野比家に到着する頃には、日もすっかり落ちていた。キャンピングカプセル
はもぬけの殻だった。
「ただいまー」
家に入ると、ママが笑顔で出迎えてくれた。
「ここはのび太の家だからいつ帰ってきてもいいのよー!」
「そんなこと言われたら逆に居づらいだろ。ところで庭のキャンピングカプセ
ルの中身ってどこにやったの?」
「あの変な人ならゴミだと思って捨てちゃったわよ。いけなかった?」
「いいのいいの、全然捨てていいの」
のび太の部屋の天井は、キャンピングカプセルのせいで完全に崩れていた。
星の光が差し込んで微かに明るい部屋の中に、二人の人間がいるのが分かった。
「あ、ゴミだ」
一人はセワシだった。乾いた血糊でどす黒くなった手足を投げだし、未来の
だっさい洋服もボロボロだ。ゴミとして捨てられただけあって、体のあちこち
に魚の骨や野菜くずが付着している。完全に意識を失っているようだが、胸が
わずかに上下しているのが見て取れる。どうやら生きてはいるらしい。
そして、もう一人は……。
「来てたんだ、烈くん」
暑苦しい肉体にむさ苦しい長髪。烈海王が、部屋の隅にちょこなんと座って
いた。
セワシの腹めがけて、烈がボーリングの球を上から落とす。その度にグエッ
というくぐもった声が室内に響き渡る。グッタリしたセワシを抱えて特設リン
グに上がり、セワシの身体をコーナーポストにくくりつける。両手にミットを
はめた烈が、セワシの前で仁王立ちになる。微動だにしないセワシの頬をミッ
トで叩いてパンチを要求する。
必死の看病を続ける烈に視線を向けたまま、ドラミはのび太に尋ねた。
「あのオッサン、なんなの?」
「だから海王だって言っただろ。中国でそんな失礼な質問したら、その場で火
あぶりにされてご家庭の食卓にのぼっちまうぞ」
「そのカイオウってのが意味不明なのよ。王っていうからには、それなりの財
力と権力はあるんでしょうね」
「うん、多分ね。日本に来てからは吉野家のバイトで何とか食いつないでるっ
て話だけど」
二人の会話が耳に入ったのか、烈がリングから降りてきた。のび太の耳元で
何やらゴニョゴニョ話し始めた。リング上ではドラえもんがセワシの看病を引
き継いだ。ミットではなく、バットを両手に握っている。
「烈くんが、ドラミちゃんとドラえもんに海王の証を見せたいってさ。僕も見
せてもらったことがないんだけど、一体なにを持ってきたんだい?」
ボコボコにへこんだ金属バットを放り出して、ドラえもんもリングから降り
てきた。三人の目の前で、烈が右の拳をひらいた。
それは大きな松ぼっくりだった。のび太の耳に口を寄せ、小声で囁きかける。
「この松ぼっくりには烈海王誕生の秘密と、烈くんの青春のすべてが詰まって
るんだって。当時の思い出を聞いてほしいらしいんだけど、どうする?」
「どうせカイオウとは全然関係ないエピソードでボケるんだろ。突っ込んでや
るから話してみろよ」
身も蓋もないドラえもんの悪態には耳のないような顔をして、烈は語り始め
た。もちろん、のび太の耳元で小声でヒソヒソと、である。
遡ること20年前。烈海王、八歳の春のお話。
続く
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