2005年06号 第234話

【前回まで】
郭 海皇の消力の拳を消力で受けた勇次郎。だが消力は二度と使わないと言い放ったッッ…!!

「大擂台賽だとお!」
 文字の形のブロックを吐き出したみたいな声で叫んで、シコルスキーは新聞
紙を真っ二つに引き裂いた。刑務所の薄暗い廊下にはシコルスキーと園田警部
の他には誰の姿もない。シコルスキーは破った新聞にもう一度じっくり目を通
して、そして園田に言った。
「大擂台賽の記事なんてどこにも載ってないぞ」
「そんな昔の新聞には載っとらん。たった今、中国でやっとるんだ」
 シコルスキーが破いたのは読むための新聞ではなく、掛け布団替わりの古新
聞だった。最凶死刑囚として名高いシコルスキーには警察官のファンも多く、
刑務所内でもVIP級の待遇を受けていたのだが、地下闘技場で雑魚のガイア相
手に醜態をさらした罰で特別監房を追い出され、今は廊下で寝泊りをしている。
薄い新聞紙にくるまってスンスン泣いていたところに園田がやってきて、中国
で大擂台賽という百年に一度の格闘大会が開催されているという話を聞いた。
「オレも出るぞ!」
 シコルスキーは涙を拭いて立ち上がった。敗北を知りたくてやってきた日本
で何度も何度も敗北を味わい、シコルスキーは敗北がすっかり大嫌いになって
いた。今はひたすら勝利の美酒に酔い痴れたい。そんなシコルスキーの願いを
見透かしたかのように、園田はケツをかいていた手をズボンから抜いてシコル
スキーの鼻先に近づけた。
「臭くない! いいからオレも大擂台賽に混ぜろ!」
 シコルスキーは園田の手を邪険に振り払って訴えた。しかし無情にも園田の
答えはノーだった。
「ダメ。だってお前死刑囚だもん」
 もっともな話だった。園田は自分の手の平をじっと見つめて、そして匂いを
嗅いでみた。
「臭いじゃん」
「どっちでもいい! その死刑囚を廊下にほっぽり出して知らん顔を決め込ん
でいるのはどこのどいつだ!」
 これまたもっともな話だった。見事に切り返されて、園田は苦笑いを浮かべ
ている。シコルスキーはここがチャンスとみて、もう一つお願いをした。
「大擂台賽で優勝したら、オレを自由の身にしてくれ!」
 園田は考えた。こんなバカチンが猛者ぞろいの大擂台賽で優勝できる訳がな
い。万が一優勝したところで、シコルスキーの身柄はロシアの管理下にあるの
だから日本の警察には何の権限もない。だから自分たちが釈放してやっても、
ロシアに帰ったら速攻で死刑になるだろう。それですべては丸く収まる。
「えーよ。中国行っといで」
「いえー!」
 大喜びで外に出ようとしたシコルスキーを、園田が呼び止めた。
「そういえばな。大擂台賽、今は五対五の対抗戦をやっとるらしいぞ。どうす
んの?」
「五人?」
 シコルスキーは立ち止まってしばし考え、ゆっくりと園田を振り返った。そ
の貌には邪悪な笑みが浮かんでいる。
「ソノダよ。本当に大擂台賽に参加してもいいんだな?」
「えーよ」
「だったら! 最凶死刑囚の残り四人、今すぐ外に出してもらおうか!」
「えーよ」
「本当にいいのか! あらゆる国のあらゆる人々に災厄をふりまいた凶悪犯罪
者を、いっぺんに五人も野に放つことになるんだぞ!」
「えーよ」
 えーよの大盤振る舞いに、逆にシコルスキーの方がたじろいだ。園田はポケ
ットから鍵の束を取り出してシコルスキーに渡した。
「自分で鍵開けて、テキトーに連れ出してえーよ」
 園田、怒涛の太っ腹!


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