
2005年09号 第237話
【前回まで】
鬼の形相を出し、全力で襲い来る勇次郎に対し郭は140年間の武の意地を見せ…!?
【ウソバレ的・前回まで】
スペックとドイル、二人の最凶死刑囚の救出に成功したシコルスキー。残る最凶死刑囚はドリアンと柳龍光の二人。シコルスキー一行の旅は続く。
柳は公園で消息を絶ったらしい。その後の行方は杳として知れない。手がか
りを求めて、三人は公園へ向かうことにした。
埋立地から公園まで一時間ほどの道のりで、ドイルは七回車にはねられた。
最凶死刑囚なのでケガはないが、明らかに足取りがおかしい。七回目の事故の
直後、シコルスキーは思い切ってドイルに疑問をぶつけてみた。
「アンタ、ひょっとして目が見えないんじゃないか?」
「見えん」
毒のせいだろう。オリバがドイルのことを毒に冒されてばっちいと評してい
たが、ばっちい上に役に立たない。シコルスキーはドイルへの友情が急速に薄
れていくのを感じた。そんな空気を察したのか、ドイルは胸を反らして言って
みせた。
「大丈夫。目が見えなくても、私は常人と変わらず動くことができる」
だったら車もよけやがれ、とシコルスキーもスペックも周りの野次馬も思っ
たが、みんな優しいので口には出さない。ドイルは起き上がって赤信号の横断
歩道を歩きだした。
「さあ、目指す公園はすぐそこだ! 張り切っていこう!」
言ってるそばからまた車にひかれたら面白いのに、何事もなく渡りきった。
ドイルのそういう空気を読まないところも、シコルスキーは大嫌いだった。
公園に到着した。よく晴れた午後の公園にはすべり台で遊ぶ子供がいて犬を
散歩させている女性がいてベンチでくつろぐ老人がいて、柳と本部が死闘を演
じたことなどまるで感じさせないのどかな風景であった。
「よし」
シコルスキーは柳の毒手を取り出して、のどかな広場のど真ん中に置いた。
こうしておけば、柳は必ず大事な毒手を取り戻しにくる。罠を仕掛けて待つこ
とにした。
「ところでシコルスキーくん」
茂みの中に身を隠すとドイルが声をかけてきた。心なしか顔が青ざめている。
「ん?」
「私の目が見えないのは、ヤ・ナーギの毒のせいなんだがね」
「ん」
「ヤ・ナーギが現れたら、ただちに殺しても構わないね?」
構うに決まっている。五人揃えて大擂台賽に参加しようというのだから、一
人欠けただけでも計画がパーになる。
「ダメ。我慢しろ」
「いやだ。私はやる」
シコルスキーは天を仰いでため息をついた。首尾よく柳を確保したとして、
隣のバカの暴発をどうやって食い止めようか、考えただけで頭が痛くなった。
しばらくして、頭の悪そうなガキが近づいてきた。毒手のそばにしゃがみこ
んで、不思議そうに棒で突付いている。
「ヤ・ナーギか!」
目の見えないドイルが立ち上がった。シコルスキーはドイルの頭を押さえつ
けて無理やり座らせた。
「違う」
「そうか」
ドイルのせいでこちらの存在がガキにバレた。鼻水を垂らしてこちらを見つ
めるガキに、シコルスキーは小石を投げて追っ払った。
またしばらくして、今度は野良犬がやってきた。毒手の匂いを嗅いで、すぐ
に興味を失って毒手に小便を引っ掛けた。
「ヤ・ナーギか!」
「違う」
「そうか」
立ち上がりかけたドイルはしょんぼりして腰を下ろした。犬と人の気配の区
別もつかないようだった。シコルスキーは念を飛ばして犬を追っ払った。
更にしばらくして、柳がやってきた。自分の毒手を発見して、しかしすぐに
は拾わなかった。罠を警戒しているようだ。
「今度こそヤ・ナーギか!」
「違う」
「そうか」
ドイルはシコルスキーのウソに何の疑惑も持たなかった。柳は辺りに目を配
って、そしてニヤリと笑った。毒手のすぐそばにつっかえ棒があって、巨大な
ザルが立てかけてあるのを発見したのだ。
「そんな幼稚な罠に引っかかるか! バカめ!」
柳はつっかえ棒を蹴倒した。ザルは誰もいない毒手の上に覆いかぶさって、
そのザルを素早くのけて中の毒手に手を伸ばした。その時だった。
「ウー!」
柳には何が起こったのか分からなかった。目の前が突然緑色の幕に覆われて、
それきり気を失った。
目が覚めると、シコルスキーとドイルと変なアメーバ状の物体が自分を取り
囲んでいた。
「よーしスペックえらいぞ、ご褒美だ」
「ウー!」
スペックはシコルスキーに貰った骨付き肉をうまそうに体内に取り込んでい
る。すっかりペットの分際に落ちぶれている。緑色の幕の正体はスペックで、
ザルとスペックの二重の罠を張っていたことは言うまでもない。シコルスキー
は意識の回復した柳に言った。
「捜したぜ、ヤ・ナーギさん」
「やはりヤ・ナーギか!」
「だから違うって」
「そうか」
柳はシコルスキーとドイルの訳の分からないやりとりをぼんやりと聞いてい
る。奪還した毒手を見つめて、次に三人に視線を移して口を開いた。
「何事だこれは」
「実はだな」
「そうか、そういう事か」
シコルスキーが何も言わない内に、柳はすべてを理解した。最凶死刑囚同士
だから話が早くて助かる。柳も大擂台賽の参加には大乗り気だった。
「しかし、わざわざ罠を張らんでも声をかけてくれればよかったのに」
「行方をくらましているんだから、のこのこ出て行ったら逃げられると思った」
「ははは、違いない」
シコルスキーは柳と一緒に笑ったがすぐに真顔になって、柳の左手を強く握
った。
「頼りにしてるぜ、ヤ・ナーギさん」
「さてはヤ・ナーギか!」
「違うって何度も言ってんだろ。しつこいな」
「そうか」
最凶死刑囚たちの最初の出会いは地下闘技場だった。世に敵はなしとうそぶ
いていた彼らはその後それぞれに敗北を味わって、ある者は自我が崩壊しある
者は毒手を失い、ある者は人間を捨ててアメーバになった。キラ星のごとき最
凶死刑囚たちは心も肉体も打ち砕かれて、輝きを忘れた星屑となった。しかし
時を経てここに邂逅を果たし、一つの巨星として復活を遂げつつあるのだった。
星屑の最後の一片は中国にある。四人の到着をいまや遅しと待ちながら、孤
独な闘いを続けている。
「さあ! ドリアンを迎えに行くぞ!」
「あちょー!」
四人は意味不明の奇声を発して飛行機に勇躍乗り込んだ。いざ、中国へ!
次号
前号
TOPへ