2004年44号 第223話

【前回まで】
中国連合軍・範 海王に対するは、偉大なるボクシングチャンピオンの息子・M.アライJr.!! 開始早々、アライJr.の拳が範の顔面を切り裂いた!!

 マホメッド・アライJr.、通称ミスター。年齢不詳。伝説のボクサー、マホ
メッド・アライを父に持つと言われているが、名前が似ているだけで血縁を証
明するものは一切ない。イカダで中国にやってきたのでパスポートもない。誰
にでも気さくに話しかけるが、時折よく分からない国の言葉が混ざる。ボクシ
ングが大嫌いで、ボクサーと呼ぶと顔を真っ赤にして怒るので、子供達によく
からかわれている。変な顔の人形を神と崇めているので非常に気持ちが悪い。
これ程までに謎だらけのミスターが、ジャブ一発で範海王の顔面を切り裂いた。
しかし観客に劣勢の範を応援してやろうという様子は微塵もない。範もまた正
体不明の人間だからだ。
 範海王。範馬勇次郎の実子だということは分かっているが、それ以外の生い
立ちは神秘のベールに包まれている。自称海王。しかし武術省は彼を海王にし
た覚えは全くない。方々で海王の名を騙ってはタダで酒を呑んだりしているの
で、武術省は非常に迷惑している。今回の大擂台賽にも参加させろと言ってく
るかな、と思ってたら案の定来た。しかも李とかいう冴えない男のおまけつき
である。こいつも海王を名乗っている。面白いので二人とも選手登録してやっ
た。李は刃牙に負けてとっとと帰ったが、範はしぶとく生き残って対抗戦の副
将にまでのし上がった。観客の誰もがおかしいと思っているが、対戦相手のミ
スターも相当に胡散臭い男なので範に批判が集中せずにすんでいる。
 そしてもう一人。
「範よ! 中国武術の誇りにかけて、敗北は許されんぞ!」
 中国軍ベンチから範を叱咤激励する郭海皇が一番分からない。武術省の役員
達は、苦虫を噛み潰したような表情で郭を睨みつけている。
 郭海皇。齢146歳。もちろんウソに決まっている。当初は350歳と言い張って
いたが、問い詰めた結果ここまで若返った。実際には80歳前後だと思われる。
大擂台賽の準備でおおわらわの闘技場に飄然と現れて、自分は伝説の海皇だか
ら大会に出せと宣った。役員の誰一人として、海皇などという称号は聞いたこ
ともない。頭のおかしなジジイが来た、という周囲の反応をよそに、郭は熱弁
を振るい続けた。しまいには海皇じゃなかったらワシは死ぬ、とまで言い出し
たので、とうとう役員達も根負けして特別観覧席での観戦を許してやった。
 これがそもそもの間違いだった。郭は制止する大会スタッフを張り飛ばして
試合場に闖入して、選手入場の大トリを飾ってしまった。百年に一度の大擂台
賽でやり直しはきかない。これで郭の出場を認めない訳にはゆかなくなった。
 ここまできたらもう郭のものである。老人相手にムキになれない海王達をア
ゴでこき使い、役員の手首を切り落とし、大会ルールを五対五の対抗戦に変更
し、中国軍の副将にインチキ海王の範をあてがった。もちろん自分は大将であ
る。誰にも郭の暴走を止めることはできなかった。


 範の蹴りをかわしたはずみで、ミスターの胸元からペンダントが宙に舞った。
「ダディー!」
 ミスターは絶叫して、ペンダントを地に落ちる直前でスライディングキャッ
チした。ロケットの蓋を開けて、中身の写真に何度も頬ずりをする。
「ダディ! ダディ! マショゲ!」
 しかしロケットの写真はマホメッド・アライの写真ではなかった。もっと言
えば人間の写真ですらなかった。最後のマショゲは何のことだかよく分からな
い。
「ミスターくん! 我が拳王道の実力、思い知ったか!」
 範はミスターに向かって大見得を切った。しかし拳王道などという流派の武
術は中国のどこにも存在しない。拳王道という名前のラーメン屋が一軒存在す
るにはするが、厳密に言えばラーメンは武術ではない。
「ゆけ範! ぶっ殺せ! 次期海皇の栄誉はお主のもんじゃ!」
 青筋立ててわめき散らす郭の手には、大きなトロフィーが握られていた。郭
お手製の海皇トロフィーは、今朝とれたばかりの大根で出来ていた。
 役員が席を立った。観客も次々と帰り始めた。照明が消えた。柱が折れて屋
根がへこんで、闘技場は音を立てて崩れた。瓦礫の山の中からミスターと範、
郭が顔を出して、太陽を背にして走り出した。
「さあ、海皇の国に向かって出発進行じゃ!」
「うおー!」
「マショゲー!」
 三人の姿が夕日に重なって、見えなくなった。行き先はどこだかよく分から
ない。いよいよ次は範馬勇次郎の大将戦。相手は誰だかよく分からない。


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