2005年12号 第240話

【前回まで】
絶命することで、自らの身を護った郭海皇!!その郭を勇次郎は「さすが海皇」と讃えた。

 勇次郎は椅子にふんぞり返って、うまそうにコーラを飲んでいる。郭海皇に
一杯食わされた悔しさなど微塵もない。逆にさすがは海皇と、独自の武術観で
勇次郎と渡り合った郭に一定の評価を与えている。全然まったく悔しくない。
「ウソつけ。本当は死にそうなくらい悔しいんだろ」
 刃牙がそう言ったら椅子の背もたれが折れた。勇次郎は後頭部を床に打ち付
けて口から米粒を吹き出して、控え室に米粒の雨が降った。起き上がって刃牙
の胸ぐらを掴んで、ムキになって否定した。
「悔しくねえっつってんだろ!」
 大口開けてわめくので、刃牙の顔も米粒だらけになった。刃牙は米粒をぬぐ
い取って無表情で言った。
「なんでコーラ飲んでたのに米粒なんだよ」
「そんなこたどーでもいい! 悔しくない証拠を見せてやる!」
 勇次郎は出口のドアノブに手をかけた。刃牙は勇次郎に尋ねた。
「どこ行くんだよ」
「郭の控え室に行って、郭の健闘を讃えてやるのだ」
 勇次郎は怒っていないので、ノブをゆっくり回してドアを開けた。優雅な足
取りで外に出て、ノブを握ってドアを静かに閉めた。ノブから手を離そうとし
たところへ中国人のガキが走ってきて、勇次郎とすれ違いざまに言った。
「あ、騙されて吠え面かいた勇次郎だ」
 ノブを中心にドアに亀裂が走って粉々になった。筋肉と血管の化け物みたい
になった勇次郎は、ノブだけになったドアをガキに向かって投げつけた。
「吠え面なんぞかいてねえ!」
 ガキの姿はすでになく、ノブは向こう側の壁を突き破って飛んでいき、燃え
る火の玉となって中国の街を焼き尽くした。それでも収まりがつかず、バット
をメチャクチャに振り回して通路の蛍光灯を片っ端から叩き割った。
「うおー!」
「まあまあ、悔しくないんだったら落ち着いて」
 刃牙は勇次郎の背中から組み付いて、勇次郎の玉袋を優しく掴んでゆさぶっ
た。それで勇次郎は平静を取り戻した。
「よし、行くぞ刃牙」
 勇次郎は今の騒ぎなど始めからなかったような顔をして歩き出した。その後
は特に勇次郎の神経を逆撫でするような事件もなく、郭の控え室が見えてきた。
通路の一番奥、左側のドアがそうだ。
「おらオヤジ、大人の対応見せてみろや」
「言われんでも見せたるわ」
 勇次郎は穏やかな笑みをたたえて歩を進めた。ドアの前まで来たあたりで、
中から声が聞こえてきた。
「郭のダンナも大物でやんすねえ。死んだフリして勇次郎をコケにするなんざ」
「ふぉふぉふぉ」
「思わず作っちゃいましたぜ、コケにされた勇次郎を印刷した特製ティッシュ」
「ふぉふぉふぉ。これがホントのコケティッシュじゃな」
「あちゃー! やっぱり郭のダンナにはかなわねえや!」
「ふぉふぉふぉ。さあみんな、早速コケティッシュでオナニーじゃ!」
「うおー!」
 勇次郎はドアを素通りして壁をぶち抜いて外に出た。笑いの貼りついた顔が
マスクメロンみたいに血管の筋だらけになって、我を忘れて暴れ回った。
「何がコケティッシュだバカヤロウ! オレはコケになんざされてねえ!」
「だから落ち着けって。郭の健闘を讃えてやるんだろ」
 刃牙は怒りで沸騰する勇次郎を肩にかついで、そばの湖に放り込んだ。もの
凄い水蒸気が辺り一面に広がって、湖の水はあっという間に蒸発した。
「落ち着いた?」
「うむ。落ち着いた」
 勇次郎は得体の知れない魚の骨をペッと吐き出して、建物の中に戻って控え
室のドアをノックした。
「郭ー! いるかー!」
 返事はない。鍵は開いている。郭がいることは分かっているので、勇次郎は
ドアを開けて部屋の中に入った。
 郭は死んでいた。烈が勇次郎に抱きついてきて、涙ながらに言った。
「郭老師が! 郭老師が年甲斐もないオナニーのせいで!」
 これも罠か、はたまた今度こそ昇天か! どう出る勇次郎!


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