Kは何種類かの牌を雀卓に並べた後、窓から首を突き出して景色を見た。
「高いなー。すげーなー。僕、生まれてこの方ずっと平屋暮らしだから、二階
建てには免疫がないんだよね」
「俺らの小学校は三階建てだろーが」
「三階建てだったら何やっても許されんのかよ! だったら爆弾テロもホモの
カミングアウトも全部三階建てにリニューアルすりゃいーじゃねーか!」
 訳の分からない理論武装だが、不思議に説得力がある。のび太は別方面から
の攻撃を試みた。
「それはともかく、いい加減靴を脱げよ。ここはアメリカじゃないんだからさ」
「ウチの姉さんが、妹をさらった誘拐犯を裸足で追いかけて蹴り殺して近所の
物笑いになったのは知ってるだろ。僕は一生裸足にはならないって決めてんだ
よ! ファック!」
 Kはもの凄い剣幕でまくし立てた。靴の話はタブーのようだった。これ以上
うるさいことを言ったら、のび太に対して何らかの報復行為があってもおかし
くはない。のび太は忍の一字を決め込むことにした。
「高いなー。すげーなー。あークソつまんなかった。さてと」
 Kが雀卓に戻ってきた。二階からの眺めはクソつまらなかったらしい。
「まずはおさらいだ。のび太くん、リーチをかけると一体どんなメリットがあ
るんだっけ?」
「えっと、リーチをかけると……」
「うん。リーチをかけると?」
「……こうしている間にも、Kのオヤジは死への階段を着実に上っているんだ
よな。家に帰らなくて大丈夫かい?」
 時事ネタで話題転換を図ったのび太だが、ごまかされるKではない。本来、K
のオヤジの生き死にで盛り上がるほどのび太も暇ではないのだが、同様にK本
人にとっても、どうでもいい事この上ない与太話なのであった。
「要するに、リーチのことなんかなーんにも覚えてないって事ね。素直にそう
言えばいいのに。つまらない見栄はってると、僕んちの居候みたいになっちま
うよ」
「ゴメンゴメン。そういえば、Kの家にもでかいゴキブリが一匹寄生してるん
だよね。ドラえもんとおんなじだ」
「ドラえもんはまだマシだろ、秘密道具があるんだから」
 口にするのも汚らわしいといった調子で、Kが愚痴り始めた。
「あのクソバカときたら、家に毎月5,000円しか入れないんだぜ。月収7,500円
だからしょうがないんだけどさ、僕がタメ口たたくと一丁前に怒りやがんの。
敬語を使えとかお義兄さんと呼びなさいとか、呼べるかボケ! 姉さんも、あ
んなタラコクチビルと結婚したのがそもそもの間違いだったって言ってるし。
まあ、タラコクチビルは居候とは別人だから、これは姉さんの勘違いなんだけ
どね」
「分かるよ、その気持ち。ドラえもんだって僕の貯金を勝手に下ろして、毎晩
キャバレー通いしてるんだぜ。タダ飯喰らいのくせに図々しいよな!」
「うへー」
 Kの呪いの言葉は続く。
「とにかく、あんなクサレチンコが社会人として認められて、毎朝スーツ姿で
電車通勤してるかと思うと、ムカッ腹が立って立ってしょうがないんだよね。
あー、マジ早くクビになってくんねーかな。まあいいや、リーチの説明するよ」
 体内の毒を洗いざらいぶち撒けて、Kのムカッ腹もすっかり収まったようだ。
のび太を見つめるKの晴れ晴れとした笑顔に、今度はのび太の血液が沸騰した。
「テメー俺の話なんか全然聞いてねーだろ! 聞いてもいないことをベラベラ
喋りやがって、そのくせ俺の話はうへー、うへーで全部スルー。そんな我がま
まは、天が許してものび太が許さん!」
「しー!」
 Kの掌がのび太の口を覆った。キョトンとするのび太の目の前に、Kはスケッ
チブックを広げた。大きな文字で、こう書いてあった。
『この会話は、盗聴されている』
 のび太は大いに驚いた。Kはのび太の口から手を離して、自分の口元に人差
し指を当てたが、もとよりのび太に声を出すつもりはない。のび太はスケッチ
ブックをめくって、新しいページに文字を書いた。
『誰に?』
 Kも筆談でそれに答えた。
『王様に』
『王様が、何のために?』
『君を死刑にするために』
『なんで王様に殺されなきゃいけないんだよ』
『のび太くんは、実は王様の隠し子、つまり王子様なんだ』
『じゃあ、僕って本当は金持ちのボンボンなわけ?』
『そうそう』
『で、どこの国の王様なの?』
『そこまで考えてない。だけど、麻雀知らない人間は火星に飛ばされて死刑っ
ていう法律があるんだよ』
『マジで? 僕、麻雀覚えないと宇宙の塵になっちゃうの?』
『だから、ちゃんと麻雀の勉強して立派な王子様になろうぜ。いよっ憎いねプ
リンス! このスペースオペラ!』
『うおー! 麻雀やるぞー!』


 今度こそ本当に、麻雀教室の再開である。マジで。


続く
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