
2005年08号 第236話
【前回まで】
キャリア140年を誇る超武術家・郭に対し、勇次郎が全力をもってトドメを刺しに行く!!
【ウソバレ的・前回まで】
大擂台賽出場のために残りの最凶死刑囚を集めるシコルスキー。しかしスペック以外の最凶死刑囚は刑務所の中にはいなかった。途方にくれるシコルスキーの出した結論は…!!
扉はびくともしなかった。自分で鍵をしめて溶接して封印までしたことを思
い出して、シコルスキーは若さゆえの自分の短慮をほんのちょっぴり悔いた。
しかし悔いても大金持ちになれる訳ではない。扉上部の覗き窓は塞いでいなか
ったので、そこから中の様子を窺った。
「おーい。生きてるかー」
スペックはこっちを見ている。ベッドに横たわったままで、体をプルプル震
わせている。
「大擂台賽、出たいかー?」
シコルスキーの問いかけに、スペックは嬉しそうな顔で答えた。
「………ウー………」
ハイなんだかイイエなんだか分からない。聞きなおすのも面倒なので、シコ
ルスキーは話を続けた。
「出たいんだったら、自力で部屋から脱出しろー」
スペックの笑い顔がいっそう皺くちゃになってとろけそうな笑顔になった。
と思ったら本当に溶けていた。スペックの体は緑色のアメーバ状になってベッ
ドからずり落ちて、床から扉へ這いずって移動した。覗き窓の鉄格子の間から
ところてんみたいにあふれ出して、シコルスキーの足元に落ちた。
「よし、よく頑張った」
シコルスキーは別に驚かない。最凶死刑囚ならこのぐらいの芸当はできて当
たり前なのであった。アメーバのスペックは大きなボールの形になって跳ね回
って、中国に行ける喜びを体いっぱいに表現している。
「さあ、残りの三人を捜しにいこう」
「ウー」
捜す当てもなければ金もない。あるのは鍛え上げた己の肉体と、役に立つだ
ろうと確保しておいた柳の毒手だけ。それでもシコルスキーとスペックは歩き
出した。そう、大擂台賽の舞台に立つために! その手に未来を掴むために!
「この辺だ! 探せ!」
そこは一面のゴミの山だった。警視庁から出たゴミはこの埋立地に集められ
る。最終的な処分がまだならば、ドイルはこの山のどこかに眠っているはずで
あり、処分されていないことはシコルスキーには分かっていた。
「半径10メートル以内のゴミ袋だ! 片っ端から破りまくれ!」
シコルスキーは大きな懐中時計のような機械を持っている。機械の盤面はス
クリーンになっていて、中央に黄色い光が点滅していた。行きがけの電器屋で
買ったドイルセンサーが大いに役に立っている。金は通りすがりの中学生から
もらった。
「うおー!」
シコルスキーがもの凄い勢いでゴミ袋を破いて中身をぶちまけているところ
へ、警備員がやってきた。見るからに怪しげなロシア人とアメーバを交互に見
て、うさん臭そうに言った。
「あんたら、何してんの?」
「同僚の死刑囚が埋まっている! アンタも手伝ってくれ!」
「よし分かった!」
意外と物分りのいい警備員だった。左手の小指を折り曲げてヒジから鋭い刃
を出して、流れるような動きでゴミ袋を切り裂いていった。実に鮮やかな手並
みである。
シコルスキーと警備員がこんなに頑張っているのに、アメーバのスペックに
は手がないので何もできない。なんとなくそこら辺を這いずり回って、ゴミ袋
を粘液だらけにして遊んでいる。当然シコルスキーの罵声が飛んだ。
「サボってんじゃねえぞジジイ! つれて来てやったんだからちゃんと働け!」
ジジイ呼ばわりがたいそうカチンときた。緑色だったスペックの体が怒りで
真っ赤に変色して、大きく伸び上がって何倍にも広がった。
「ウー!」
咆哮を上げてシコルスキーと警備員の上に覆いかぶさった。すんでのところ
でかわした二人の目の前に猛烈な水蒸気が吹き上がり、スペックの下敷きにな
ったゴミ袋がみるみる内に溶けていった。止める間もあらばこそ、ゴミ袋は一
つ残らず溶けてなくなり土の地面がむき出しになった。もちろんドイルのドの
字も見当たらなかった。
「ドイルー!」
ドイルはゴミ袋と共に露と消えた。シコルスキーは友の名を叫んで泣いた。
すっかり落ち着きを取り戻したスペックも緑色に戻って、自らの所業を悔いて
泣いている。力の及ばなかった警備員も嗚咽を漏らしながら、体中に仕込んだ
刃を出し入れしたり胸から火を噴いたりして死者の魂を弔っている。シコルス
キーは泣きながら傍らのゴミ袋を破いて中身を漁って、古ぼけたスリッパを手
に取った。泣きながら警備員の背後に回って、泣きながら後頭部をスリッパで
思い切り引っぱたいた。
「てめえがドイルだ! 何やってんだバカ!」
「話は聞いた! 私も中国に行くぞ!」
なんのリアクションもなく、いきなり本題に切り込んだ。誰から話を聞いた
のかは分からないが、とにかくドイルも大擂台賽の参加を承知してくれた。こ
れで三人。残る最凶死刑囚は二人だ! 探せ!
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