
2005年10号 第238話
【前回まで】
独特の拳法で勇次郎を襲う郭海皇。だが勇次郎は攻撃を受け切り、反撃に出たが…!?
【ウソバレ的・前回まで】
シコルスキーは最凶死刑囚を四人まで集め、あとは大擂台賽に参加中のドリアンを残すのみとなった。中国へと向かうシコルスキー達を待ち受けるものは!?
大擂台賽の会場では、勇次郎とヨボヨボの爺さんが闘っていた。爺さんがあ
まりに弱そうでいたたまれなかったので四人は試合から目を背け、手分けして
ドリアンの捜索にかかった。
「ウー!」
スペックが通路でドリアンを発見した。通路に突っ立って独り言を呟いてい
たドリアンは、気配に気づいてスペックを見た。ドリアンは日本で烈に負けた
ショックでクルクルパーになって、子供の頃大好きだったキャンデーのことし
か考えられなくなっていた。だからきれいな緑色のボールになって跳ね回るス
ペックも、ドリアンの目には
「キャンデー!」
にしか見えなかった。よだれの飛沫をあげてスペックにむしゃぶりついて、
海王のスーパーバキュームで一滴残らず吸い取ってしまった。
「コレ、キャンデーチガウ。ドリアン、ベリベリガッカリ」
ドリアンは歯に挟まった金属の塊をペッと吐き出してどこかに歩いていった。
ドリアンの吐いた金属はロケットだった。スペックが肌身離さず身につけてい
たロケットの蓋は開いて、ドリアンの写真がなんだか寂しそうに笑っていた。
スペック、戦線離脱。
柳もドリアンを捜している。柳の後ろにはドイルがいて、両側の壁に頭をゴ
ンゴンぶつけながら執拗に柳を追いかけている。
「アンタ」
ドイルが柳を呼んだ。ドイルの狙いはもちろん柳への復讐で、柳もそのこと
をよく分かっていた。柳は前方を見たまま答えた。
「なんだ」
「アンタ、本当はやっぱりヤ・ナーギだろう」
「そうだ。私が柳龍光だ」
「死ねー!」
光の線が横に走った。ドイルの繰り出した刃の一撃を柳は間一髪でかわし、
刃は柳の前にいた大男の衣服を切り裂いた。大男は中国の毒手使いの李海王だ
った。
「キサマこそ死ねー!」
全裸になった李はドイルの横面を毒手で張り飛ばした。この李海王、大擂台
賽の一回戦で刃牙と闘って敗れている。柳の毒に冒されていた刃牙は李の毒を
存分に食らって、なんと毒同士が中和して完全復活してしまった。専門用語で
「毒が裏返る」という。ドイルも柳の毒を受けていたので、李の毒が中和剤と
なって毒が裏返った。
「見える! 目が見える!」
ドイルの目は治った。光を取り戻した目に殺気をたたえて、憎き柳と全裸の
李を交互に見た。
「どっちがヤ・ナーギだ!」
ドイルは柳の顔を忘れていた。柳と李は黙って窓の外を指さした。道路の向
こうから、何匹もの豚を積んだトラックがアクセルべた踏みで爆走してくる。
「あの豚がぜんぶ柳だ」
「きさまらがヤ・ナーギかー!」
ドイルは柳の生物分類も人数も忘れていた。窓ガラスを破って飛び降りて、
真下にさしかかったトラックに着地して豚に向かって正義の刃をふるった。
「ヤ・ナーギ! おおヤ・ナーギ!」
ドイルと豚を乗せたトラックは速度を緩めることなく、砂煙をあげて地平線
の彼方に走り去った。ドイル、戦線離脱。
「さて李海王よ」
柳は李に向き直った。中国一の毒手の使い手である李海王の名は、同じく毒
手業界に身を置く柳の耳にも届いている。やることは一つだった。
「世界一の毒手使いの座を賭けて、勝負!」
李の顔面目がけて投げつけた自慢の毒手を、李は必殺の毒バットで窓の外に
かっ飛ばした。ドイルが消えたのと反対側の車線から子牛を満載した荷馬車が
マッハのスピードで走ってきて、毒手はその荷馬車の上に落ちた。
「私の毒手ー!」
柳も毒手を追って荷馬車に飛び降りた。子牛と毒手とかわいそうな柳を乗せ
た荷馬車は音速の壁を突き破って、風吹く地平線の彼方に消えていった。柳龍
光、戦線離脱。
「ドリアーン! キャンデーやるぞー!」
シコルスキーはバケツいっぱいのキャンデーを抱えてドリアンを捜し回って
いる。選手控え室の前までやってきて、ふいに背後から声をかけられた。
「何やってんの、シコルスキーさん」
忘れもしない声だった。シコルスキーは振り返って、血走った目で刃牙を睨
みつけた。思えばシコルスキーの転落は、刃牙とのタイマンに負けた瞬間から
始まった。刃牙の鼻の下のスケベボクロにうなされた夜も一日や二日ではない。
すぐにでも仕返ししてやりたいところだが、シコルスキーはそれどころではな
かった。
「うっさいボケ。いま忙しいからあっち行け」
「知ってるよ。最凶死刑囚を集めてオレたちとやりあおうってんだろ」
シコルスキーは何も言ってないのに、刃牙は事情を知っていた。まさか刃牙
も最凶死刑囚なのか、と考えたがそんな訳はない。おそらく園田から連絡がい
ったのだろう。刃牙は人を小馬鹿にしたような目つきでシコルスキーを見てい
る。鼻の下のスケベボクロもシコルスキーをあざ笑っているように見える。
「アンタらカスが何人集まったって、格闘エリートのオレたちに勝てる訳ない
じゃん。死刑囚は死刑囚らしく刑務所に帰って、便所のフタでも磨いてろよ」
刃牙のあからさまな挑発に、シコルスキーの怒りが爆発した。
「いい加減にしろクソガキ! あんまり調子こいてっとふしゅるぞ!」
「ふしゅる?」
刃牙は不思議そうに聞き返した。当のシコルスキーにも意味はよく分からな
い。そういえば刃牙にコテンパンにやられたショックで言語能力が低下して、
ふしゅるとしか言えなくなった時期がシコルスキーにはあった。
「ところでシコルスキーさん、アンタの持ってるそれは何?」
刃牙は話題の矛先を変えた。シコルスキーはこの質問には真面目に答えた。
「見りゃ分かるだろ。ドリアンの好きなキャンデーだ」
「いや、キャンデーじゃなくて、入れ物の方」
「入れ物? バケツのことか?」
「バケツ?」
それは確かにバケツだった。刃牙はシコルスキーとの闘いで、油断したシコ
ルスキーにバケツをかぶせてボコボコに殴りつけたのだった。
「キャンデーってさ。丸くて小さくて、何かの形に似ていないかい?」
刃牙はまた別の質問をした。シコルスキーは頭に靄がかかったようになって、
思考とは関係なく口が勝手にしゃべりだした。
「ああ、キンタマがちょうどこんな形をしているな」
「キンタマ?」
バケツをかぶったシコルスキーは刃牙に股間を蹴り上げられて、キンタマを
片方潰された。そしてふしゅるとしか言えなくなった。
バケツ、キンタマ、ふしゅる。忌まわしき過去のキーワードがすべて揃った。
そして過去が蘇った。
「うらー!」
刃牙はシコルスキーの手からバケツをひったくって頭にかぶせた。シコルス
キーの足元に大量のキャンデーが転がった。
「でー!」
もがくシコルスキーをボコボコにぶん殴った。視界を奪われたシコルスキー
に成す術はない。すべてのパンチが命中して、シコルスキーは立っているのが
やっとなほどに足元がふらついた。
「とどめー!」
刃牙の蹴りがシコルスキーの股間に炸裂して、残り一つのキンタマは潰れた。
シコルスキーの脳裏に、刃牙のスケベボクロとかけおちしたキンタマの姿が浮
かんで消えた。
「ふしゅるー!」
シコルスキーは断末魔の叫びをあげて、血の小便をまき散らしてひっくり返
った。そこへオリバがやってきた。
「おや刃牙くん。どうした」
「オリバさん、ゴミを捨てといてくんないかい」
オリバはぶっ倒れているシコルスキーに気がついて、ニヤリと笑って刃牙に
言った。
「ああ、捨てようか」
シコルスキーの首根っこを掴んで、通路の向こう側に思い切りぶん投げた。
シコルスキーはキャンデーの上を滑るように転がって、突き当たりのダストシ
ュートに飛び込んだ。ダストシュートは焼却炉とつながっており、間もなく焼
却炉の煙突から七色の煙がふしゅると立ち昇った。シコルスキー、戦線離脱。
「ドリアンモ、ヤル!」
勇次郎と中国軍大将の郭海皇が死闘を繰り広げる試合場に、一人の男が現れ
た。ドリアンだ。いや、一人ではない。ドリアンの背後には四つの影が控えて
いる。影はすっくと立ち上がり、そして一斉に黒いマントを脱ぎ捨てた。
中国の最凶死刑囚、張! 姦通罪!
フランスの最凶死刑囚、アブシェ! ハイジャック!
インドの最凶死刑囚、ナラーヤ! 放火及び万引き!
ケニアの最凶死刑囚、ムガジボ! 肛門断裂罪!
「ドリアン、キャンデー五人集メタ! ドリアンモ闘ウ!」
ドリアン海王を頭に抱いた最凶死刑囚軍団、ここに完成! よかったよかっ
た! というところに郭が歩いてきて、ドリアンに問うた。
「ドリアンくん、キミにとって大擂台賽とは一体何かね」
「キャンデー!」
「ほんじゃあキャンデーやるから家に帰んなさい」
「ドリアン、帰ル!」
最凶死刑囚軍団、解散! お疲れさん!
次号
前号
TOPへ