同じ時刻。のび太は部屋に戻っていた。腕組みをしてじっと思索にふけって
いる。のび太の目の前には、人間のドクロがあった。
「台所にメシを食いに行ったはずなのに、何でこんなものを……」
 階段を下りたのび太は、台所の前を素通りして家の外に出た。訳も分からず
夜の街を駈けずり回り、肉屋の裏口に捨ててあったシャレコウベを発作的に拾
い上げて家に帰ってきた。不可解とも思える一連の行動の意味を、のび太は必
死に考えた。
「肉屋の裏に人骨が落ちていた。肉はすっかり消えていた。肉屋には肉が売っ
ている」
 バラバラだった謎の断片が、少しずつ元の形に組み上がっていく。
「僕んちの昨日の晩ごはんはハンバーグだった。ということは……」
 のび太の頭の中で、最後のピースがカチリと嵌った。
「そうか! このドクロは、食べられるドクロなんだ! いただきまーす!」
 謎は解けた。たっぷりマヨネーズを塗りたくったドクロに、ヨダレを流して
むしゃぶりついた。
「うめー! マヨネーズの味がするー!」
 玄関の呼び鈴が鳴った。こんな時間に来客である。食事中ののび太は微動だ
にしない。面倒な応対は家人に任せて、あくまでディナーに集中する。いやら
しい音を立ててドクロをなめまわし、天来の妙味を心行くまで満喫する。
 30分後。なおも呼び鈴は鳴り続けている。消息不明のママはともかくパパが
在宅中のはずなのだが、会社でも便所掃除ぐらいしか使い道のないこの中年男
に、多くを期待するのは酷というものである。
 ちっと舌打ちをして、のび太がようやく重い腰を上げた。おいしいおいしい
ドクロを小脇に抱えて階段を下りていく。
「ピンポンピンポンうっせーなー。ドアの鍵なんてヘアピン一本ありゃ簡単に
開くんだから、勝手に入ってくりゃいーじゃねーか。犯すぞコラ」
 ドアの向こうには、イガグリ頭の少年が立っていた。のび太に気がつく様子
もなく、親の仇のように呼び鈴のボタンを押し続けている。
「なんだ、誰かと思ったらKくんか。さっさとのび太様の応対に気づいて呼び
鈴から指を離せ」
「うへー! のび太くん、そのドクロは一体なに? まあいいや。お邪魔しま
ーす!」
 Kと呼ばれた少年が、土足で家に上がりこんだ。ドクロにさして驚いた顔も
見せないあたり、大物か脳障害の風格を感じさせる。間違いなく後者である。


「30分も居留守ぶっこかれたら諦めるだろ、普通。粘り強いにも程ってもんが
あるんだよ」
「ゴメンゴメン。でもさ、僕らぐらいの年齢だと、ピンポンダッシュに憧れる
のも無理からぬことなんだよね」
「お前のはピンポンダッシュじゃなくてピンポンストップだろ」
 Kはのび太のクラスメートだった。のび太の部屋に上がっても土足のままで
ある。のび太はドクロを勉強机の上に置いた。ドクロの中に立てたキャンドル
の炎がゆらめいて、部屋の壁に不気味な陰影を映している。
「で、こんな時間になんの用よ?」
「ウチのオヤジが危篤でさ」
 いきなり関係のない話を切り出したKに、のび太の繊細なハートはずたずた
に切り裂かれた。
「それがどうしたんだよ! Kのオヤジが死のうがパクられようが、俺は一銭
も得しないだろ! 止めを刺して欲しいんだったらテメエで勝手に殺れ!」
「違う違う。ウチのハゲオヤジが、枕元でゼーハーしながら僕に言うんだよ。
死ぬ前に、一度でいいから麻雀で大勝ちしたいって。オフクロも僕も姉さんも
妹も甥も、家族のほとんどが麻雀のエキスパートだから、家庭麻雀のたびにオ
ヤジの小遣いがパンクしちゃうんだよね。わざと負けてやるつもりなんか毛頭
ないし。ズブの素人ののび太くんならオヤジもいい目が見られると思ってさ」
 人に物を頼む割にはズブの素人呼ばわりのKだが、のび太は黙っている。実
際に麻雀は初心者同然なのだから、反論の余地などまるでない。
「悪いんだけど、僕まだあんまり麻雀のルールを覚えてないんだよね。知って
いる役だって、ツモとリーチと、えっと何だっけ、128,000点のアレぐらいで」
「128,000点って、のび太くんが振り込んだの? うへー! ところで雀卓が
出してあるってことは、今まで麻雀やってたんだよね?」
 相変わらず反応の薄いKに、のび太はこれまでのいきさつを話した。ドラえ
もん、ドラミ、セワシの親身な指導、熱き戦士との出会いと別れ、友の裏切り
と愛犬の死、早すぎた恋の話……。
「うへー。ってことは、リーチの説明の途中までは終わったんだ。よし、続き
は僕が面倒みちゃうよ!」
 スリルと感動に満ち溢れたのび太の青春物語を「うへー」の一言で総括して、
Kは胸をドンと叩いて麻雀牌を並べ始めた。


続く
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