2004年50号 第228話

【前回まで】
勇次郎の問いかけに対して、いかにして、「理」を手に入れてきたかを語る郭 海皇。そして遂に!!

 勇次郎の拳はウンコより固い。郭海皇の身のこなしはウンコより軽い。ウン
コの常識を覆す二人の戦士の超絶バトルを、物陰から見守る一人の男がいた。
「あのジジイ……」
 毛海王である。郭のパンチで気を失って、目が覚めてあわてて試合場に駆け
つけて、毛は自分がのけ者にされたことを知った。
「負けろ負けろ。お前なんか勇次郎に負けて子牛と一緒に売られちまえ」
 通路の柱から首だけ出して試合の様子を窺っている。郭への怒りで頭が一杯
で、後ろに人がいることに気がつかなかった。
「あんた、毛海王でしょ」
 振り向くと、無精ヒゲを生やした中年の男がタバコをふかしていた。その隣
にカメラを構えた男が立っている。
「あのね。俺たちこーいうモンなんだけどね」
 毛は無精ヒゲの男から名刺を受け取った。日本の新聞記者らしい。
「あんたまだ一回も闘ってないよね。なんで? 弱いから?」
 とても横柄な口のきき方だった。こんな無礼な男のインタビューに答えてや
る義理など欠片もないが、黙っていたら本当に弱いのがバレてしまう。
「そうではない。大会の都合で、私の試合は中止せざるを得なかったのだ」
「へー。ほんじゃこれは?」
 記者は一枚の写真を毛に見せた。控え室で毛が無様に這いつくばっている写
真だった。毛は明らかにムッとして、写真を引ったくって破って捨てた。カメ
ラマンがここぞとばかりに毛に向けてシャッターを切った。
「分かってるんなら聞くんじゃない。それと勝手に写真を撮るな」
「受柔拳ってどんな拳法なの?」
 記者は毛の話を聞いていない。毛の仏頂面にタバコの煙を吹き付けた。
「なーんかブヨブヨしたイメージがあるんだよね。やっぱこれ使うの?」
 毛の上着を捲り上げて、腹の脂肪をつまんで上下に揺さぶった。カメラマン
が毛と記者の仲良しツーショットを写真に撮った。
「だから勝手に撮るなっつってんだろ」
 毛は記者の手を引っぺがして、上着を元に戻してそっぽを向いた。
「もうお前らには何にも答えてやらん。とっとと消えろ」
「あらら。怒っちゃった?」
 記者は毛の尻を突っついた。毛は完全に無視を決め込んでいる。
「あーあ、怒っちゃった。ほれ、これ吸って落ち着いて」
 記者は毛の口にタバコを十本ほど押し込んで火をつけた。
「ぐほわー!」
 タバコを吸わない毛は強烈にむせ返って地べたを転がり回った。記者は毛の
尻に片足を乗せてガッツポーズを作って、それをカメラマンが写真に撮った。
「コラ」
 毛は勢いよく立ち上がって、記者の襟首をつかんで持ち上げた。さすがに海
王だけあって回復は早い。こめかみにクッキリと青筋が浮かんでいる。
「一般人に手を出しちゃいけないって郭老師に言われてんだけどよ。これ以上
調子こいたらマジ殺すぞ」
「郭海皇にさっさと負けろって言ったのはなんで?」
「うっさいボケ。どっか行け。死ね」
 もはや郭への怒りどころではない。毛は記者の冷静な指摘には耳のないよう
な顔をして、記者を突き飛ばして試合観戦に没頭した。
「悪かった。謝るからなんか面白い話聞かせてくれよ。な」
「うっさいボケ。死ね」
「こんなことぐらいで怒んなよ。カミさんが元ストリッパーなんだろ?」
「うっさいボケ。死ね」
 何を言っても取り付くしまがない。記者は再び毛の上着をずり上げて、たる
んだ腹の割れ目にマッチ棒を挿していった。一箱ぜんぶ挿し終わって、カメラ
マンに毛の正面に回ってもらった。
「はい、こんなに素敵な受柔拳!」
 毛と肩を組んで笑顔でピースサインをした。カメラマンが写真に撮った。
「うおー!」
 毛の全身が膨れ上がった。腹から飛び出したマッチ棒が壁や床を擦って発火
して、あっちこっちに引火した。瞬く間に闘技場全体が炎に包まれた。
「そんなに俺の受柔拳が見たいなら見せてやる! 死ね!」
 毛は記者に襲い掛かった。毛の怒りは炎よりもウンコよりも熱かった。


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