
2004年49号
勇次郎が殴ってこないのをいいことに、郭海皇は理合の極意と昔の自慢話を
得々と語った。全ての話を聞き終えた勇次郎は、郭に言った。
「要するに、理合ってのは筋肉のことだな」
全然分かっていなかった。郭は理合の凄さを実演してやることにした。
「春成ー!」
郭が大声で呼びつけると、刃牙に二秒で負けた春成がのこのこと現れた。郭
は春成を試合場の中央に立たせて、オリバを呼んで春成と向かい合って立って
もらった。
「こっちのオリバくんを筋肉とする。今から春成に理合になってもらう」
郭は特大の筆にたっぷりと墨をつけて、春成の胸に「理合」と書いた。
「さあオリバくん。理合の春成を、力いっぱい殴ってくれたまえ」
「うらー!」
春成への気遣いもあらばこそ、オリバは手抜きなしのフルパワーパンチを春
成の顔面に叩き込んだ。春成は後ろの壁までぶっ飛んで、跳ね返って試合場の
中央に帰ってきた。郭は春成の顔を覗き込んだ。
「どうじゃ、痛くないじゃろ」
「痛てーに決まってんだろ!」
「聞いたか勇次郎くん!」
郭は勇次郎に向かって叫びながら、春成の顔を足で思い切り踏みつけた。肉
がミンチになる音がして、春成は完全に機能を停止した。
「筋肉に任せた攻撃が、全然痛くもかゆくもない。これぞ理合じゃ!」
「痛いって言ってたじゃねーか」
勇次郎に理解した様子は微塵もない。郭は新たな手を試みた。
「それでは勇次郎くん、これを見てくれたまえ」
懐から封筒を取り出して、宛名欄に「理合」とだけ書いた。
「さて、この封筒は一体どこに届くと思う?」
「知らん」
「論より証拠じゃ。実際に試してみよう」
郭は闘技場内のポストに封筒を投函した。
郵便物の仕分けをしていた職員の手が止まった。封筒の宛名をじっと見つめ
て、次に裏返した。差出人の名前はない。職員は肩をすくめて、棚の一番隅の
汚いザルに封筒を放り込んだ。そして何事もなかったように作業を再開した。
「ゆうびーん」
アフリカ大陸に一通の手紙が届いた。草原の大岩に腰かけてタバコをふかし
ていた部族の男は、受け取った封筒を縦にしたり横にしたり日光に透かしたり
して、やがて鼻で笑って丸めて遠くに放り投げた。偶然通りがかったアフリカ
象が草と一緒に封筒を食べて、直後に密漁者の凶弾を受けて天に召された。中
国人のバイヤーが象の亡骸を買い取って、中国の精肉工場で叩いて引っ張って
おいしそうな肉まんが出来上がった。
郭は闘技場内の売店で肉まんを買って、勇次郎の前で二つに割った。ぎっし
り詰まった肉の中に、クシャクシャになった紙切れが埋まっていた。その紙切
れを勇次郎に放り投げた。
「見てみい! 理合の魂は理合の体得者の元に帰ってくるんじゃ!」
勇次郎は紙切れを広げて宛名に目を通して、そしてニヤリとほくそ笑んだ。
「そうか、これが理合か」
「勇次郎! 我が理合の前に死ね!」
郭は肉まんを一口でたいらげて、勇次郎に突進していった。試合開始。
そこは波打ち際の砂浜だった。目を覚ました郭は傷だらけの上体を起こした。
「ワシャ、どうしてこんな所にいるんじゃ? 試合は?」
波が郭の体を洗い、引いていった。なにか固い物が指先に触れた。
「ん?」
今の波で流れ着いたらしいボトルだった。ちぎれた紙片が何枚も入っている。
郭はコルクの蓋を取って、紙片を出して繋ぎ合わせた。それは中国の封筒で、
宛名欄には「理合」と書いてあった。
「こ、これは確かにワシの字!」
「理合、敗れたり!」
振り返ると勇次郎が立っていた。郭が肉まんから発掘した封筒を、郭に見え
るように持っている。確認するまでもない。宛名欄には「筋肉」とあった。
「筋肉って、スゴイ……ガク」
郭は意識を失った。寄せては返す波の音が、郭の敗北を告げるのであった。
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