????年??号
他の海王は、劉の名を聞いただけで逃げ出した。勇次郎のケツの毛を抜き、
バキの乳首をかみ切って、ついでに梢江の顔面の皮をひん剥いた。圧倒的な強
さで、劉海王優勝。おめでとう、日本の未来はお前に任せた!
といったところで目が覚めた。午前六時。悪夢から解放された柳龍光は、布
団から這い出ると汗ばんだ体を引きずって、洗面所に向かった。
柳の見る夢は正夢である。外れたことなどただの一度もない。劉の優勝はも
う決まったようなものだ。だから大擂台賽のことはもう描かない。
冷たい水を頭からかぶった。いくらかスッキリした足取りで寝室に戻った。
神棚に向かって、左手一本で柏手を打つ。
神棚には手首が祀ってある。この世にただ一つ、柳の右手首である。毒の汚
れをシンナーで落とし、神々しいまでの輝きを放つ己の分身をしばし見つめて、
ホゥとため息をつく。美しい。
朝食後、日課の散歩に出かける。公園のベンチに座ってお茶をすする。鎖鎌
がからみついたままのジャングルジムが、過ぎし日の熱闘を思い出させる。勝
ち負けは時の運。ほんの紙一重の差だった。
ベンチの真向かい、勇次郎との闘いの決着を忠実に再現した『バカッの像』
を睨み付け、強く唇をかむ。
午後、父方の伯母が来訪。用件はわかっている。死刑の話だ。伯母は座布団
に腰を下ろすなり、お決まりの口上を切り出した。あんたもいい齢なんだから、
将来のことも考えないと。云々。山のような処刑具の写真の束を机に積み上げ、
この電気椅子はどうだとかこのギロチンはお薦めよとか手練手管でそそのかす
が、柳は取り合わない。まだまだ死刑になんかなっていられない。
伯母が立ち上がった。帰ってくれるのかと思いきや、隅に置いたバッグから
一枚の書類を取り出して戻ってきた。柳の前に広げ、署名を請求する。ドリア
ンの助命嘆願書だ。しぶしぶサインを済ませると、伯母も多少は満足した様子
である。あんたの頑固さには負けたけど、絶対また来るからね、と念を押して
居間から出て行った。玄関の引き戸をピシャリとやる音が聞こえた。
俺の頑固さは伯母さんゆずりだ。苦笑を浮かべる柳であった。
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