台所にママの姿はなかった。火にかけっぱなしの鍋の中身は、完全に炭と化
していた。食器の散乱したテーブルの上に、ママの書き置きがあった。
「湾岸高速を爆走してきます。晩ご飯の用意はできてるからみんなで食べてね。
ママ」
書き置きをテーブルに置いて、セワシは首をひねってドラえもんに尋ねた。
「のび太の家に、車なんかあったっけ?」
「自転車だって一台も持ってないのに、自家用車なんてとてもとても。野比家
で乗り物と呼べるのは、僕のタイムマシンぐらいのもんだよ」
「ふーん。それじゃあ、ママはどうやって湾岸を爆走するつもりなんだろな?」
「そりゃ自分の足で走るんだろうね。まぁいいんじゃない? パトカーより速
く走れれば、たぶん捕まらないし。ところでドラミ、晩飯はどうする? 一応
これ、おかずみたいなんだけど」
ドラミの目の前で、ドラえもんは鍋を逆さにして振ってみせた。元は野菜の
煮物だったらしい炭の塊は、完全に鍋底に張り付いている。
「食べる訳ないじゃない。ただでさえロクなもんじゃないママの手料理なのに
そんなクロンボを口に入れたら、ショックで生理が止まっちゃうわよ」
「それもそうだな。外に食いにいこうか」
おかずを鍋ごと便所に流して、夜の街に繰り出す三人であった。
普段はサラリーマンでごった返す盛り場も、日曜日の夜とあってのれんの出
ている店も少ない。やむなく駅前の居酒屋で手を打つことにした。
「いらっしゃいませー。タバコは吸いますかー」
「子供がタバコを吸う訳ねーだろ。引っぱたくよマジで」
「マジすかー。ほんじゃ何呑みますかー」
「中ジョッキ三つ。お通しはいらないからな。持ってきたら暴れるからな」
「はいっすよー」
店員がテーブルを離れた後、ドラミはドラえもんに聞いた。
「お兄ちゃん、なんでお通しを持ってきたら暴れるの?」
「何言ってんだよドラミ。お通しを断れば、お通し代は請求されないんだぜ」
「そうなんだ。確かにあんな蝋細工みたいなクソまずいお通しでお金を取られ
るのはイヤだもんね。お兄ちゃん、あったまいー!」
「ビールお待ちー」
店員がほどよく冷えた生ビールのジョッキを持ってきた。三人はジョッキを
持って乾杯した。
「ドラえもんのおかげで浮いたお通し代に、乾杯!」
そして黄金色の液体を一気に喉に流し込んだ。ホップの苦みと炭酸の刺激が、
三人を桃源郷へと導いた。
「うめー!」
「そしてお通しの蝋細工ですー!」
店員は三人に溶けた蝋をぶちまけた。あっという間に蝋が固まって、三人は
身動き一つ取れなくなった。
「ウチはお通しカット禁止なんすよ。数百円をケチるいやしい性根を心の底か
から悔い改めるっすよー!」
ところでドラえもんたちの他にも、奥のテーブルに蝋で固まった三人がいた。
「次にお通しカットしたら、業者を呼んで殺処分すよ。人権団体が黙ってない
すよ」
「なーんーだーとー」
その時、奥のテーブルの三人がいっせいに血の涙を流した。そして光があふ
れて蝋が割れて、生身の身体を取り戻した。
「オレ様を処分するとはいい度胸だ! お通しカットする前に貴様の寿命をカッ
トするぞコンニャロー!」
「ていうか最初からお通しカットすんなよ。オレは反対してたじゃねーか」
「タケシさんカッコイー! 私たちを蝋攻めに巻き込んだ罪で早晩死んでー!」
でっぷりと肥ったゴリラ顔の男に、セワシ並に超かっこいい髪型のキツネ男、
そして見た目はかわいいが、品性がなさすぎてゴリラとキツネとちょうどよく
なっている女の子。
言わずもがな。いつもの三人組である。
続く
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