
????年??号
海王は偉い。中国に住む普通の人は、誰も海王には逆らえない。
「よこせ」
孫海王が前の席の子供からポップコーンを取り上げた。子供は泣いて取り返
そうとしたが、母親は子供の口をふさいで無理やり椅子に座らせた。
孫だけではない。除、陳、李、サムワンといった海王が、揃って客席にふん
ぞりかえっていた。試合に敗れた苛立ちも混じって、日頃に増して一般市民に
つらくあたっている。
「ふん」
長身の除が立ち上がった。後ろの席の客は郭海皇の試合がさっぱり見えなく
なったが、みんな海王に恐れをなして我慢した。
「おら」
陳が前の席の男性客の頭に土足を乗せた。客は黙って屈辱に耐えた。
「死ね」
李が前の席の男性客の頭に毒手を乗せた。客は黙って中毒に耐えた。
「やらせろ」
サムワンが隣の女性客の胸を揉んだ。女性は観念して自らパンツを下ろした。
「どっこらせ」
突然、孫の目の前が真っ暗になった。自分の膝の上に男が座ったのだとわか
って、孫は怒って邪険に言った。
「邪魔だ! どけ!」
どかないどころか返事もしない。孫は男の後頭部をぶん殴ろうとして、いき
なり振り向いた男のヒジ鉄をまともに喰らって吹っとんだ。他の海王がいきり
立って男を取り囲んで、一斉に襲いかかった。
「死ねー!」
海王は偉い。だけど自分より強い人にはもの凄く腰が低い。
「へへー!」
海王たちは逆に男にボコボコに殴られて、床に這いつくばって永遠の忠誠を
誓った。男の名は愚地独歩といった。
「お前ら、ドリアンがどこにいるか知っているか?」
海王たちは顔をあげた。そんな海王もいたかもしれないがよく覚えていない。
「ワシのカミさんがドリアンに襲われて行方不明になった。ドリアンを捕まえ
て、カミさんの居場所を聞き出してやるのだ」
独歩は他の海王への聞き込みのため救護室へ向かった。
「顔の皮貼れー!」
救護室では劉海王が筋繊維むき出しの顔で暴れていた。
「背骨くっつけろー!」
楊海王も折れた上半身をグイグイ回して威張っている。独歩は困り果てた顔
の医師を押しのけて劉と楊をこらしめた。二人はあっという間に降参した。
「へへー!」
しかし二人ともドリアンの居場所は知らなかった。独歩は次の海王を探した。
「試合させろー!」
毛海王は審判室にいた。テーブルの上で手足をジタバタさせているが、レフ
ェリーは知らん顔してテレビを見ている。こんなデブが役に立つ情報を持って
いる訳がないので、独歩も知らん顔をして審判室を出た。
「認知しろー!」
試合場では、範海王が親権の書類を持って勇次郎の右足にすがりついていた。
「技パクんなー!」
郭海皇も得意の消力で勇次郎の左足にすがりついている。独歩は背後に気配
を感じてふりかえった。
「入門しろー!」
寂海王だった。もちろん独歩は空拳道なんかに入門はしない。
「じゅーみんあー!」
烈海王もいた。これは訳が分からないので放っておいた。どいつもこいつも
自分勝手な海王ばかりで、独歩はだんだん腹が立ってきた。これでドリアンが
キャンディーくれなどと言おうものなら、もう夏恵なんてババアはどうでもい
いからぶち殺してやろうと考える独歩の前に、ドリアンが現れて叫んだ。
「キャンディーくれー!」
なんのヒネリもなかった。独歩はドリアンを撲殺して日本へ帰った。
海王は偉い。バカでワガママで弱いけど、みんな一所懸命生きている。
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