
????年??号
あまり知られていない事だが、日本と中国とでは時間の進み方が若干異なる。
具体的には、日本の一日の方が中国の一日よりも僅かに短い。概念的な問題で
はない。実際に、日本にいる人間の方が中国にいる人間よりも余分に年をとっ
ているのである。
中国で刃牙や勇次郎が遊び呆けている間、日本では50年の歳月が流れていた。
いろいろな事があった。刃牙一行が日本を発って五年目の春、本部以蔵が死
んだ。大擂台賽への出場を熱望して公園を飛び出した本部であったが、大擂台
賽がどこで行われているのかまでは知らなかった。日本各地を放浪の末、結局
戻ってきた元の公園で力尽きた。子供たちのさざめく砂場で大の字になって、
「大擂台賽、出たかった………ガク」
と言い残して、彼の魂魄は永遠の無に帰した。
13年目の秋、花山薫が結婚した。お相手は敵対するヤクザの組長の愛娘であ
る。抗争現場で偶然目にした彼女に一目ぼれした花山は、それから適当な理由
をでっちあげては何度も組長宅に殴り込みをかけるようになった。彼女目当て
とはいえ殴り込みなので、ちゃんと乱暴狼藉は働いていく。あまりのしつこさ
に怒り心頭に達した愛娘はある時、花山をもてなすふりをして運んできたタラ
イ一杯の豚の臓物を花山の頭にぶちまけた。花山は吼えた。
「何さらすんじゃコラ! 犯すぞクソアマ!」
「犯せるもんなら犯してみいや! ノン頬っぺ!」
これが結果的にプロポーズの言葉となった。秋空に教会の鐘が鳴り渡った。
36年目の冬、大ベテランの猪狩完至が格闘界を引退した。理由はアゴである。
50年目の夏。
手入れの行き届いた庭木に青々と生い茂った葉が風に揺れ、池の鯉が時おり
気だるそうに空中を跳ねる。夏の陽射しと波紋が混じり合って、何とも奇妙な
光沢模様を水面に描き出している。
渋川剛気邸の庭園を見晴らす縁側に、二人の老人が座っている。渋川剛気と
愚地独歩である。お茶の熱さにかすかに顔をしかめて、独歩が渋川に語りかけ
た。
「渋川さんや」
「はいよ」
「ワシら、ここまでよく馬齢を重ねてきたのう」
「はいよ」
「格闘人生の締めくくりに、もう一花咲かせてみたくはないかね?」
「はいよ」
「刃牙くん達は、まだ中国で大擂台賽の真っ最中か。ワシらも中国へ行って、
一つ参戦をお願いしてみようじゃないか」
「はいよ!」
渋川と独歩は中国行きの飛行機に乗り込んだ。中国の領空に差し掛かったと
同時に、二人の肉体に劇的な変化が現れた。干からびた皮膚は張りと瑞々しさ
を取り戻し、枯木のような痩躯に鋼の筋肉とムチのようなしなやかさが蘇り、
濁った瞳に炯々とした強い眼光が燃え上がった!
「渋川さん! ワシら若返っちまいましたぞ!」
「おうよ! 海王だろうが勇次郎だろうがまとめて相手になったるわい!」
「ワシら二人で、大擂台賽に旋風を巻き起こしてやりましょうや! うおー!」
興奮のあまり、独歩は手にしたビールの缶を力いっぱい放り投げた。何故か
コクピットのドアを開け放していた機長の後頭部に命中し、機長は操縦桿にも
たれかかって意識を失った。飛行機は大きく旋回して、日本領空に逆戻りした。
独歩と渋川は再び年寄りになった。
「渋川さんや。ワシらどっちが先に死ぬんかのう……」
「はいよ……」
操縦桿は傾いたままなので、飛行機はまた中国領空に入った。独歩と渋川は
若返った。
「やったるぞー! 海王なんか指先一つでダウンじゃー!」
「おうよ! 合気サイコー! 大擂台賽ラクショー!」
中国側で若返る。日本側でジジイになる。いつまでもいつまでも繰り返す。
飛行機は回り続ける。
大擂台賽は遠くなる。
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