今まで誰も気づかなかったが、のび太の隣に男が座っている。長い三つ編み
を筋骨隆々の背中に垂らした、微妙なルックスである。のび太の耳元で何やら
囁いている。先ほどの名解答は、この男の入れ知恵に違いない。
「のび太くん、その人、誰?」
「ああ、僕の友達さ。烈海王。すごいだろ、海王なんだぞ」
「なんだよカイオウって。異次元の単語を当たり前のように使うな。のび太の
常識は宇宙の非常識って言葉、知らねーのか?」
「中国大陸では超メジャーなんだよ! 武術大会の決勝戦で僕と対戦した時、
観客みんな烈の応援してんだぜ。アッタマきちゃうよな!」
 ここでセワシが口をはさむ。
「のび太、格闘技やってんのかよ」
 ご先祖様を呼び捨てである。
「え、ああ、うん。大会っていっても、100歳超えたジジイが二人も出てるよ
うな茶番劇だから、大したことないんだけどね」
「そうか。格闘技もいいが、今はとりあえず麻雀を頑張れ」
 烈の姿は消えていた。あまり歓迎されていないその場の空気に、居たたまれ
なくなったのだろう。
 のび太のカンニングは不問に付された。のび太の不正行為なんて今さら珍し
くも何ともないし、更生の見込みもない。
 とりあえず、実戦形式で麻雀の流れを追っていく事にした。


 他の家財道具はすべて燃え尽きた。閑散とした室内に、そこだけ燃えるよう
な緑の花を咲かせた卓を囲んだ四人。ここからはセワシが進行役だ。
「最初は場決めだな。一応、公式扱いされている手順もあるんだけど、ここで
は略式で手っ取り早く行こう」
 乱雑に置かれた牌の中からの五牌を取り分け、裏返しにし
て手の中でかき混ぜる。
「この五牌を、四人が一枚ずつ取っていく。を引いた人間はもう一枚引け
る。を引いた人間が好きな席に座って、あとは反時計回りに
を引いた人間の順に座っていく。を引いた人間は仮東(カリトン)といっ
て、仮の親になる。親っていうのはまあ、良くも悪くも特別扱いされる役回り
ぐらいに考えてくれ。このルールも、場所によっては抜きの四牌だったり、
仮東じゃなくて仮仮東(カリカリトン)だったりするんだが、その辺りは事前
に確認しておけ」
「なんだか面倒くさいなあ。ワキ毛が一番長い人が仮東じゃ駄目なの?」
「それじゃドラミが常に仮東になっちまうだろ。いいから一枚引け」
 のび太が引いたのは。仮東だ。続いてもう一枚、を引いた。ドラえも
んは、ドラミ改めワキ毛魔神は。残ったセワシは自動的にとなる。
 のび太を基点として定められた席につき、牌をかき混ぜる。この牌をかき混
ぜる行為を、洗牌(シーパイ)という。
「洗牌が終わったら、牌山を作る。17枚の牌の列を二本つくって上下に重ねる。
うまく出来なかったら、一枚ずつ地道に積んでいけばいい」
 ゴムまりハンドのドラえもんとドラミが華麗な牌さばきを披露する一方で、
五体満足ののび太がギクシャクした動作で山を積んでいく。悔しさと情けなさ
で、真剣に自殺を考えるのび太であった。


続く
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