????年??号

 ドリアン海王が逃げた!
 ただちに特別チームが結成され、大擂台賽を挙げての大捜索が行われた。死
刑囚としてのドリアンをよく知るオリバが陣頭指揮をとった。
「ドリアンは、必ずこの近くに潜んでいる! 草の根分けても捜し出せ!」
「ラジャー!」
 海王様の身を心から案じる観客達も、捜索班に続いて闘技場を飛び出した。


 誰もいなくなった闘技場で、二頭の牛が飼葉桶に首を突っ込んで草を食んで
いる。牛と牛の間に、ドリアンがいた。牛に挟まれていたので誰も気がつかな
かったらしい。
 足を畳んで正座をして、ドリアンはキャンディをなめている。ただひたすら
キャンディの甘さにその身を委ねている。
 キャンディ、うまい。キャンディ、なめる。ドリアン、なめる。
 キャンディ、ドリアンをなめている。
「俺をなめるなー!」
 キャンディ風情になめられたドリアンの怒りが爆発した! しゃぶるのも汚
らわしいそのキャンディを口から吐き出し、壁に向かってフルパワーで投げつ
けた。御影石のぶ厚い壁をぶち破り、どこまでも続く大平原をキャンディは光
の速さですっ飛んでいった。


「ドリアンはいたかー!」
「いませーん!」
 秋葉原にドリアンはいなかった。近く近くと言いながら、観光目当てでこん
な所まで来てしまったことを、オリバは激しく後悔した。
「今からでも遅くはない! 中国に引き返すぞ!」
「ラジャー!」


 大気圏外を軌道周回中の某国のスパイ衛星が、ドリアンの投げたキャンディ
を補足した。
「こちらステーション! 中国大陸上に、謎の飛行物体を確認!」
「撃っちゃえー!」
「ラジャー!」
 スパイ衛星から放たれたレーザーが、寸分過たずキャンディの中心核を貫い
た。キャンディは粉々に吹っ飛んだ。


「ドリアンはいたかー!」
「いませーん!」
 闘技場内のどの便所にも、ドリアンはいなかった。あまりの便器の汚さに耐
えかねて、片っぱしからピカピカに磨き上げてしまったが、これはドリアンの
消息とはあまり関係のない作業であった。思わぬ時間の浪費にオリバの焦りは
頂点に達した。
「こうなったら山狩りだ! みんな、俺について来い!」
「ラジャー!」
 オリバを筆頭に裏口から外に出た捜索班員と観客に、光の結晶がキラキラと
降り注いだ。ドリアンのキャンディのかけらである。
「甘ーい!」
 ズラリと並んだしかめっ面が、一斉に笑みほころんだ。キャンディの甘さに
天にも昇る気持ちになって、みんなで手をつないで裏山に登った。頂上に辿り
着いて、お日さまに向かって何度も両手をあげた。
「キャンディばんざーい! ばんざーい! ばんざーい!」


 深閑とした闘技場で、ドリアンの命脈は今まさに尽きようとしていた。
 客もいない、オリバもいない。牛もどこかへ行ってしまった。ひとりぼっち
のドリアンは、せんべい布団にくるまって、最後の力を振り絞って短冊を取り
出して、

キャンディで 腹いっぱいには なりません

と、したためた。これがドリアンの辞世の句となった。
 ドリアン海王、孤独の内に死す。餓死であった。

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