Kはテストではなく、クイズという言葉を使った。テストのテの字を聞いた
だけで恐慌を来たし、反射的に服毒自殺を図るのび太の行動パターンを知り尽
くした、Kのファインプレーである。
「のび太くん、これからいくつかテンパイ形を作っていくから、待ちを答えて
くれ。まずはこれ」



「さて、何待ちでしょう?」
「こんなの簡単だっつーの。これとこれだ!」
 のび太の両腕が唸りを上げ、答えが卓に叩きつけられた。と、おむすび
である。
は正解。こっちのおむすびは、何のつもりかな?」
「文句は食ってから聞いてやる。さあ食え!」
 のび太は卓から身を乗り出し、間近に迫ったKの顔に鼻息をフンフン吹きか
けた。一応おむすびを手に取ったKだが、別に腹は減っていないので食わずに
窓から外へ放り投げた。ゴミ袋を漁っていた野犬がおむすびに飛びつき、半分
ほどパクついた辺りで四肢を痙攣させてひっくり返った。血泡を吹いた野犬の
口元にはが転がっていた。窓外に目を凝らしていたKが、のび太に向き直っ
た。
「えーと、あれはかな? のび太くん、正解。今の手はのリャン
メン待ちということだね」
 淡々と解説を加えるKを見て、のび太は感心したように言った。
「一歩間違えば死ぬのはあの野良犬じゃなくて君だったのに、ほんっと無感動
だよね。すげぇよ」
「なに? ひょっとしてのび太くん、僕を殺すつもりだったわけ? うへー!
助かった! さ、次の手はこれだよ」



「つまんねーから真面目に答えるぞ。のシャボ待ちだな」
「はい正解。次はこれ」



のタンキ待ち」
「正解。のび太くんは、サザエさん一家で誰が一番好き?」
「何だよいきなり」
「僕は断然マスオさんだね。ムコ養子で気苦労も絶えないだろうに、あえて三
枚目を演じて家庭に笑いをふりまく、あの自己犠牲の精神。日本男児の鏡だね。
そうそう、カツオっているじゃん? 俺、アイツ大っ嫌い。馬鹿だしハゲだし、
悪質ないたずらばっかりするし。きっと影でマスオさんの悪口ばっか言ってん
だぜ。この居候とかさっさとクビになれよとか。その前にてめーが人間をクビ
になれ! もうさ、カツオの存在そのものに刑法を適用すべきだと、僕思うよ。
カツオ死ね! マジ死ね!」
 噛みつかんばかりの勢いで、Kが一気にまくしたてた。額に青筋が浮かび上
がり、充血した眼が今にも飛び出しそうな、鬼の形相である。のび太は小首を
かしげつつKに尋ねた。
「あのさ。Kくんがカツオの悪口を言うってのは、なんだか実に不思議な感じ
がするんだけど、どうしてなんだろうな?」
「んなこと俺に分かる訳ねーだろ! カツオの肩持つつもりなら俺にも考えが
あっからな! 一度しか聞かないぞ。俺とカツオ、のび太はどっちの味方だ?
あ!?」
「わ、わかったよ。僕はKくんの味方に決まってんだろ。そうか、Kくんはカツ
オが嫌いなんだ。ふーん、そうなんだ」
 いまだ釈然としない顔つきののび太をよそに、落ち着きを取り戻したKが次
のテンパイ形を並べ始めた。
「さ、余談はこれぐらいにしてクイズを続けるよ。この手は何待ちかな?」



「ん?」
「ははは、これはちょっとのび太くんには難しいかな。これならどうかな?」

 

「ああ、なるほど。のリャンメン待ちだね」
「その通り。それじゃあ、こうしたら?」

 

のリャンメン待ち。ってことは、この手はの三種類が待
ち牌ってこと?」
「そう。いわゆる三面待ち。こんな風に、メンツをどう区切るかによって待ち
形が変わる変則的な例もたくさんあるんだ。この手もそう」



「一発で待ち牌を全部当てたら、日曜六時半の枠をのび太くんにあげちゃうよ」
「枠ってなんだよ枠って。そんなもんいらねーよ。この手はのタンキ待ち…
…だけじゃないんだよね?」
のタンキ待ちになるのは、手牌をこう区切った場合だね」

 

「他には、こんな区切り方もある。こうしたら、何待ちになる?」

 

「すっげぇ、のペンチャン待ちだ! まるで手品みたい! Kくん最高!」
「いや、全然すごくないんだけどね。だからこの手の待ち牌は、の二
種類ということになる。次が最後だから、気合い入れて答えてね」



「夜の麻雀が心を凍らせる。いつしかのび太の右手は、温もりを求めて股間の
隆起を揉みしだくのであった……」
「揉みしだくなよ。自分のオナニーにナレーション入れる暇があったらさっさ
と答えてくれよ」
「ゴメンゴメン。えーと、この手は……まずこうだな」

 

「こうすると、でアタマが完成してアガリ形になる。こんな区切り方
もできるね」

 

「この場合は、でアタマができる。つまりこの手はの三面
待ちだ!」
「正解だけど、あんまり真面目に答えられても面白くないね」
 Kは盛大なあくびをぶっ放した。ボケれば叱られ、答えれば退屈がられの酷
い仕打ちに、のび太の怒りは頂点に達した。
「てめえもアレか、俺が何やっても気にくわないってタチか。よし分かった!
不肖野比のび太、天に代わって逆賊Kに天誅を下す! ルールルルー!」
 軽快なスキャットと共に躍り上がったのび太に、Kが何かを投げつけた。
「のび太くん、パス!」
 のび太は顔の前でそれを受け止めた。拳を開くと、であった。
「え?」
「のび太くん、それ切って!早く!」
「え? え?」
 考える暇もなく、のび太の手が反射的にを切った。
「ロン!」
 切ったと同時に、Kの声が夜の帳を切り裂いた。いつの間にか並べられた手
牌をパタリと倒した。



「のび太くんの振り込んだ128,000点って、こんな手だろ?のタンキ待ち。
またやっちゃったねぇ」
 小四喜字一色四暗刻単騎。四倍役満。128,000点。役の説明は、まあ次の機
会にでも。
 のび太、本日三回目のトビ。


続く
戻る

TOPへ