2005年13号 第241話

【前回まで】
大波乱の幕引きとなった大擂台賽。帰途につく刃牙は一つの決意を固めていた!!!

 ついにこの日がやってきた。海王たちとの闘いで更なる成長を遂げた刃牙に、
もはや恐れや迷いは一点もなかった。日本に着いたらすぐさま勇次郎に勝負を
挑む。愚地独歩や本部以蔵の見守る前で、彼らが成し得なかった勇次郎越えを
果たしてみせる。固い決意を胸に秘め、刃牙はヘリの固いシートに横たわって
しばしの眠りについた。ヘリよ、早く日本に着いてくれ!


 着いた先はインドだった。勇次郎の姿も吉野屋も少年チャンピオンもなーん
にもない。眼下に広がるガンジス川にはチンコ丸出しのクソガキ共が寿司詰め
になって、ヤケクソのように泥水をかけあって笑っていた。
「ここはどこだー!」
 刃牙は笑うどころではなかった。血相変えてヘリのパイロットに詰め寄って、
胸ぐらを掴んで激しく揺さぶった。パイロットは刃牙の腕を引きはがし、落ち
着いた口調で言った。
「オマエ、インド似合ッテル。ココデ暮ラセ」
 全然似合ってないし暮らすつもりも毛頭ない。仮に似合っていたとしても、
勇次郎のいないインドで一生を終える訳には断じていかない。勇次郎は一足先
に日本に帰っているはずだが、モタモタしていたらまたどこかへ行ってしまう。
「オレをオヤジと闘わせろー!」
 パイロットはじだんだ踏んでわめく刃牙を面白そうに見ていたが、やがて根
負けしたのかため息をついて、そして大きく頷いた。
「サテ、ココニ三頭の牛ガイマス」
 全く関係のないことをほざき出した。怒りで失神寸前の刃牙には取り合わず、
パイロットは話を続けた。
「コノ中ノ一頭が、ジャスト十秒後にウンコシマス。ソノ牛ヲ当テタラオマエ
ヲ日本ニ連レテ帰ッテヤリマス」
 そんなもの分かる訳がない。分かる訳はないのだが、正解しなければ日本に
は帰れない。刃牙は何度か深呼吸をして心を落ち着けて、牛ではなくパイロッ
トの目線を追った。パイロットが牛に何らかの仕掛けを施しているという読み
である。パイロットは真ん中の牛をじっと見つめていた。
「こいつだ!」
 刃牙は真ん中の牛を指さした。十秒後、その真ん中の牛が体を小刻みに震わ
せて柔らかな糞をひりだした。
「当たったー!」
 牛の脱糞シーンを見て小躍りする刃牙を、パイロットは冷たく見下ろしてい
る。牛の前にしゃがみこんで、糞を右手にすくって刃牙の前に突きつけた。
「オマエニハ、コレガ牛ノウンコニ見エルノカ」
 パイロットの目に涙があふれ、糞を握りつぶした。
「コレハ、オレノ哀シミダー!」
 刃牙は黙って背中を向けて、ヘリに向かって歩き出した。パイロットはあわ
てて刃牙の後を追った。
「ドコ行クノ! 何スンノ! ワタシノコト嫌イナノ!」
「大嫌いに決まってんだろボケ。もーオレがヘリ操縦すっからお前は死ね」
「ソンナ簡単ニ操縦デキナイヨ! ヘボ海王ヲ倒シタクライデイイ気ニナッテ
ンジャナイヨ!」
「李海王に言いつけっぞ。いいからどけ。ヘリが落ちたらその時考えるから」
「ワカッタ! ドウシテモ行クンナラ、コノ男ヲ倒シテカラ行ケ!」
 パイロットの合図でヘリから飛び出してきたのは、ヘリに同乗していた寂海
王だった。機内でウォームアップをすませて、汗が珠のように光っている。
「刃牙くん、男の勝負に言葉はいらない! 存分に拳で語り合おう!」
 寂の意味不明のやる気まんまん加減がこの上なくイライラきた。刃牙はお望
み通りの特上の拳を寂のみぞおちにお見舞いして、それで寂はお陀仏となった。
「ハイ、負ケタ寂サンハ罰ゲーム!」
 パイロットが嬉々として寂をヘリに放り込んで、自らも操縦席に戻ってヘリ
を飛ばした。ヘリは空の彼方に消えて、数時間後に戻ってきた。ヘリの中には
中国から持ち帰った梢江の人形があるだけで、寂の姿はどこにもない。刃牙は
パイロットに尋ねた。
「寂さんは?」
「罰ゲームデ日本ニ強制送還シタヨ!」
「んもー!」
 刃牙はその場に崩れてよよと泣いた。刃牙よ、日本にいつ帰る。


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