2004年52号 第230話

【前回まで】
戦闘という緊急事態の中にあっての脱力という不可能事を可能にする「消力」。範馬勇次郎の攻撃が郭 海皇の「消力」に効かない!?

 郭に全くダメージを与えられなかったのに、勇次郎は突然狂ったように笑い
出した。笑いながら通路の方に歩いていって、ボケーと突っ立っていた刃牙の
首を手刀で切り落とした。刃牙の生首を右手にはめて戻ってきて、刃牙の口を
パクパクさせながら郭に言った。
「消力なんてオレでもできるっての。146歳にもなって格闘なんかやっちゃっ
て、バッカじゃねーの」
 郭は刃牙が喋ったと思っている。二十歳前の若造に自慢の消力をコケにされ
て、郭のプライドは玉袋の裏まで傷ついた。
「ほんじゃ今すぐ消力やってみろよコラ。できなかったらぶっ殺すからな」
 怒りのあまり口調がおかしくなっている。勇次郎はようやく笑いが収まって、
天井に向かって両手を伸ばした。
「おお見せてやろーじゃねーか。オレの消力に嫉妬して悶え死ね!」
 勇次郎の筋肉が膨れ上がって衣服が破れた。空気が震えて大地が裂けて、力
の奔流が闘技場に渦巻いた。勇次郎は全身に気合いをこめて絶叫した。
「うりゃー!」
「それは消力じゃないのね」
 郭の声で我に返った。勇次郎は消力を一旦中止して、不機嫌そうに郭を見た。
「なんで」
「あのね。消力ってのは、体の力を抜くから消力なのね。ふんばってうりゃー
とか言っちゃう時点で消力とは違うのね」
 郭は冷静さを取り戻した。口調も元に戻っている。
「全然違うよバカ。世の中にはいろんな消力があんだよ。オレの消力は力まか
せの消力なんだからこれでいいんだ」
「それは言い訳なのね。消力できなかったんだから、約束通りアンタ死ぬのね」
 郭は勇次郎の手から刃牙の首を引っこ抜いて、刃牙の眉間にアイスピックを
あてがった。
「刃牙くんよ、最後に言い残すことはないか」
 刃牙は何も答えない。郭はなんとなく不安になってもう一度呼んでみた。
「刃牙くん?」
 やはり返事はない。郭は刃牙の脈をみようと手首を探したが、刃牙には手首
はおろか胴体すらなかった。
「死んでるー!」
 ようやく事態を把握した。驚いて刃牙の首を放り投げた郭の一瞬のスキを、
勇次郎は見逃さなかった。
「けー!」
 消力を使う間もなかった。勇次郎の放った蹴りをまともに受けて、郭は死ん
だ。死んだら体中の力が抜けて、存在自体が消力になった。
「だー!」
 ついでに刃牙の首も蹴っ飛ばした。二階の壁にあたって跳ね返ってきた刃牙
は、しかしうめき声一つたてなかった。刃牙はとっくに消力になっていた。勇
次郎は郭と刃牙への攻撃を続けたが、真の消力となった二人には全く効き目が
なかった。その代わり立ち上がってもこないので、これはダウンではないかと
審判にお伺いを立ててみた。
「ノー!」
 やっぱりダメだった。勇次郎は最後の手段に打って出た。顔を真っ赤にして
力を込めて、一度は郭に失格の烙印を押されたパワー消力をぶっ放した。
「喰らえー!」


 郭と刃牙は天国にいた。柔らかい雲に顔を埋めて、神様に土下座をしている。
「何でもするから生き返らせて下さい。お願いしますお願いします」
「それなら勇次郎を殺してみろ」
「承知!」
 神様が呪文を唱えると、郭と刃牙は生き返った。闘技場に寝そべっていた郭
の死体と刃牙の首が目を覚ました。
「いえーい! 復活!」
 そこへ勇次郎の消力が降ってきた。


「ただいまー」
 手ぶらで帰ってきた郭と刃牙を見て、神様は情けなさのあまり脱力して消力
になって屁をこいた。神様の屁は天に昇って、もう一つの宇宙になった。


次号
前号


TOPへ