のび太の差し出した借用書を、Kは冗談だからと笑って破り捨てた。おむす
びと一緒に放り投げたも、Kが拾ってきた。ついでに野犬の亡骸も野比家の
庭に埋葬し、菩提を弔ってやった。吐き気がするほど善人気取りのKである。
「いやぁ。僕ってほら、お金持ちじゃない?」
「知らねーよバカ」
「お金持ちなんだよ。人間って、お金があると他人に優しくなれるんだよね。
のび太くんを見てると、憐れを通り越して優性思想がモリモリ湧いてきちゃう
んだ。この人は、自分一人じゃ何にもできない廃人なんだなぁって」
「大きなお世話だこの野郎。だったら手っ取り早く、お金の力で俺を幸せにし
てくれよ」
「幸せなのは僕一人でいいんだよ。さ、麻雀やろう。僕にはあまり時間がない
んだ」
「そうか、お父さんがくたばりかけてるんだっけ。こんなにカッコイイ人だっ
たのにね」



「誰だよこれ。麻雀でムシった後は、いつもこんな感じだったけどさ。時間がな
いのは親父の息の根とは関係ないからね」
 Kは牌を並べ終えて、ポケットから小さな木彫りの熊とハイキング姿の男性
の人形を取り出した。熊は腰を抜かして助けてと叫んでいる人形の頭にかぶり
ついて、ボリボリと音を立てて食べ始めた。骨まできれいにたいらげて、熊は
満足そうにKのポケットに戻っていった。血だまりの中に残ったリュックの中
には紙切れが丸めてあって、Kが取り出して広げると「リーチの説明・補足」
と書いてあった。
「そういう訳で、これからリーチの説明の補足をするよ」
「今のは何だよ」
「別に何でもない。のび太くん、リーチ後の暗槓に関する注意は覚えているか
な? リーチ後にも暗槓はできるが、待ち形の変わる暗槓はできないっていう
ルールは、場所によってだいぶ扱いが違うんだよね。とりあえず説明するから
聞いてくれ」

 ←ツモ

「この手の待ちは、の三種類。こんな風に区切ると分かりやすいね」

  
  

をカンしても三面待ちは変わらないから、問題なくカンできるように思
える。ところが、大人はそんな戯れ言を許しちゃくれない」

  

「こうすると、この手にはカンという待ちがあることも分かる。をカン
すると、このカン待ちがなくなってしまう。待ち牌の種類は同じでも、待
ちの形が変わったりしてしまうような場合、リーチ後のカンはできないんだ」
「言っとくけど、俺に詰め込み教育は通用しないからな」
 のび太は風林火山の旗竿を振って、磐石の無能ぶりをアピールした。
「無理して理解しなくてもいいよ。待ち形が変化しても待ち牌が同じならばカ
ンはOKというルールもあるし。リーチ後のカンに限らず、麻雀というゲームに
おいては、万国共通の絶対的ルールなんて一つも存在しないぐらいに思ってい
た方がいい。様々な打ち手が様々な雀荘で、様々なルールで様々な麻雀を打っ
ているわけ。ひょっとしたら、麻雀牌の代わりに豚の角煮かなんかで麻雀を打
つ人間もいるかもしれない。そんなヤツはいないか。ははは」
「ははは」
「とにかく、大切なのはゲームの前にルールを確認すること。ここまでの話は、
まあ待ち形クイズの発展型くらいに考えてくれても構わない」
「無理して理解しなくてもいいルールを説明するなよ。時間がないんだろ?」
「そうだ、時間がないんだった。早速ルーレットだ!」
 思い出したように焦り始めたKは、熊とは逆のポケットからルーレットを取
り出して壁にかけた。
「僕がルーレットを回して、のび太くんがダーツを投げる。刺さった目の役を
説明するからね」
 ルーレットは百個の目に区切ってある。一マスだけが「役牌(ヤクハイ)
で 、残りは全て「金百萬円」である。のび太の目の色が変わった。
「間違ってたらゴメン。金百萬円っていうのは、麻雀の役の名前なのかな?」
「百萬円は百萬円だよ。僕がのび太くんに1,000,000円あげるってことさ」
「……どうせアレだろ。磁石かエスパーかなんかのトリックで、どこに投げて
も役牌に当たるようになってんだろ。分かってんだよ。女子高生が携帯で打っ
てるのは、全部僕の罵倒メールなんだよ」
「のび太くんも、たいがい疑り深いなあ。これなら文句ないだろ?」
 Kはサインペンでルーレットの「役牌」に縦線を引いて、横に「金百萬円」
と書いた。これで全ての目が「金百萬円」になった。ルーレットが回り出した。
「さあのび太くん、ダーツカモン!」
「うおー!」
 のび太は狂ったように絶叫して、百本のダーツを一度に投げつけた。射的の
類いは大得意ののび太の狙いは、もちろん全弾命中の一億円である。
 のび太の脳内を、真っ黒な資本主義が駆け巡った。一億円をどう使おうか。
投機で増やすもよし、政界に打って出るもよし、地下室をつくって一生引きこ
もるもよし。ああん、のび太迷っちゃう!
 虹の軌跡を描いたダーツが、全弾あやまたず百萬円に突き刺さったかと思わ
れたが、寸前で現れた100人の忍者が的を覆い隠した。すべての忍者の眉間に
ダーツがささり、忍者は任務を遂行して死んだ。忍者の眉間には役牌と書いて
あった。
「はいのび太くん、役牌大当たりー。さ、役牌の説明するからおとなしく聞け
よ」
 役牌の説明をするでござる。


続く
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