
2004年45号 第224話
【前回まで】
手技のない技術体系は不完全であるとアライJr.を威嚇する範 海王。しかし、なんとボクシングには蹴り技が存在した!!
海王が負けることは許されない。負けてしまえば海王の免許を剥奪されて、
子連れのブスを嫁としてあてがわれてしまう。だから範海王は頑張った。ミス
ターのパンチを喰らってダウンを喫しながらも、なんとか立ち上がろうと気力
を振り絞って上体を起こした。しかし、まだ見ぬブスの顔が目の前にちらつい
てどうにも力が入らない。頭の中でブスを釜茹でにしてやったら幾分気持ちも
落ち着いたが、それで気力の糸が切れた。範は意識を失った。
目が覚めると中国軍の控え室だった。ベッドの横に郭海皇が立っていて、範
のカバンから海王免許を取り出して手刀で真っ二つに斬って捨てた。これで範
は海王ではなくなった。続いてドアに向かって手を叩いて、範の妻となる女を
控え室に招き入れた。これが範の想像を遥かに超える、こいつになら地球の命
運を託してもいいという程の大ブスであった。連れている娘も母親によく似た
ブサイクで、親子で顔を真っ赤にしてうつむいている。今すぐ二匹の首を切り
落としてグルメに食わせてやりたい衝動にかられた範であったが、結婚を拒否
すれば郭に殺される。誓いのキスをしろという郭の命令には逆らえず、すっか
り観念して目を固くつぶってブスに顔を近づけた、その時だった。
轟音が控え室の床を揺るがして、ドアが開いた。途端に真っ白な湯気が部屋
の中に充満して、やがて湯気が晴れると客の正体が明らかになった。
それは大きな釜だった。入り口を塞ぐように通路に置かれた大釜の中には熱
湯がぐらぐらと煮立っていて、一人の老婆が湯につかっている。なぜかミスタ
ーが釜の下敷きになって死んでいた。
「ワシを呼び出したのは、そなたか?」
老婆がしわがれた声で範に言った。範にはババアを呼んだ覚えなど全くなか
ったが、試合中によからぬ妄想を抱いたことを思い出した。ブスを釜で煮殺し
たいという気持ちに偽りはなかったので、範はとりあえず頷いてみた。
「そなたの願い、かなえてしんぜよう!」
老婆は釜ごと部屋に入ってきた。いまだにうつむいてモジモジしている神経
の鈍いブスを釜に引きずり込もうと老婆が両手を広げた瞬間、鋭い声が部屋に
響いた。
「そこまでだ!」
ミスターの声であった。死んだと思ったミスターが実はしぶとく生きていて、
立ち上がって老婆を睨んでいる。ミスターは続けて叫んだ。
「範くん、騙されるな! その老婆は人間ではない!」
そんなことは分かっている。釜茹でになって平気な顔をしているのだから普
通の人間ではないに決まっている。
「ブスが死んだら、次は範くんの番だ。それでもいいのか!」
とりあえずブスが死んでくれればそれでいい範は、ミスターの横槍に猛烈に
反発した。
「うっせーなバカ。だったらお前がブスを殺してくれ」
「範くんのバカー!」
試合に負けた癖に生意気な範の言い草に、ミスターの怒りが爆発した。範の
顔面に強烈なストレートを叩き込んで、ぐったりした範を持ち上げて老婆目が
けて放り投げた。釜に落ちれば命はない。危うし、範海王!
「範様、危ない!」
ブスもようやく事態に気づいた。渾身のブスタックルで範を突き飛ばして、
範の身代わりになって親子ともども釜に落ちてしまった。獲物を仕留めて邪悪
な笑みを浮かべた老婆の顔が、しかしすぐに苦悶の表情に変わった。
「こ、これは?」
奇跡が起こった。ブス親子の沈んだ水面が眩いばかりに輝きだして、老婆と
釜を光で包んだ。光が消えると、釜も老婆も消え失せていた。どこからともな
く、ブス親子の声が聞こえてきた。
「老婆の力は私達が食い止めます。さようなら、範様」
ブスに感謝する気持ちは毛頭ない。思わぬラッキーでブスを始末できた喜び
で、範は何度もバンザイを繰り返した。
後日、新しいブスと結婚した。
妖怪 釜茹で婆あ
三度のメシより釜茹でが好きなお婆さん。時々せんべいを湯につけてふやかし
て食べたりもする。旦那が釜茹でに耐え切れず他界してからは自分で火加減の
調節をしているが、面倒くさいのでそろそろバイトを雇おうかと考えている。
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