2004年42号 第221話

【前回まで】
真の護身を開眼し、烈に挑む寂!! しかし烈はそれすらも破り、必殺の左拳を放った!!

 烈海王の拳が眼前にせまって、寂海王は思わず目をつぶった。ところがいつ
までたっても衝撃はこない。おそるおそる薄目を開けると、烈の繰り出した右
腕に刃牙が後ろからしがみついている。刃牙は寂に怒鳴るように言った。
「寂さん、逃げろ!」
「え?」
 寂はガマガエルみたいな声を出した。耳をかっぽじってタバコに火をつけて
根元まで吸って、それから刃牙に向かって耳に手を当てて、もう一度訊いた。
「何だって?」
「寂さん、逃げろ!」
 刃牙は全く同じセリフを繰り返した。右腕を刃牙に封じられた烈は、空いて
いる左手で左の鼻の穴を深くえぐっている。寂はため息まじりに刃牙に言った。
「あのねえ刃牙くん。ワシは逃げるために中国に来た訳じゃないんだよ」
「うるちゃーい!」
 刃牙は烈の右腕から手を離した。大砲のような烈のパンチが寂の顔面にめり
込んで、寂は最上階のVIPルームまでぶっ飛んだ。窓ガラスを破って転がり込
んできた寂に、試合観戦中のVIPが怒りの形相でどやしつけているが、寂には
何を言っているのかさっぱり分からない。
「うるちゃい」
 寂が横面を思い切りひっぱたくと、VIPは気を失った。寂はVIPの体を肩にか
ついで部屋の外に出た。SPは止める素振りも見せなかった。


 試合場に戻ってきた。刃牙は今度は烈の左腕を押さえつけていた。烈は空い
ている右手で右の鼻の穴をこねくり回している。
「寂さん、逃げろ! 烈さんに殺されちまってもいいのか!」
 刃牙は寂の顔を見るなり叫んだ。寂は黙って肩のVIPをおろして床に放り投
げた。目を覚ましたVIPはしばらくボンヤリとしていたが、自分のおかれた状
況に気づいて再び早口でまくし立て始めた。しかし寂にも刃牙にも何を言って
いるのか全然理解できない。烈も小首をかしげてVIPを不思議そうに見つめて
いる。寂はVIPを無視して刃牙に言った。
「刃牙くん、ワシは絶対に逃げんからな」
「このハゲオヤジー!」
 刃牙は烈の左腕を解き放った。烈のメガトン正拳突きが寂の前に立っていた
VIPの顔面をしたたかに打った。VIPは元いたVIPルームまですっ飛んでいって、
SPに窓から放り出されて試合場に戻ってきた。SPは笑顔で寂に手を振っている。
「寂さんがいなくたって俺はちっとも困らないから、マジ逃げろって!」
「いーや、ワシゃ逃げんぞ」
 やり取りを続ける寂と刃牙に挟まれたVIPは、顔を真っ赤にして呼子を吹い
た。選手入場口から警官隊の群れが湧き出して、寂達の周りを取り囲んだ。寂
は警官隊のしかめっ面をグルリと見て、刃牙に言った。
「ほれ見ろ。逃げろったって、もうどこにも逃げられねーじゃん」
「大丈夫。俺に任せてくれ!」
 刃牙は烈の弁髪をつかんで引っ張っている。手を離すと弓なりに反った烈の
上体が起き上がって、弁髪が水平に一回転した。弁髪は輪になった警官を横殴
りに張り倒して、警官隊はあっという間に全滅した。VIPルームではSPがホッ
トドックを頬張って、試合場の様子を見物して楽しそうに手を叩いている。
「へー。面白い技持ってるねー」
 寂は感心して烈に言った。烈は得意気に胸を張って、刃牙は逃げろ逃げろと
言いながら烈の足首をつかんで必死に攻撃を食い止めている。VIPはVIPルーム
のSPを甲高い声で呼びつけたが、SPは笑って首を横に振った。それでもピーチ
クパーチクさえずっているとやっと試合場に下りてきて、面倒くさそうに烈に
向かって歩いてきた。刃牙は寂に最後通牒を叩きつけた。
「寂さん、もう一度しか言わないからな! 逃げろ!」
「逃げん」
「寂さんのバカー!」
 刃牙が手を離すと同時に、烈は物凄い勢いで走り出した。素早く身をかわし
たSPの後ろのVIPと激突して、VIPは屋根を突き破って空高く飛んでいった。SP
はオーと言って首をすくめて、VIPルームに戻って酒を呑んで寝てしまった。
「寂さん、逃げろ! 二度と俺の前に姿を見せないでくれ!」
「にーげーまーせーんー」
 刃牙の再三の説得にも寂は頑として応じない。大擂台賽は一向に終わらない。


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