2004年48号 第227話

【前回まで】
郭 海皇の車イスによる奇襲を何なくかわし、車イスへの着席を勧める勇次郎。着席した郭に勇次郎は「ここへ辿りつくために何を捨て…何を手に入れた…」と質問を投げかける。郭はそれに対して…。

 楊海王との試合以降はまるきり出番のないドリアンだが、敗残の海王が決し
て安穏としている訳ではない。彼は彼なりに己の内なる闘いを続けていた。


「ブヒャヒャヒャヒャ」
 刃牙が豚みたいな笑い声をあげた。控え室でドリアンと向かい合って、ドリ
アンのおでこをペシペシ叩いている。
「楊海王なんかに負けてやんの。バカはこれだからダッセーよな」
「そうですね。私はバカですからね」
 ドリアンは怒りもせずに答えた。烈海王に壊された心の傷はまだ癒えない。
ウスバカでいるよりは名誉ある死を望むドリアンであるが、楊の打撃ではかす
り傷一つ負うことはできなかった。でもバカなので試合には負けた。
「あ、あんなところにキャンディが!」
 刃牙は何もない空間を指さして叫んだ。ドリアンは振り向きもせず、刃牙の
手をおでこから払いのけて席を立った。
「私は海王であると同時に死刑囚でもある」
「あとバカだよね」
「そう、バカでもある。私はバカで死刑囚なのだから、やはり法の裁きにすべ
てを委ねるのが筋というものだろう」
「バカは死ぬしかないもんな。ブヒャヒャヒャヒャ」
「ああ。私はアメリカへ帰る」
 刃牙の笑い声を背に受けて、ドリアンは控え室を出て行った。


 刑務所に舞い戻ったドリアンは署長室に通されて、警察署長と対面した。署
長はトゲのついた金棒を肩に担いで、阿修羅の形相でドリアンを睨んでいる。
「ユー死刑ネ。ユーの頭、ミーの金棒で哀れザクロネ!」
 鼻息の荒い署長に部下の一人が耳打ちすると、途端に署長の顔色が変わった。
「ユー、ウスバカ!?」
「はい。私はバカになりました」
 ドリアンはバカ面に生やしたバカ髭をしごきながら答えた。ショックで青白
くなった署長の顔がみるみる内に真っ赤になって、狂ったように怒り出した。
「バカは死刑にできないネ! ユー、無罪ネ!」
 署長は金棒を振り下ろして、目の前の机を叩き壊した。衝撃で棚の上の瓶が
ドリアンの足下に落ちてきた。ドリアンはキャンディのぎっしり詰まった瓶に
は目もくれず、部下に羽交い締めにされた署長に一礼して部屋を出た。
 やっぱりバカは相手にされなかった。死に場所を失ったドリアンはやむなく
中国に戻り、闘技場で烈海王の出迎えを受けた。
「バカのドリアン海王、郭老師がお呼びです」
「うむ」
 烈はポケットから赤い玉を取り出してドリアンに見せた。
「ところでバカのドリアン海王、このキャンディをどう思われますかな」
「別にどうも」
 烈はキャンディを床に思い切り叩きつけた。粉々になったキャンディを靴で
何度も踏みつけて、泥と飴でべとべとに汚れた床にぺっと唾を吐いた。
「これならどうですかな!」
「いや、別に何も」
「老師はこちらです」
 烈は何事もなかったように通路を歩き出した。ドリアンが案内された先は試
合場で、勇次郎との対戦を終えた郭海皇が待っていた。勇次郎は負けて死んだ。
「バカのドリアン君よ、ワシの手にかかって死ぬがよい!」
 中国拳法の最高峰が、自分のバカを断ち切ってくれる。ドリアンの体を流れ
るバカの血が一瞬にして沸き立った。
「うおー!」
 バカが燃えた!
「とう!」
 バカが飛んだ!
「破ー!」
 バカが拳を繰り出した!
「ほい」
 郭がバカの口にキャンディを放り込んだ!
「甘ーい!」
 バカがあまりのウマさにのたうち回った! 郭、バカに劇勝!


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