秋晴れの空に、真夏の太陽が燃え上がる。九月らしからぬ気だるい風が、開
け放した窓から流れ込む。卓上の麻雀牌も、心なしか汗ばんでいるようだ。
「う、う、う……」
 部屋の床に突っ伏して、のび太がむせび泣いている。鼻水とよだれと涙でグ
シャグシャになった顔に、無数のヒルが吸い付いている。
「出たり消えたり、忙しいねえ君も」
「誰のせいだと思ってんだボケ! 普通マスクの呪いっつったら取れなくなる
とか血に飢えた殺人鬼と化すとか、暗黙の了解ってもんがあるだろ! 何だよ
これ、割れてんじゃねーか! だっせぇ!」
「ふーん。で、今回はどこで遊んできたの?」
「ドラえもんも、一度アーミーの拷問受けてみろ。この世に産まれてきたこと
を後悔すっから」
「気が向いたらね。それより、反省したんならセワシ君に謝りなよ。もう一回
無頼かましたら、今度は自分一人の不幸じゃすまないよ」
 いまだショック覚めやらぬセワシに向き直り、のび太は土下座で謝罪の言葉
を述べた。
「申し訳ありませんでした。以後は心を入れ替え、麻雀道に精進する所存でご
ざいます」
「もういいよ。ついでに藤子・F・不二雄先生にも謝っておけ」
「はい。少年少女に夢と希望を与える筈の僕たちが、麻雀なんかにうつつをぬ
かしてどーもゴメンナサイ。でも僕たち、本当はギャンブルとか刃傷沙汰とか
血生臭い人間ドラマが大好きなんです。僕たちが醜くいがみあう姿を、これか
らも天国から温かく見守っていて下さい。頑張ります!」
「よし。それじゃあ、麻雀すっか」
 心機一転、のび太少年の新たな冒険が始まった。


 席順も仮東も全部忘れた。面倒くさいので、各自好きな席に座ることにした。
反時計回りに、のび太、セワシ、ドラえもん、ドラミ。ドラえもんはサイコロ
をドラミに渡した。
「仮東はドラミでいいや」
「なんで? ワキ毛?」
 つぶらな瞳でドラミが尋ねる。
「なんでだっていいだろ。のび太くん、まずは仮東がサイコロを振るんだよ」
 ドラミが二つのサイコロを転がした。で、出た目の合計は7。
「ドラミの席を1として、そこから反時計回りに数えて七番目の人間が親にな
る。セワシくんが始めの親だね。始めの親のことを起家(チーチャ)っていう
んだ。仮仮東から始める場合は仮東決めに親決めと、この作業を二回繰り返す
んだからね」
「ところで、なんで仮東から始めるの? 場決めの段階で親を決めちゃった方
が手っ取り早くない?」
「さあ、何でだろう。場決めだけだと、割と簡単にズルができちゃうからじゃ
ないかな。結局みんな、他人のことは一切信用できないんだよ」
「へぇ。せち辛い世の中なんだね」
 セワシの卓の隅に、東と書かれた起家マークが置かれる。この起家マークは
この人からスタートしたんだよ、という目印であって、親が変わっても移動さ
せてはいけない。
「スタート時は東場(トンバ)の東一局(トンイッキョク)。親が変わったら
東二局。反時計回りに親を担当していって、一回りしたら東場終了。次は南場
(ナンバ)。また一回りしたら南場終了。この東場と南場までを、半荘(ハン
チャン)
っていうんだ。普通は、半荘区切りで順位を争うことになるね」
「親って何なのさ。それを説明してくれないことには、のび太の第二次性徴は
始まらないよ」
「君のチン毛が生えようと生えなかろうと知ったこっちゃないよ。親というの
は、ある特権を与えられた特別な人間のこと。親があがった場合、もらえる得
点は通常の1.5倍になる。その代わり子がツモあがった場合、支払う点数は子
の二倍になる。ハイリスク・ハイリターンということだね。ツモについては、
後で改めて説明するよ」
 いったん言葉を切って、のび太を見る。どこまで理解しているかは怪しいも
のだが、とにかく真剣に聞いてはくれているようだ。それはそれでつまらない
ので、とんでもないウソを教えて少年の純情を踏みにじってやろうか、などチ
ラリと考えたが、思い直した。説明を再開する。
「親は東家(トンチャ)で、親から反時計回りに南家(ナンチャ)、西家(シ
ャーチャ)
、北家(ペーチャ)となる。親以外の人間は子ね。親がアガったら、
同じ人間が親のまま継続。これを連荘(レンチャン)といって、一回連荘で一
本場。二回で二本場。連荘するたびにアガった場合の得点が300点ずつ増えて
いく。親がアガっても子がアガっても300点プラスね。子がアガったら親権は
移動する。今まで南家だった人間が親になって、連荘の回数も0に戻る。親権
移動の条件は他にもいくつかあるんだけど、これも場所や局面によってルール
はまちまちなので、その都度確認するように。わかった?」
「ヨシ! カンペキニリカイシタゾ!」
 インド人が座っていた。『のび太』と書いた鉢巻きをしめている。メモに目
を落とし、片言の日本語で繰り返す。
「リカイシタゾ! マージャンスルゾ! コミュニケーションガ、フウフエン
マンノヒケツダゾ!」
 ふすまが開き、ガウンを羽織ったのび太が帰ってきた。シャワーを浴びて気
分爽快、コロンの香りがぷんと立ち込める。
「あ、説明終わった? いよっ、この名講師!」
「もう驚かねーよ」


続く
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