「つまり、カンには三通りのやり方があって、暗槓が一番難しいってことだよ
ね?」
 のび太はノートをとる手を休めて、出木杉を見た。鉢巻きに挿した万点棒が
白い輝きを放ち、眼鏡の奥の瞳が紅蓮の炎を上げている。完璧にやる気モード
である。
「あれ、のび太くん、酔いが覚めたんだ」
「とっくの昔にシラフだよ。せっかく出木杉くんが説明してくれているのに、
酒に呑まれて社会を憎んでいられますかってんだ! いてて!」
 ドンと自分の胸を叩いたのび太が、激痛に顔をゆがめた。シャツをまくり上
げて脇腹を鏡に映すと、まだ新しい縫い痕から血がにじんでいた。
「ん? 僕、こんなところ手術したことなんかあったっけ?」
「いいじゃないかそんなこと。さあ、そろそろ家に帰るよ。セワシくんの安否
も確認しとかないと、世間体ってもんもあるし」
 ドラえもんに促され、ドラミとのび太が帰り支度を始めた。出木杉がドラミ
に声をかける。
「あはははは。ご主人様のお守りも大変だね。またいつでも力になるから、遠
慮なくヘルプをかけてくれたまえ」
「どうもありがとう。これ、お礼の品。気に入ってくれるといいな」
 大きな包みを手渡し、三人連れだって出木杉家を後にした。


 静けさを取り戻した自室で、出木杉はベッドに身を投げ出した。受け取った
包みを片手でもてあそび、フンと笑って隅のゴミ箱に放り込んだ。
「あはははは。あの黄疸女、のび太の生体肝摘出する前に自分の肝硬変をなん
とかしろっつーの。さてと」
 先ほどまでドラえもんがかじりついていた直輸入のエロDVDを再生して、パ
ンツを下ろしたその時だった。
 ボン。
 爆音と共に、ごみ箱の包みが破裂した。部屋中の窓ガラスが一斉に吹き飛ん
だ。出木杉家の屋根が大きくたわみ、崩れ落ちた。


「おー、時間ピッタシだ」
 下り坂の途中で、ドラえもんが後ろを振り返った。瓦礫と砂ぼこりに混じっ
て、下半身を丸出しにした出木杉が天高く舞い上がる姿が見えた。
 ドラミが吐き捨てるように愚痴り始めた。
「あたし、ああいう小賢しい男みてると酸っぱい胃酸が溢れてしょうがないの
よね。盗撮だの人身売買だの、それがなんなのさ。ワキ毛も生えてないクソガ
キの分際で、未来なめてんじゃないわよ! ガッデム!」
「え。でもドラえもんが、未来はいまだにくみ取り便所だって……」
 のび太の疑問に、ドラえもんが笑いながら答えた。
「ウソに決まってんだろそんなの。21世紀の時点で水洗便所が普及しまくって
んのに、どういう理屈で退化すんだよ」
「なんだよウソかよ! よくも騙したな、コンニャロー!」
「騙される方が悪いんだよーだ。ここまでおいで!」
「お兄ちゃーん! のび太さーん! 待ってよー!」
 笑って駆け出した三人の後ろ姿を、夕暮れ時の赤い光が優しく包み込んだ。
馬鹿やってんじゃねえよ。


続く
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