり東場の親と南場の南家は、役牌として使える風牌が一種
類しかない。のび太くん、これは非常に不公平だと思わないかい?」
「思う思う。のび太のプライドにかけて思いますとも!」
「そりゃ結構。確かに、役牌の数が絞られるというのは、手作りにおいては不
利かもしれない。でも、その代わりに大きなメリットもあるんだ。どんなメリ
ットだと思う?」
「答えたらいくらくれるんだよ」
「はい、これあげる」
のび太の膝元に、指サックより少し大きめの薄手のゴム風船を放り投げた。
「わーい」
「僕が昨日使ったやつなんだけど、いらないからのび太くんにあげる。必要に
なる日がくるかもしれないから、大事に持っててね。東場の親のと南場の
南家のは、それぞれダブ東・ダブ南といって、通常の役牌よりも点数がア
ップするんだ。さて、ここからは実際に牌を使おう」
←ロン ←ポン
「東場でも南場でも、北家であればは役牌になる。役牌はメンゼンでも鳴
いてもOKなんだ。北家以外でははオタ風だから、この手には役がないこと
になる。つまりアガれない。はい次」
←ツモ ←カン
「東場であれば、は全員が役牌として使える。東場の親にとってはダブ東
ね。南場ではを役牌として使えるのは親のみだけど、が常に役牌なの
で、この手は場や風に関係なくアガれる。複数の役牌が手の中にある場合は、
それだけ点数もアップする」
一旦言葉を切ってのび太に目をやると、先ほどのゴム風船をふくらまして遊
んでいる。
「ああ、のび太くん、その風船には口をつけない方がいいと思うけどな。まあ
いいや。これで役牌の説明はおしまい。とにかくスピード重視でアガりたいと
いう場合には、役牌はとても重宝する。他のメンツは何だっていいんだから。
ただし、あまり安易に役牌に頼りすぎると手作りがおろそかになって、いつま
でたっても麻雀のスキルが上がらないから気をつけようね。それじゃあ、次は
いよいよ平和とタンヤオを……」
ウイーン。Kの携帯電話が、小刻みに震えだした。
続く
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