ドラえもんはのび太のお守り役である。言い換えれば、雇われの召使いとい
うことになる。セワシにとってのび太はご先祖様であり、ドラミはセワシの下
女に過ぎない。つまり、四人の形成するヒエラルキーはのび太とその他、たっ
た二層のピラミッドでなければならない。



 それほど、のび太の置かれたポジションが三人を圧倒しているということだ。
 この三角形が、金がからむと天地が完全に逆転する。借用書にのび太の署名
が書き込まれるたびに、逆三角形の頂点に位置するのび太と底辺の三人との距
離が確実に開いていく。もちろん、頂点が下を向いた逆三角形である。



 現在、取り交わした借用書は二枚。あと一枚で頂点が日本の裏側、ブラジル
の道端の犬のウンコを刺し貫く計算である。


 大事な大事な借用書をポケットにしまいこんで、ドラミが先ほどの説明の補
足を始めた。

「まずは、聴牌(テンパイ)の説明からだったわね。これを見て」



「麻雀のアガリ形は、基本的に四組の面子と一組の雀頭、というのは覚えてい
るわよね。のび太さん、役は無視するとして、ここに何をツモってきたら四面
子一雀頭になる?」
「ドラミちゃん、とりあえずメシ食わない? もう腹へっちゃってさ」
「ブラジルの犬のウンコがナマ言ってんじゃないわよ」
「何だよそれ。どっからブラジルが出てきたんだよ」
「あんたには一生理解できないわよ。とっとと質問に答えてちょうだい」
「えーと、のどっちかでいいのかな?」
「当ったり。こんな風に、あと一牌ツモってくればアガリ、という形のことを
テンパイっていうの。四面子一雀頭にはならないアガリもいくつかあるけど、
これもあと一牌でアガれる状態ならテンパイだからね。次にこれ」



「この手がテンパイじゃないのは分かるわよね?テンパイするためには
のどれか一牌をツモらなくちゃいけない。こういった、あと一
牌でテンパイになる状態のことを、一向聴(イーシャンテン)って言うのよ。
あと二牌でテンパイならニ向聴(リャンシャンテン)、あと三牌だったら三向
(サンシャンテン)。ここまでは分かった?」
「腹減ってそれどころじゃねーっつんだよ」
「うっさいわね! そんなにひもじいんなら、これでもしゃぶってなさいよ!」
 ドラミはのび太にリスの髑髏を投げつけた。
「こんなもんで飢えがしのげる訳ねーだろ! 骨じゃなくて肉よこせ肉!」
「うっさいわね! リスの髑髏を口にできる機会なんて、滅多にないんだから!
 なめた口叩いてる暇があったら、大人の味を堪能しときなさいよ!」
「じゃあテメーがまず食ってみろよ!」
「そんなもん食える訳ないでしょ! 噛み殺すわよ!」
「ドラミ、とりあえずメシ食わないか? もう腹へっちゃってさ」
 ドラえもんが言った。ドラえもんを振り向いたドラミの顔は、聖母のように
優しかった。
「そうね、そうしましょうか。私もお腹ペコペコだったの。のび太さん、食事
のあとは待ち形の説明をするからね。首を洗って待ってなさいよ」
「よっしゃ! メシだメシ! みんなで台所に行こうぜ!」
「アンタにはこんなに素敵な晩ごはんがあるでしょ! どっせー!」
 一丁前に人間のご飯を食べたがるのび太の口に、ドラミはリスの髑髏を無理
やりねじ込み、セワシとドラえもんを連れて階段を下りていった。
「これは……!」
 リスの髑髏が、のび太の口中で愛くるしく跳ね回った。舌先で丸いフォルム
を転がして、石灰質の骨肌に軽く歯を立てる。
「うまいわけねーだろメスブタ!」
 のび太はリスの髑髏を吐き出して、かかとで何度も踏みつけて窓から投げ捨
てた。
「オレにも普通のメシを食わせろー! がおー!」
 月に向かって一発吼えて、のび太は部屋を飛び出した。


続く
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